CA1763 – 引用分析による蔵書評価 / 気谷陽子

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カレントアウェアネス
No.311 2012年3月20日

 

CA1763

 

 

引用分析による蔵書評価

 

1. ウェブ時代と蔵書評価

 ウェブ時代と言われる今日、情報資源がウェブ上に溢れ、国立国会図書館サーチ(NDL Search)(1)、J-GLOBAL(2)、CiNii(3)など、求める学術情報を効率よく見つけ出せる新しい検索サービスが次々と公開されている。しかし、ウェブ上の学術情報のなかには、利用できる範囲が書誌情報や抄録までだったり、本文の閲覧が有料だったり、会員限定だったりと、誰でも無条件で本文を入手できるようにはなっていない場合が少なくない。

 図に、全国の大学図書館におけるサービス件数を示した(4)。2000年以降、相互利用の複写依頼件数が顕著に減少し、電子ジャーナルの普及の効果をうかがわせる。他方、館外貸出サービスや相互貸借の借受件数は高い水準を維持している。図書館の利用者は、ウェブ上の情報資源を活用しながら、個人では入手しにくい文献を図書館から入手しているのであり、図書館の蔵書の重要性が低下していないことがわかる。

図 全国の大学図書館におけるサービス件数

図 全国の大学図書館におけるサービス件数

出典:註(5)を基に筆者が加筆

 各図書館は、電子ジャーナルなどの電子資料の経費負担が高まるなか、蔵書の強みと弱みを把握し(5)、弱みがあれば補う蔵書評価(collection evaluation)を行って、蔵書の効率化を進める必要がある。近年、海外では蔵書評価に対する関心が高まり、引用分析(citation analysis)を用いた蔵書評価に関する論文が相次いで発表されている(6)

 なお、本稿では、図書館を設置している組織の構成員を「構成員」といい、構成員の著作に掲載されている引用文献を「被引用文献」と呼ぶ。被引用文献には構成員の資料のニーズが反映されていると捉え、被引用文献を用いて蔵書評価を行う手法を、引用分析による蔵書評価という。

 

2.引用分析と蔵書評価

 引用分析は、計量書誌学(bibliometrics)の重要な分析手法であり、幅広く応用されている。引用分析の主な目的は次のとおりとされている(7)

(1)研究上最も生産性が高い著者や部署、大学、国を明らかにすること

(2)研究分野の核となる文献(core literature)を明らかにすること(8)

(3)書誌的な形態や言語、書誌的な寿命(出版後の経過年数)について、研究分野における特徴を分析すること

(4)先端的な研究活動について明らかにすること

(5)資金提供を受けている研究とそうでない研究を比較して評価すること

 (1)では、引用頻度が高い文献の著者やその所属する部署・大学・国は、研究の生産性が高いと捉える。(2)では、引用頻度が高い文献はその研究分野における影響力が強いと捉える。(3)では、引用文献の書誌的な形態や言語、出版年ごとに引用頻度を集計し、引用頻度が高い文献は利用頻度が高いと捉える。(4)では、引用頻度が高い研究は注目度が高いと捉える。(5)では、引用頻度が高い研究は影響力が強くて研究成果が高いと捉える。引用分析による蔵書評価は、(3)の応用の一つである。

 

3. 様々な蔵書評価の手法

 日本の大学図書館では、図書館が蔵書構築のリーダーシップをとることは少なく、主に教員が選書を行っており、蔵書評価の事例は決して多くはない(CA1734参照)(9)。他方、米国では、様々な蔵書評価の手法が開発され、実践されている。三浦らは、引用分析による蔵書評価を「利用者中心評価法」の一つとし、次のように整理したうえで、「引用分析は、チェックリスト法の変形とみなすことができ、標準的な書誌や文献リストを利用できない分野で特に有効な手法である」と述べている(10)

(A)コレクション中心評価法

 (1)コレクション統計の作成

 (2)基準の適用

 (3)直接観察法

 (4)チェックリスト法

 (5)一般書誌抽出法

 (6)コレクション重複度調査

(B)利用者中心評価法

 (1)貸出調査

 (2)館内利用調査

 (3)引用分析

 (4)入手可能性調査

 (5)リクエスト資料調査(11)

 

4.引用分析による蔵書評価の手順

引用分析による蔵書評価では、様々な観点から蔵書を評価することができる。このため、実施計画の段階で、蔵書評価の目的や対象、経費、実施期間、実施体制を明確にし、これらに合った調査対象や規模、手順を検討する必要がある。

次に、一例としてミラー(Laura Newton Miller)によるカナダのカールトン大学の事例にもとづき、引用分析による蔵書評価の手順を示す(12)

(1)蔵書目録で生物学分野の学位論文を検索し、構成員の修士論文25件から被引用文献2,783件を集めた(13)

(2)被引用文献を資料形態別(雑誌/図書/モノグラフ/ウェブサイト/その他)に区分した

(3)図書館で被引用文献を所蔵しているか調査した

(4)学問分野別(細胞分子生物学/生態学・進化・行動/生化学・生理学/生命工学・バイオインフォマティックス)に区分した

(5)資料形態別、タイトル別、出版後の経過年数別、学問分野別に集計した

ミラーは、以上の調査結果にもとづき、被引用文献の掲載雑誌2,340タイトルのうち170タイトル(7%)を所蔵していないこと、図書が327件と被引用文献全体の11%を占めよく利用されていること、よく引用される雑誌の分野別の順位、などがわかったとしている。

 

5. 引用分析による蔵書評価の長所と短所

 米国図書館協会(ALA)の『ALA蔵書の管理と構成のためのガイドブック』には、引用分析による蔵書評価の長所と短所が次のとおり挙げられている(14)

  • 長所

 (1)分析のためのカテゴリーにデータを分類するのが容易である

 (2)方法が非常に簡単なので、繰り返して使うことができる

 (3)刊行される文献の傾向の変化を発見することができる

 (4)リストは、オンラインのデータベースを活用すれば、効果的にすばやく作成することができる

  • 短所

 (1)研究されている主題分野や各館の利用者のニーズをよく反映する典拠文献を選定することが困難である

 (2)ある学問分野の下位領域が、その主題全体とは違う引用パターンを持っていることもある

 (3)引用調査が適用できない研究パターンの学問分野もある

 (4)引用に常にみられるタイム・ラグのために、学問分野の重心の変化、あるいはコア・ジャーナルの出現がわからない

 これらの短所にみるとおり、引用分析による蔵書評価は全ての館種、全ての学問分野で効果的なわけではない。館種では、構成員の著作から被引用文献を集めやすい大学図書館で主として実施されている。学問分野では、人文科学から自然科学に至るまで幅広く実施されているが(15)、学問分野によって引用の習慣が異なることに配慮が必要である。しかし、長所を生かして蔵書評価を試みることにより、蔵書構築の効率化への第一歩とすることができるだろう。

 短所の(1)については、例えば農学分野の学生の学習支援を重視して蔵書評価を行うなら、その学部の卒業論文を用いるというように、蔵書評価の目的に合わせて被引用文献を集める資料を選択するなどの工夫が必要である。(2)については、分析対象とする学問分野を細分化して分析し、学問分野によって引用パターンに違いがあれば明確になるように配慮が必要である。(3)については、利用者へのインタビュー調査など、他の分析手法を組み合わせることが考えられる。(4)については、被引用文献を掲載する最新の論文や報告書、レポートなどを入手するなどといった工夫が必要である。

 

6. まとめ

 ウェブ時代が到来しても図書館の蔵書の重要性は変わっていない。今後も継続して、ウェブ時代の迅速な情報利用に慣れ親しんでいる利用者の支持を獲得し、今までと同様に図書館が学術情報流通における要の位置を占めるためには、蔵書評価を行って蔵書の強みと弱みを把握し、弱みがあれば補うことが重要である。引用分析による蔵書評価は、利用者にも図書館にも比較的負担が少ない方法であり、蔵書評価にふさわしい分析方法といえる。

筑波大学附属図書館:気谷陽子(きたに ようこ)

 

(1) 国立国会図書館サーチ. http://iss.ndl.go.jp/, (参照 2012-02-14).

(2) J-GLOBAL. http://jglobal.jst.go.jp/, (参照 2012-02-14).

(3) CiNii. http://ci.nii.ac.jp/, (参照 2012-02-14).

(4) “学術情報基盤実態調査結果報告”. 文部科学省研究振興局情報課学術基盤整備室.
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001015878, (参照 2012-02-14).
なお、統計項目は「6-5 館外貸出サービス」の貸出冊数合計、「6-8 図書館間相互協力の依頼件数」の図書・雑誌の貸借の借受合計および文献複写の依頼合計を用いた。横軸は調査対象年を用いた。

(5) 本稿では、利用者が求める文献を迅速に提供するという目標の達成について、貢献する蔵書の特質を強みといい、障害となる蔵書の特質を弱みという。

(6) 例えば次の論文がある。
Miller, Laura Newton. Local Citation Analysis of Graduate Biology Theses: Collection Development Implications. Issues in Science and Technology Librarianship, 2011, (64).
http://www.istl.org/11-winter/refereed3.html, (accessed 2012-02-14).
Knight-Davis, Stacey et al. Analysis of Citations in Undergraduate Papers. College & Research Libraries. 2008, 69(5), p. 447-458.
http://crl.acrl.org/content/69/5/447.full.pdf, (accessed 2012-02-05).

(7) Nisonger, Thomas E. Collection Evaluation in Academic Libraries: a Literature Guide and Annotated Bibliography. Libraries Unlimited, 1992, p. 97.

(8) 関連する既存の評価指標に、インパクトファクターがある。インパクトファクターは、研究分野の核となる雑誌(core journal)に関する評価指標で、特定の雑誌が世界的で有力な雑誌に掲載された論文に引用された回数にもとづいて算出される。インパクトファクターは各図書館の利用者のニーズとは関わりがないため、蔵書管理に利用する際には、利用者のニーズについて別途配慮する必要がある。
“インパクトファクターの調べ方”. トムソン・ロイター. 2011.
http://ip-science.thomsonreuters.jp/media/support/jcr/ImpactFactor_QRC.pdf, (参照2012-02-05).

また、引用分析ではないが、電子ジャーナルをはじめとする電子資料の多くでは、COUNTER(Counting Online Usage of NeTworked Electronic Resources)に準拠した利用統計が提供されており、電子資料がどの様に利用されているかタイトル毎に確認できる。
加藤信哉. COUNTERについて. 薬学図書館. 2007, 52(3), p. 258-269.

(9) 次の文献に、日本における蔵書評価に関するレビューがある。
国立国会図書館関西館事業部図書館協力課. 蔵書評価に関する調査研究. 2006. 144p. (図書館調査研究リポート, 7).
http://current.ndl.go.jp/files/report/no7/lis_rr_07.pdf, (参照 2012-02-18).

(10) 三浦逸雄ほか. コレクション形成と管理. 雄山閣, 1993, p. 234. (講座図書館の理論と実際, 2).

(11) 三浦逸雄ほか. コレクション形成と管理. 雄山閣, 1993, p. 222-242. (講座図書館の理論と実際, 2).

(12) Miller, Laura Newton. Local Citation Analysis of Graduate Biology Theses: Collection Development Implications. Issues in Science and Technology Librarianship, 2011, (64).
http://www.istl.org/11-winter/refereed3.html, (accessed 2012-02-14).

(13) 一般に、雑誌論文の被引用文献は、図書が少なくて雑誌論文が多い。このため、主として図書を評価対象として引用分析による蔵書評価を行う場合は、学位論文や報告書など、図書が比較的多く引用される資料形態を用いる必要がある。

(14) アメリカ図書館協会図書館蔵書・整理業務部会編. “引用調査法”. 青木良一ほか訳. ALA蔵書の管理と構成のためのガイドブック. 日本図書館協会, 1995, p. 56-57.

(15) 人文科学の事例として以下の文献がある。
Knievel, Jennifer E. Citation Analysis for Collection Development: A Comparative Study of Eight Humanities Fields. Library Quarterly, 2005, 75(2), p. 142-168.
また、社会科学の事例としては次の文献がある。
Popovich, Charles J. Business/Management Research Characteristics and Collection Evaluation: A Citation Analysis of Dissertations. ERIC. 1975, 24p.
http://www.eric.ed.gov/PDFS/ED136835.pdf, (accessed 2012-02-14).
そして、自然科学の事例では以下の文献が挙げられる。
Greene, Robert J. Computer Analysis of Local Citation Information in Collection Management. Collection Management. 1993, 17(4), p. 11-24.

 


気谷陽子. 引用分析による蔵書評価. カレントアウェアネス. 2012, (311), CA1763, p. 4-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1763