CA1712 - 動向レビュー:電子書籍端末――誰にでも与えられるものとして / 萩野正昭

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カレントアウェアネス
No.303 2010年3月20日

 

CA1712

動向レビュー

 

電子書籍端末――誰にでも与えられるものとして

 

本という優れたビークル

 書物の内容(コンテンツ)を格納するうえで本は優れたビークルだという。ビークルとは英語でいうvehicleのことで乗り物という意味だ。紙を束ねて綴じた本がこの場合中味を伝播させる最適な乗り物だということである。かつては、こんな言い方をとりわけすることもなかったと思う。本は本であり、長い間その姿を本質的に変化させることはなかったのだから、それが何であるかと疑問を差し挟む余地もなかったのだといえるだろう。

 電子的な出版という技術的な方法が提示され、ネットワークという流通の基盤を伴うことによって、徐々にではあるがコンテンツを電子的なデバイス(装置)で読むスタイルが浸透してきた。正確にいい直すなら、インターネットはコンピュータで情報を摂取する生活スタイルを定着させ、膨大な文字情報の閲覧を促進させた。そして、パーソナルコンピュータ(PC)に代表される電子機器で文字を読む、時間も分量も増大させていった。この傾向は1990年代から起こり、日常生活に浸透する一般性をもって今日に至っている。

 ひとは電子の文字を読むようになった。当り前になった電子的文字情報の閲覧に対して専用のビークルが生まれるのは自然な流れであった。今やそれなりの歴史をもつにいたっている。導入された専用デバイスもかなりの数に及んでいる。だが、これらのデバイスは、導入されては瞬く間に消え去ることの繰り返しであった。

 

なぜ消えたのか

 技術は常に発展の途上にある。最新技術は陳腐化を免れない。新製品はひっきりなしに出現し以前の製品はやがて市場からの退場を余儀なくさせられる。振り返ってみればあたりまえの理のように思える。だが、人は目先の新奇さに心を奪われる。新しいデバイスが考案され、美辞麗句の宣伝文句にのって市場に躍り出ていったのはつい昨日のことである。そして消え去っていった。私たちは日本においてこの事実を目撃してきた。なぜ消えたのか?

 読むべきコンテンツは専用デバイスには供給されず、供給元と思われた出版社/作家は潤沢にコンテンツを流さなかった。コンテンツとは、従来からの作品という形だけとはもはや限らない。インターネット上には無尽蔵ともいえるコンテンツが展開されるにいたっている。これを分類し、ある種の目次を司る検索エンジンが必要だったし、即ジャンプして当該コンテンツにたどり着くには、そこに確固とした通信機能が備わっている必要があった。日本を代表する電機メーカーのソニーとパナソニックが2004年の春に発売した電子書籍専用デバイスはともに十分な通信機能を備えるという観点を欠いていた。

 日本におけるさまざまな電子書籍端末の導入と失敗について明らかにする作業は真剣に行われたとは思えない。事業者は儲からなければ即断即決、新たな進路を取るのがビジネスというものだとまことしやかに開き直る。電子出版に心血を注ぐならば、一度や二度の失敗から立ち直るために本質を見極める努力があったはずであろう。自ら退路を閉じて、痛苦に耐えるに値する何ものもなかったのだろうか。失敗の当事者は現実を振り返りたがらない。それらの機器は、失敗が何であったかさえ顧みられない「端末」として捨て去られていったことになる。

 

電子出版と出版社の位置

 本が築いてきた世界は、出版社や編集者という品質管理のプロセスを経ながら、流通という確立した仕組みの上に市場を形成している。市場規模は書籍と雑誌をあわせておおよそ2兆円といわれる。この市場はもはや上昇の見通しの中になく、明らかな下降線をたどりつつある。なんとか現状維持を願うことが先にたち、市場を蚕食する要因にはひときわ厳しい視線が注がれる。出版社はこのジレンマの中にある。現状を維持することと、新規市場を形成することが多くの場合、相対峙して重なりあい、自分の「手足」を喰うという例えのごとく、弱った現状からの利の取崩しにつながっている。根元を一にして、生じる売上を奪い合うことほど対立を深めるものはなく、従来の秩序と電子のそれはなかなか調和することができない。

 この状況は日本だけのものではない。米国においても大きな違いがあるわけではない。ただ、そこに情報流通という巨大組織が介在し、インターネットという通信網を利用した物理的な本の配送から電子的なものへの意識的なシフトが考えられてきた。既存の出版業とは離れた新しい産業の担い手達によって突き動かされることになったのだ。アマゾン、アップル、グーグルはそれを代表する。やがてくる時代を先取りして起こした企業であるアマゾンが、いつまでも物理的な「もの」の配送販売を中心とした事業展開を続けると考えるほうが不自然きわまりないだろう。

 

Kindleは同じ顔をしている……

 インターネット上の巨大書店に成長したアマゾンは、2007年末、電子書籍の専用端末としてKindleをリリースした。リリース当初に300,000作品を準備し、わずか1年ばかりの間にニューヨークタイムズで書評として扱われる新刊のほとんどをカバーした。売上は着実に向上した。

 読みやすいとか軽くてハンディだとかの特徴はあまり決定的な理由とはいえなかった。それらは日本でも同じだったし、特に2004年4月にソニーが日本で発売した「リブリエ」とは表面上は同じ顔をしていたのだ。

 違いは通信にあった。Kindleでは直接3G携帯回線を経由して本を即購入できた。Kindleを買いさえすれば通信に関わる手続きも費用も必要としなかった。通信料が購入する本の代金に上乗せされると誰もが思ったが、代金は9.99ドル以下という、いままでの書籍の価格設定からは総じて低廉なものだった。通信料の上乗せを揶揄する根拠にはなり得なかった。明らかに先例の失敗から教訓を得たことがうかがえる。他ならぬ日本での失敗から本質を抉りだすチャンスをつかんだのだ。

 Kindleの順調な滑り出しを見ていたかのように、同類の読書専用デバイスが現れてきた。2010年1月にラスベガスで開催されたコンシューマー・エレクトロニクス・ショーでは、20を越える専用デバイスのブースが軒を連ね、それぞれに読書デバイスの優劣を競い合った(1)(2)(3)

 

そしてiPadの出現

 2010年1月が終わる頃、アップルからiPadのアナウンスが流れた。携帯電話機能をもつモバイル端末としてのiPhoneとノートPCとの間に位置するタブレット型端末だった。

 アップルは、会場に投影されたKindleに入れ替わるように、新製品iPadの出現を紹介してみせた。そこには洗練されたデザインと華やかなカラー画像、音楽、映像、スピーディーなアクセスというKindleを凌駕する圧倒的な機能がちりばめられていた。WiFiと3Gという通信機能の装備に段階的な導入の差異はあるものの、早いものでは2010年3月に発売を開始する予定である。そしてKindle=アマゾンという書籍流通の巨人に対抗するかのようにアップル独自のネット書店“iBooks Store”の導入を表明した。

 

電子出版市場を鳥瞰する

 米国における卸売りベースでの電子書籍の売り上げ(Electronic Book Sales)は、2008年通年で5,350万ドル(約48億円)であったのが、2009年は通年で1億6,580万ドル(約150億円)にまで伸長しており、1年間で209%増となっている(International Digital Publishing Forum発表)(4)。小売りベースではほぼこの倍になるとすれば、米国での電子出版は300億円市場規模になると思われる。力強い成長のカーブを見れば、将来を見越しての潜在性は計り知れない。しかしこの数字は、現状において見る限り日本の電子出版市場と比べて大きなものではない。

 日本の電子出版事情を振り返ってみると、2003年末にKDDIが携帯電話au向けにEZフラットという新サービスを導入しており、これが携帯電話向けとしては日本で初めて一定月額料金で端末単体でのインターネットサービスが使い放題になるというものだった。いわゆるパケットフリーと呼ばれるこうした定額サービスは瞬く間に日本の携帯電話に普及し、これを契機として携帯電話でのコンテンツサービスに人気が集まっていく。

 2009年現在、日本の電子出版の売上総額は500億円にとどく勢いをもっており、そのなかでも携帯電話の配信は400億円になっている(5)。少なくとも数字としてみた場合、日本の電子出版市場は世界第一位ということだ。現状では米国以上の売上をもっており、はるかに先行して市場形成をしてきた実績がある。携帯電話の存在が日本の電子出版市場の拡大にいかに大きな影響を与えたかということである。わずかなサイズでしかない画面、表示・品質ともに劣る携帯電話で、若者はマンガや小説を読んでいる。見た目の品質などよりも、いつでも、どこでも、欲しい時に即応えてくれる通信という機能こそ、彼らの読書にとって欠くことのできない大きな要素だったといえるだろう。

 日本の電子出版がはたして市場をこのままリードしていけるのかどうか。昨今の米国での動きを見るに心もとない限りである。いわゆる「ガラパゴス携帯」と言われるように、日本の携帯電話は独自の進化をとげた市場であった。国内の隆盛から目を転じて世界市場を眺めると、進化の先頭をきる日本携帯の仕組みもハードも極めて小さな影響力しかもちえていない。電子出版を携帯電話というカテゴリーに限定して考察するとしても、この日本式携帯コンテンツが世界に普及するとは容易に考えられない状況なのだ。

 世界の携帯電話の出荷台数は12億台(2008年実績)であり(6)、国内の出荷を約1億台とすると、その割合の少なさは明らかであろう。この中でスマートフォンといわれるiPhoneやAndroidという、インターネットアクセスを縦横に行なう携帯電話が、2009年に至り大幅に成長を遂げている。全体に携帯市場が伸び悩む中で、このスマートフォンの拡大は世界的な傾向となっている。成長率は12%~27%という高い率を記録しており(7)、今後とも世界市場での大幅な拡大が見込まれている。独自の隆盛を誇った日本の携帯市場には少なからず波及することは間違いない。

 

見えてくる「覇権主義」

 華々しいニュースに彩られ、電子出版の喧伝が繰り返されている。さらに1000万冊に達するという全書籍電子化計画は進行している。右往左往する日本の出版書籍業界は、あたかもペリーの「黒船」に狼狽する徳川幕府のようである。独自の守られた秩序の中に長い安定と成長を育んできた産業がその母体から崩れようとしているのだ。やってくる「黒船」である、アマゾン、アップル、グーグルは、はたして電子出版において何を目論んでいるというのだろうか。

 ここにはインターネットを駆使した寡占という姿が見えてくる。流通という「電網打尽」になりかねない集中化、新しいビークルとしての圧倒的シェア、本を買う・読むという読者行動を完膚なきまでに押さえてしまう情報の掌握、これらの一つあるいは二つ、そしてまた全部を手にすることがどれだけ大きな利潤を集中させるかは想像に難くない。事業家であればここを垂涎の的としないはずはなく、もてる力のかぎりを投入して奪取しようと態勢を組んでいる。

 すべてがこの方向に進んで行くことを「覇権」ととらえ、グーグル訴訟の法廷の公聴会などでも意見として主張されている。アマゾンが書籍流通を握り、その専用デバイスKindleを梃子とする挙に出れば、アップルがそれを上回る機能を誇示してiPadを準備し、音楽業界における“iTunes Music Store”のように、本においても“iBooks Store”を押し出してくる。角逐がある意味で市場的な均衡を与えているけれど、勝負の結果を見とどけて、あるいは合戦の駆け引きから導かれる有利な条件を見比べて、どちらかに与しようという態度が迎える日本側にあるとすれば「黒船」の例えは笑い話ではなくなってしまうだろう。「覇権主義」の先に何がもたらされていくのかは明らかである。

 米国の非営利組織Electronic Frontier Foundation(以下、EFF)が公開したプライバシーポリシーの一覧がある(8)。ここには電子出版における読者の行動についてグーグルやアマゾンがどのように情報を記録し、書籍検索を記録するか、購入履歴を記録するか、読者が何を読んでいるか監視するか、など実際の対応が明記されている。

 人が本を読むということに含まれる情報の付加価値を、提供する側が把握し利用できる姿勢がそこには見てとれる。これらの情報をつかむことがむしろ目的であり、本を提供すること自体は二の次だとさえいえないこともない。すべての掌握が寡占市場によって達成されたとき、そこに現れる世界の巨大さ傲岸さを喜べるのは覇権の達成者でしかないだろう。

 

誰にでも与えられるものとして

 一体どうしたら電子出版の理想的な世界がつくり出せるのだろうか?

 そのためには、まずどんな本が電子的に出版されているのか、書店や地域や国という限定をこえて世界的に把握できるようにしなければならない。読者からのアクセスに検索エンジンが瞬時に世界をめぐり、要求された出版物の在処や内容が情報として伝えられなければならない。本を入手したいならば、直接出版社への購入アクセスを保証するか、出版社が委託するネット書店へとつながることであってもいいだろう。あるいは出版社のコントロールのもとに配信される何らかの方法、例えば通常の販売とは別に視覚障碍者への音声読上げ対応の配信や、図書館での無償貸出しなどへのアクセスも同時に可能とすることも考えられる。

 何よりも大事なことは、読者がもつ読書ビークルであるデバイスでの閲覧を保証することだ。読者が所有する幾多のデバイス環境での閲覧に供することのできるフォーマットとビューアの基準が確立していなければならない。少なくともこの方向を目指して世界の共通基準を確立する必要がある。EFFのプライバシーポリシーの一覧にある、電子書籍ストアから購入した本の互換性を見ると、自社に囲い込む姿勢を持ちながら、一方で開かれた先へ触手を伸ばす本のもつ本来の姿がうかがえてくる。互換性を求める姿がそこには映しだされている。電子的であるが故にそれが可能なのであり、また電子的であるが故にそれを遮って寡占に走ろうとすることも可能なのだ。

 

 出版とは何であり、その電子化が目指すもの、望むものとは一体なんであったのか?もう一度深く考えてみる必要がある。これは出版自体が陥った問題を回避し救うための術として考えられるべきものだと思う。その意味では出版する主体である人がまずもって考え対処しなければならない問題である。誰かがそれを代行してくれると思うのならば、もはや出版する主体としての資格を放棄しているようなものだろう。何故ならばデジタルの技術は誰にでも与えられるものとしてあり、インターネットは基盤としてその適正な利用を待ち望んでいる。生かすも殺すも自分次第なのだ。はるかに先行した米国の巨人達が基盤とするものもインターネットなのだ。力づくで世界を牛耳るのではなく、誰もが平等にいつでもどこでも電子的な出版を享受できる世界を構築していく必要がある。

株式会社ボイジャー:萩野正昭(はぎの まさあき)

 

(1) “CESで電子書籍リーダーが次々と発表される”. スラッシュドット・ジャパン. 2010-01-21.
http://slashdot.jp/mobile/10/01/12/0719239.shtml, (参照 2010-02-22).

(2) “相次ぐ参入で活気づく電子書籍端末市場”. ウォールストリートジャーナル日本版. 2010-01-08.
http://jp.wsj.com/Business-Companies/Technology/node_20571, (参照 2010-02-22).

(3) 藤原隆弘. “2010 International CES報告 : 電子ブック/コンテンツリーダー、スレートPC”. 日本電子出版協会. 2010-02-15.
http://www.jepa.or.jp/material/files/jepa0000409158.pdf, (参照 2010-02-22).

(4) “Wholesale eBook Sales Statistics”. International Digital Publishing Forum.
http://www.openebook.org/doc_library/industrystats.htm, (accessed 2010-02-22).

(5) インプレスR&Dほか. 電子書籍ビジネス調査報告書2009. 2009, 330p.

(6) “2009年の世界携帯電話販売台数は微減にとどまる,グレイ・マーケット拡大が一因に”. ITpro. 2009-12-16.
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Research/20091216/342264/, (参照 2010-02-22).

(7) 市川類. “米国におけるスマートフォンの産業構造を巡る最近の動向”. 情報処理推進機構.
http://www.ipa.go.jp/about/NYreport/200912.pdf, (参照 2010-02-22).

(8) “電子書籍のプライバシーポリシー一覧”. マガジン航.
http://www.dotbook.jp/magazine-k/privacy_policies_of_ebooks/, (参照 2010-02-15).

 

Ref:

特集, 活字から、ウェブへの……。. 考える人. 2009, (30), p. 13-80.

The Association of American Publishers.
http://www.publishers.org/, (accessed 2010-02-15).

Internet Archive.
http://www.archive.org/, (accessed 2010-02-15).

マガジン航.
http://www.dotbook.jp/magazine-k/, (参照 2010-02-15).

Bayley, Ed. “An E-Book Buyer's Guide to Privacy Electronic”. Electronic Frontier Foundation. 2009-12-21.
http://www.eff.org/deeplinks/2009/12/e-book-privacy, (accessed 2010-02-15).

インプレスR&Dほか. ケータイ利用動向調査2010. 2009, 192p.

イースト. 世界の電子ブックリーダー調査報告書2010 : Amazon Kindle をはじめとする34機種の仕様とファイルフォーマット. インプレスR&D, 2010, 126p.

 


萩野正昭. 電子書籍端末――誰にでも与えられるものとして. カレントアウェアネス. 2010, (303), CA1712, p. 19-22.
http://current.ndl.go.jp/ca1712