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カレントアウェアネス
No.296 2008年6月20日
CA1663
開発途上国における図書館情報学教育
1. はじめに
開発途上国とは一般に、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会が作成する「援助受取国・地域リスト」(DACリスト(1))第I部に記載されている国々である。
開発途上国の中には、図書館情報学教育機関を持たず、図書館員の養成を全面的に周辺諸国や先進国に依存している国・地域も多いが、本稿ではアフリカ、中南米、アジア地域の開発途上国を取り巻く図書館情報学教育の動向を、最新文献より紹介する。
2. アフリカ
アフリカ地域の図書館情報学教育プログラムの多くは、各国の独立を契機に住民の教育レベル向上と非識字者根絶をめざして開始された。たとえば、ナイジェリアが1960年に独立した際に、最初の図書館学校をイバダン(Ibadan)大学に開設した。それ以前はナイジェリアの図書館員の多くは英国で教育を受けており、当初、ナイジェリアの図書館員はカーネギー財団に、毎年4名の図書館員を英国あるいは米国に留学させる資金の援助を求めたが、カーネギー財団は少数の学生を海外に留学させて地域の実情とかけ離れた教育を受けさせるより、国内に教育機関を設立した方が経済効果が高いと考え、図書館学校設立資金を提供したのである(2)。現在ナイジェリアには4つの図書館情報学プログラムが設置されているが、教育の焦点は印刷メディアの管理におかれているため、口頭によるコミュニケーションが主体であるナイジェリアの社会的現実を反映したものではない(3)。
英国の植民地から独立国家となったナイジェリア、ケニア、南アフリカのような国々では、英国の影響により高等教育レベルの図書館情報学教育が定着しているが、フランスの植民地から独立した諸国の図書館情報学教育は、はるかに遅れている。サハラ砂漠周辺諸国の図書館情報学教育の実態を、国連の設定した20世紀開発目標(IDGs)に基づいて評価したオルブライト(Kendra Albright)ら(4)は、地域文化と関連性を持つ情報資源やサービスの不足、アフリカ諸国の情報ニーズや環境に関する研究の不足を始めとする、開発途上国の図書館情報学教育に共通する課題を報告するとともに、地域に密着した教育を目指すよう提案している。すなわち、図書館情報学教育は、貧困の撲滅、新生児死亡率の低下、母体の健康改善といった国家目標の達成に直接関与し、HIV/AIDSに関する情報流通においてリーダーシップの役割を果たしうる専門職を養成することで、社会的評価を高めることができるとオルブライトは主張している(5)。
3. 中南米
中南米地域の図書館学校および図書館情報学プログラム数の変化を調査したガジャルド(Adolfo Gallardo)は、この地域の図書館情報学教育が当初はスペイン・ポルトガル系の教育システム標準に基づく図書館補助職養成、学部教育、大学院教育の3段階で構成されており、中核は学部レベルであると報告している。教育内容は、20世紀初頭には、ヨーロッパの影響が強く出ていたが、20世紀後半の情報通信技術の導入に伴い、現在では北米の影響が強くなっているという(6)。
ドミニカ共和国の図書館情報学教育プログラムの内容を調査したメンデス(Eva M. Mendez)らは、情報社会の発展を支援し、貧困を撲滅し、持続可能な開発を促進する上で、図書館や他の情報サービスが果たす役割の重要性を指摘するとともに、図書館情報学プログラムを開設する新たな手法として、プエルトリコ大学で実施されているハイブリッド・プログラム(一部対面で一部オンライン)を最適なオプションとして推奨している(7)。
4. アジア
アジア地域で最も早くから図書館学教育を開始したのはインドで、ロンドン大学ユニバーシティカレッジで図書館学教育を受けたランガナタン(Shiyali Ramamrita Ranganathan)が、1920年代と1930年代にマドラスで図書館学コースを開設した。中国の最初の図書館学校は、1929年に米国人ウッド(Mary Elizabeth Wood)が武漢大学に開設したブーン(Boone)図書館学校であり、1989年には45大学が図書館学教育プログラムを提供していた。1990年代中ごろになると、経済界で働く情報専門職の需要が高まり、卒業生の過半数が図書館以外に就職している。北京大学では印刷資料を対象とする伝統的なカリキュラムを情報処理や知識管理を扱うカリキュラムに改訂し、図書館情報学部を情報管理学部と名称変更した(8)。
東南アジアでは、20世紀後半に急激な経済成長を遂げたシンガポールの南洋工科大学に1983年、知的島嶼国家・学習国家に必要な情報専門職の人材育成を目指した国家計画の一環として情報処理や知識管理に主軸をおいた図書館情報学専門教育プログラムが開設され、図書館情報学教育におけるASEAN諸国連携の中核的役割を担っている。連携の取組みとして、ASEAN諸国間で共通な図書館情報学プログラム認証枠組みの構築と導入(9)、学習オブジェクト・リポジトリの構築による教材の共有、および図書館情報学担当教員のファカルティ・ディベロップメント(FD)がある(10)。
5. 共通課題
世界の図書館情報学教育は、時代の要請を踏まえて、文献の管理を要とするカリキュラムから、情報社会の要請を踏まえた知識管理や情報処理を組み込んだものへと変貌している。開発途上国の図書館情報学教育の課題は、こうした社会の変化と地域のニーズを踏まえた図書館・情報サービスを提供するために求められる人材の養成である。具体的には以下のトピックが挙げられよう。
- 図書館専門職団体の役割:各国における図書館情報学教育プログラムの開設や発展には、国内の図書館協会や国際的な専門職団体が関わっている。その意味で、この領域の教育を強化するためには、図書館協会等の専門職団体の存在とその活動を活性化することが重要である。
- カリキュラムや教育の質の保証:欧米では、図書館情報学専門職団体が地域や国の教育プログラムを認証する枠組みが整備されており、それによってカリキュラムや教育の質の保証が図られている。こうした取組みは、小規模国家が単独で実施するのは経済的にも制度的にも困難であることから、東南アジア地域にみられるような国境を越えた地域連携が期待される。
- 地域の状況を反映したカリキュラムとコンテンツの提供:開発途上国の多くは、植民地からの独立に伴い図書館情報学教育に着手しているが、カリキュラムの内容は旧宗主国を含む西欧諸国の影響を受けている。地域のニーズに即した人材を育成し、国の経済的・社会的・文化的発展を支援する図書館情報専門職を供給することが求められている。
- 図書館員の給与と社会的地位の向上:開発途上国の図書館員は、給与や社会的地位が低く、専門職として認知されていない場合も多い。図書館・情報サービスを国や地域の経済発展を支援するものと位置づけ、図書館・情報専門職のリーダーシップ能力を高めることで、地位や給与の向上に結び付けていく努力が期待される。
- 図書館情報学担当教員の継続的な学習機会の充実:情報通信技術の急速な普及に伴い、図書館サービスや情報サービスの担当者や、彼らを養成する教員には、従来の印刷媒体の管理に加えて、デジタル情報を扱うスキルが求められている。こうした要請に応えるために、新領域の知識や技術を教え、新たな教授法や学生評価手法を身に付けた教員を育成すべく、FDの内容と機会の充実が求められる。
図書館情報サービスは、国家や地域の経済的・社会的発展と連動してこそ、その真価が発揮できる。その意味で、ジョンソン(Catherine A. Johnson)が指摘するように、開発途上国の図書館情報学教育の多くは欧米の教育モデルに依存しており、図書館員が地域社会において専門職として尊重されていないなど(11)、多くの課題が残されているといえよう。
メディア教育開発センター:三輪眞木子(みわ まきこ)
(1) DAC List of Aid Recipients – As at 1 January 2006. http://www.oecd.org/dataoecd/23/34/37954893.pdf, (accessed 2008-04-14).
(2) Johnson, C. A. Library and information science education in developing countries. International Information & Library Review. 2007, 39(2), p.64-71.
(3) Diso, L. I. et al. Library and information science education in Nigeria:Curricula contents versus cultural realities. Interational Information & Library Review. 2007, 39(2), p.121-133.
(4) Albright, K. et al. Libraries in the time of AIDS:African perspectives and recommendations for a revised model of LIS education. International Information & Library Review. 2007, 39(2), p.109-120.
(5) Gathegi, J. N. et al. Creating a needs-responsive LIS curriculum in a developing country:A case study from Kenya. International Information & Library Review. 2007, 39(2), p.134-144.
(6) Gallardo, A. R. Library education in Latin America and the Caribbean. New Library World. 2007, 108(1/2), p.40-54.
(7) Mendez, E. M. et al. Assessing information professionals in Dominican Republic:Are they prepared to deal with the new democratic libraries?. International Information & Library Review. 2007, 39(2), p.89-102.
(8) Jin, X. A comparison study on the confusion and threat of the US and Chinese library education. International Information & Library Review. 1999, 31(1), p.1-18.
(9) Singh, D. Accreditation of Library and Information Science. Paper presented in the 2nd International Conference on Asia-Pacific Library & Information Education & Practice 2007 (A-LIEP2007). 2007-11-23/24, Taipei, Taiwan.
(10) Chaudhry, A. S. Collaboration in LIS education in Southeast Asia. New Library World. 2007, 108(1/2), p.25-31.
(11) Johnson, C. A. Library and information science education in developing countries. International Information & Library Review. 2007, 39(2), p.64-71.
三輪眞木子. 開発途上国における図書館情報学教育. カレントアウェアネス. 2008, (296), p.7-8.
http://current.ndl.go.jp/ca1663