CA1454 – 戦略としての知識組織化研究 / 田中久徳

カレントアウェアネス
No.270 2002.02.20

 

CA1454

 

戦略としての知識組織化研究

 

 情報メディア環境の急激な変革は図書館の将来にも重大な影響を及ぼすことになるが,重要なことは既成の図書館が生き残れるのかどうかということではなく,これまで図書館が担ってきた機能や期待されてきた役割が社会の中で最終的に担保され得るのかどうかという点にあることはいうまでもない。

 その意味で,図書館機能の本質の解明は21世紀の図書館情報学に要請される最大の課題となろう。情報メディアにかかわる様々な仕組みが大規模な再編を余儀なくされる時代ゆえにこそ,当面する制度や技術的課題を超えた基礎理論の考究が必要なのである。

 図書館という制度それ自体は,決して普遍的なものとはいえない。印刷メディアの蓄積・保存とともに発達した現在の図書館(時代的制約を表現すれば「近代図書館制度」とでも呼べばよいであろうか)は,図書館資料という「もの」の管理を基本にした「書誌コントロール」により(擬似的に)情報の蓄積・保存と検索・利用を成立させている。

 ところが,印刷メディアからネットワーク系メディアへの移行は,静的な「もの」の管理を前提とした「従来型書誌コントロール」の有効性に疑念を生じさせる。ネットワーク情報資源の特質は,情報間の相互作用により,常に新たな意味が生成され続けるダイナミズムにある。メタデータをはじめとするネットワーク情報資源管理の新しい技術・制度が提案されているが,これまでのメディアとの連続性を引きずっている段階はまだしも,ネットワーク系メディアの持つ双方向性や動的特性が完全に発揮される状況(そこでは著作性という概念自体が揺らぐことになろう)が到来したとき,我々はこれを管理するための基幹原理を未だ手にしてはいないのである。

 図書館の将来を予想すること自体にはあまり意味があるとは思えないが,ネットワーク情報資源に特化した,図書館とは別の社会システム(その際,博物館や美術館,文書館等の他の社会機関が持つ機能,あるいは「出版」との融合再編が焦点の一つになる)が立ち上がる可能性も決してありえない話ではないように思う。

 いずれにせよ重要な点は,ネットワーク系メディアに対してもこれまで図書館が担ってきた「公共的知識の形成とそれに対するアクセスの永続的な保障」という役割をどのように実現していくかということであり,そのためには知識や情報の社会的ありようについての考究(特に政治経済的視点を含む社会科学的アプローチ)が不可欠である。逆説的ではあるが,図書館情報学が「図書館」の本質を解明するためには,現実の図書館制度から距離を置く視点を獲得することが必要である。また同時に,これまで図書館という現実の社会システムを構築するなかで積み上げてきた技術の体系を,より普遍的なものへ昇華させていく働きかけも重要となる。

 現在の図書館および図書館情報学が置かれているこのような状況を踏まえたとき,近年クローズアップされてきた「知識組織化論」が,図書館情報学が周辺諸学と切り結び,より広い立場から図書館(的)機能を実現するアプローチとして,戦略的にも極めて重要な位置を占めている点に着目するべきであると考える。

 周知のように,図書館における書誌コントロールの中核となる「組織化」は,図書館資料の組織化(資料組織化)を指すもので,具体的には記述によるアクセスコントロール(目録法)と主題による組織化(分類法・索引法)に大別されてきた。知識組織化研究は,図書館資料という「もの」を組織化するレベルから,知識・情報を直接組織化し,内容レベルでの蓄積・検索をめざすもので,印刷メディアからネットワーク系メディアへという状況の変化に対応した動きと解することもできよう。

 図書館情報学に起源を持つ知識組織化研究のトピックは大きく二つに分かれる。第一の中心がこれまでの目録法をネットワーク情報資源の管理に汎化させたメタデータ研究の流れであり,いま一つが伝統的な分類法研究から展開した知識内容へのアプローチである。本稿では後者を中心に紹介する。分類法(および索引法)研究は,主題からの情報検索を実現する手段として図書館情報学の一領域を形成してきたが,1989年の国際知識組織化学会(International Society for Knowledge Organization: ISKO)の設立以降,従来の分類法研究という枠組みを超えて学際的志向を強めることになる。

 分類法から知識の組織化へと展開した動因として,もともと図書館学の源流に知識・学問の普遍性や体系性に対する志向が内在していたこともあるが,知識の構造化(秩序づけ)表現という作業が,図書館資料の組織化という枠組みを超えて,広範に応用可能な汎用性を持つ(例としてデジタル図書館システムや知識マネジメントシステム,発想支援ツール等)ことが認識されてきた点が大きい。加えて,インターネットの普及とネットワーク情報資源の急激な増大が拍車をかけ,学際的な知識組織化研究の流れが形成されたのである。

 現在,欧米ではネットワーク情報資源を見据えた各種の知識組織化の研究プロジェクトが進行している。図書館情報学とのかかわりで注目すべき事例を取り上げてみたい。

 電子図書館システム開発の立場からの事例として,1997年に結成されたNKOS(Networked Knowledge Organization Systems/Services)ワーキンググループがある。Web上でのインタラクティブな知識組織化システムの開発という明確な目標を掲げるこのプロジェクトは,ネットワーク情報資源の爆発的増加に対処するには構造化された知識アクセスによる効率的検索システムが必要であるという認識を持ち,関連諸科学の専門家(シソーラスやオントロジー開発者,情報科学者,図書館専門職)を組織した。興味深い点は,図書館情報学が蓄積してきたツール類((1)用語集:人名等の典拠ファイル,学術用語集,地名コード,(2)分類法:件名標目表,分類表,(3)関係性リスト:シソーラス,意味ネットワーク,オントロジー)を活用し,構造化(体系化)した知識処理の導入をめざしていることである。生物分類と学名,化学物質と分子構造,遺伝子やタンパク質コードと配列,人名典拠や地名コードとのリンク等の既存資源の有効活用は具体的成果がわかりやすい。

 その他の研究テーマとしては,知識発見(探索)とデータマイニング,クラスタリングと情報構造表現,フィルタリング,情報抽出,自然言語処理,機械翻訳,多言語処理といった知識工学の諸課題が列挙されているが,図書館情報学とのかかわりで重要なものにオントロジーの開発がある。もともと哲学の存在論を意味するオントロジーは人工知能研究に出自を持つ知識表現(概念と関係性の記述)形式で,大規模知識ベースの構築に関連して知識の共有と再利用のための技術として注目されている。

 別の事例としてプリンストン大学を中心に開発されたWordNetを取り上げる。これは認知科学(言語心理学)の成果を応用した自然言語処理のプロジェクトで,同義語や概念体系を組み込んだ英語の語彙レファレンスシステムが構築されている。現在の全文検索中心の検索処理の限界は明らかだが,概念体系を組み込んだ語彙参照システムの応用により,事実抽出,要約処理,自動索引,テキストのカテゴライズ,機械翻訳といった自然言語処理の実現が期待される。1996年にはEURO版(イタリア語とスペイン語)がアムステルダム大学で構築され,さらに国際的な組織(Global WordNet Assosiation)の結成を受けて,今年は第1回の国際会議が開催される予定である。

 最後に指摘したい点は,欧米においては図書館情報学が主導する形で学際的な知識組織化の流れが形成されてきているのに対し,日本では工学的研究と図書館情報学サイドの研究には大きな隔たりが見られることである。これは残念ながら,わが国の図書館情報学の基盤の弱さを如実に示すものともいえるが,それゆえにこそ図書館情報学の将来を見据えた「戦略的」対応がいっそう重要であるように思われる。

国立国会図書館:田中 久徳(たなかひさのり)

 

Ref.

根本彰 文献世界の構造 勁草書房 1998. 273p

溝口理一郎 オントロジー研究の基礎と応用 人工知能学会誌 14(6) 977-988, 1999

NKOS. [http://nkos.slis.kent.edu/](last access 2002. 1. 4)

WordNet [http://www.cogsci.princeton.edu/wn/] (last access 2002. 1. 4)

 


田中久徳. 戦略としての知識組織化研究. カレントアウェアネス. 2002, (270), p.3-5.
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