CA1444 – 中国の出版学教育カリキュラム / 諸橋邦彦

カレントアウェアネス
No.268 2001.12.20


CA1444

中国の出版学教育カリキュラム

中国では近年,出版業界の成長が著しい。1979年以来の「改革・開放」に伴う市場経済導入政策によるところが大きく,現在では出版業界が中国経済に占めるポジションも無視できなくなっている。

出版業界を担う人材を養成するための教育・訓練の制度も,やはり1980年代から整備され始めた。本稿では,1990年代半ばから現在に至るまでの,中国における出版学教育カリキュラムについて取り上げる。

中国の出版学教育カリキュラムは,大別すると3種類存在する。(1)大学,高等専門学校,大学院における教育(「高等教育」),(2)中等専門学校,中等技術学校における教育(「中等教育」),(3)業務教育(「幹部培訓」)である。

(1)における出版学の内容は,主に「編輯学」や「図書発行学」と称され,書籍の出版,編集,流通,管理などの知識や理論を学ぶことにあるが,なかには装丁技術を学べるところもある。1980年以前には,出版学教育を実施していた高等教育機関は北京印刷学院のみであったが,1983年に武漢大学が新華書店(中国最大手の国営書店)と協力し,「図書発行学」の学部を設立した。これを皮切りに,各大学で出版学関連の学部,学科が設けられ,現在では20の高等教育機関で出版学を学ぶことができる。中国政府が最も重視しているのは,依然として北京印刷学院であり,改組,拡充が進行している。また,北京印刷学院,武漢大学などには,大学院課程も設置されている。

(2)においては,印刷・装丁技術者,管理者,印刷工場の労働者などの養成が主な目的とされる。現在では,北京印刷学院,遼寧印刷学校など20以上の中等教育機関において出版関連の教育が実施されている。

(3)は,現職者を対象とした研修などを内容とする。業務教育を運営する母体として第一に挙げられるのは政府や党の機関であり,国務院新聞出版署(以下,新聞出版署),中国共産党中央宣伝部出版局,地方政府の出版部門がそれに相当する。1990年代に入ると,出版業界が急速に発展したため,新聞出版署は北京や上海などの大都市に職業訓練センターを設置し,主要出版社の社長や編集主任,各大学の出版学の教授,政府の出版部門の職員が教鞭をとっている。1995年12月には,新聞出版署と中国共産党中央宣伝部出版局,国家教育委員会などが共同して,出版業界幹部の資格要件に関する規定を発布した。規定によると,出版社社長や編集主任などの高級幹部は,新聞出版署が主催する正規の訓練を一定期間受けねばならない。さらに,新聞出版署は1996年に新たな人材養成プロジェクト(「跨世紀人才工程」)を立ち上げ,出版業界における中年層,青年層を主に対象とし,特に経営管理や世界経済に関する知識と能力の養成を図っている。一方,出版業界自身も独自の業務教育を主催している。出版業界団体である中国出版工作者協会は,下部組織の教育工作委員会の主導で,1987年以来様々な職業訓練カリキュラムを実施している。同委員会は他の教育機関に対する支援も行っており,北京科学技術大学など一部の大学と提携して授業を開設したケースも見られる。

以上のように,中国の出版学教育カリキュラムはここ20年で大きな進展を遂げ,1980年以前に比べれば面目を大いに一新している。しかし,その内実には問題点が依然として存在しており,それらは出版業界の問題点にも直結している。

問題点の第1は,人材不足である。中国では,全国の高等教育機関で毎年1,500〜2,000人程度の出版学専攻の卒業生を輩出しているが,出版業界を進路とする者は1割程度と言われる。卒業生の多くは,新聞社やテレビ局などに就職し,ジャーナリズムの道を歩むという。業界へ人材が還流されないということは,当然ながら管理者層や指導者層の弱体化を招くことになる。

第2の問題点は,教育内容の遅れである。高等教育においても,学習内容は図書の編集や出版などの分野に偏り,経営管理や情報技術,世界経済などといった分野は遅れている。テキストは新聞出版署が提供する18種類のものが主に使われているが,10年以上前に編集されたものである。このままでは国内の出版事情にすら対応できないとして,特に有識者や業界関係者から教育内容の早急な再検討が要請されている。

また,現在の中国の出版業界は,外国資本との競争に曝された経験も乏しく,準備もほとんどない。計画経済下であれば,党や政府の保護も期待できたであろうが,WTO加盟後はそれも制限されることとなろう。各出版社は合併や相互提携などによって企業体質の強化をめざしているが,最新知識や実務経験を持つ人材を養成し,大量に業界へ送り込むシステムを確立しなければ,外国資本との対抗は難しい。

しかしながら,WTO加盟を迎え,政府や業界の危機意識はこれまでにない高まりを見せている。中国における出版学教育カリキュラムは,WTO加盟をきっかけとして,新たな方角を指し示すことになるのは間違いない。

諸橋 邦彦(もろはしくにひこ)

Ref: Yu, H. Publishing education of china faces the challenge of development. Publ Res Q 16(4) 28-40, 2001
李〓力 朝陽産業的発展之路-我国編輯出版学 専業建設略論 中国出版 (103) 17-19,1999   〓は米に攵
竜潔玉 新世紀図書出版発行経営模式的探討 図書情報知識 2001(82)67-69,2001
中国出版年鑑社編 中国出版年鑑1996年版 中国出版年鑑社 1996