カレントアウェアネス
No.265 2001.09.20
CA1420
家族ぐるみのリテラシー向上活動
今日,米国社会は低識字者層の再拡大という深刻な問題に直面している。2000年の大統領選挙戦において,共和党のブッシュ候補は,「小学校3年生までに全員が本を読めるようにする」ということを標語の一つに掲げたが,これは裏返してみれば,本を読めない小学校3年生が少なからずいるということを示唆している。さらに,非英語圏および低識字地域からの移民の急増によって,成人人口のおよそ3分の1が社会生活に必要な英語の読み書きができないという事態が引き起こされているとの報告もある。このような状況に対し,最も古い識字学習の支援者としての伝統を持つ公共図書館はいかなる貢献ができるのであろうか。「ファミリーリテラシー」はその一つの答えである。
ファミリーリテラシーとは,「家族」を単位として行われる識字教育サービスを指し,従来の「成人」「未就学児」などの枠組みを超えた新たな試みとして,ここ10年の間に急速な広がりを見せている。提供機関としては,学校やコミュニティカレッジなどもあるが,コストの面でも資源の面でも公共図書館が最適の機関であると思われる。
その具体的なサービス内容としては,(1)成人に対する識字教育,(2)リテラシーの萌芽期にある子どもに対する識字教育,(3)家族の構成員相互の間で行われる世代交流的な活動,(4)保護者に対する子育て支援などが挙げられる。ファミリーリテラシーの主な目的は,限られた識字能力しか持たない成人とその家族に対して,本を読むことの価値と喜びとを紹介し,非識字の悪循環を断ち切ることにある。子どもの言語能力の発達は,本の読み聞かせなど親の働きかけによるところが多く,読書習慣の形成についても,親の読書習慣の有無や家庭の蔵書量によって影響を受けることが多い。したがって,親が充分な識字能力を持っていない場合,子どももまた充分な識字能力を身につけることができないという悪循環に陥る可能性が高い。公共図書館におけるファミリーリテラシーのプログラムは,子どもの年齢に見合った本を紹介したり,読み聞かせの仕方を実演して見せたりすることで,子どもにとって最も身近な教師としての役割を親が適切に果たせるように,支援しているのである。
このような公共図書館における家族ぐるみの識字教育サービスは,従来の識字教育サービスに比べて効果が大きく,注目を集めている。そして,有効性が認識されるにしたがって,民間団体や公的機関など,さまざまな方面から資金の提供を受けるようになった。
例えば,カリフォルニア州では,1988年,成人に対する識字教育サービスを提供している公共図書館が,サービスをその家族にまで拡げられるよう,州政府が経費を負担するための法案が議会を通過した。この「Families for Literacy(FFL)プログラム」といわれる新制度は,(1)本の無料配布,(2)図書館のサービス内容の告示,(3)親子で参加できる識字能力向上のための活動の実施,(4)児童向けの本を用いた成人識字教育の実施,(5)保護者に対する本の選び方や読み聞かせの仕方の指導,(6)家族の全員参加を促すサービスの提供,(7)子育てに関する幅広い情報の提供,という7項目のサービスを提供することを条件に,州政府が年間4,000ドルから43,000ドルを各公共図書館に支給するという内容である。FFLプログラムの対象となる図書館は,1988年度当初の21館から,2000年度の77館へと確実に増えている。また,これとは別に,カリフォルニア小児家庭委員会(California's Children and Families Commission)は,たばこの付加税による独自の収入のうち,3,200万ドルをファミリーリテラシーサービスの普及のために提供した。これにより,図書館への交通の便がよくない地域に自動車を派遣してサービスを供給することが可能になった。
さらに,テレビタレントのハウザー(Huell Howser)氏やバンク・オブ・アメリカ(Bank of America),スターバックス(Starbucks)などの民間人・団体も積極的な支援を行っている。例えばハウザー氏は,「カリフォルニアゴールド」という識字教育のためのビデオシリーズを制作し,学校その他の教育施設に手頃な価格で提供した。その売り上げの一部を,FFLプログラムに参加している家族に子どもの本を買うための資金として寄附した。また,スターバックスは昨年,35,000冊の子どもの本をFFLの対象となっている公共図書館に寄附した。
以上のような資金面での援助を得て,カリフォルニア州の公共図書館は,ますます効果的な識字教育を提供し,地域社会における公共図書館の重要性が再認識されるようになった。
図書館とは,その存在自体が識字文化に支えられている。とすれば,低識字者層の増大は図書館にとってもなおざりにはできない問題である。ファミリーリテラシーという新しい識字教育は,すべての人に開かれた場としての図書館の伝統的特性を充分に発揮できる問題解決方法である。米国社会の現代的ニーズに対して公共図書館はどこまで応えていけるのか,図書館の底力が試されている。
奥田 倫子(おくだともこ)
Ref: Talan, C. Family literacy: an investment in the future. Bottom Line 14(1) 12-18, 2001
U.S. Department of Education. No Child Left Behind. [http://www.ed.gov/inits/nclb] (last access 2001. 7. 8)
California State Library [http://www.library.ca.gov/] (last access 2001. 7. 12)
Kozol, J. 脇浜義明訳 非識字社会アメリカ 明石書店 1997 434p