カレントアウェアネス
No.213 1997.05.20
CA1126
「古き良き市民」の反乱?
−サンフランシスコ公共図書館長の退任をめぐって−
1997年1月,サンフランシスコ公共図書館長のケネス・ダウリン(Kenneth Dowlin)が,市長からの辞職勧告を受けて退任した。ダウリンは,The Electronic Library(1984:邦訳『エレクトロニック ライブラリー』丸善 1987)など多数の著作を持つ,公共図書館における電子図書館構想の旗手ともいえる人物である。1983-84年に米国図書館協会(ALA)の図書館情報技術部会(LITA)の長を勤めたのを皮切りにALAの要職を歴任し,現在は1999-2000年の会長候補に推挙されている。
彼はコロラド州での電子図書館システム構築に携わった実績を買われて,1985年にサンフランシスコ公共図書館長として迎えられた。着任後は,アメリカ西海岸地域の図書館ネットワークの創設者として活躍する一方,館長としての本務においては,電子メディアの広範な活用と,多文化社会に対応するサービスを掲げた新本館(New Main)の建設に力を注いできた。
彼の退任は,新時代の公共図書館のモデルとして注目されていた新本館が96年4月に開館してから,わずか9か月後の事であった。
開館直後から,新本館をめぐっては様々な問題点が指摘されてきたが,最もスキャンダラスに取り上げられたのは,開館以前に10万冊にのぼる蔵書を秘密裏に「処分」していたという事件であろう。図書館経営側が傷もの,時代遅れのものと判断した蔵書は書架から抜き取られた。市の条例により蔵書の売却は禁止されていたため,大量の本がゴミ処理場に埋められた。
この事実が明るみに出た時の市民の抗議は大きく,経営側は対応策として,未処分の抜き取り本を,希望する市民に分配した。
この事例が示すように,新本館においては書物は第二義的な位置づけしかなされていない。昔ながらの図書館の開架の書架とそこに並ぶ書物を愛好してきた,比較的高齢の市民層の新本館に対する不満は強いものであった。彼らは団結して,新聞・雑誌・ラジオなどのメディアで新本館を非難し,カード目録存続などについて図書館理事会に訴えて勝利を得た。
新本館の眼目であるテクノロジーの面でも多くの問題が生じた。コンピュータ端末の故障は頻繁に起き,電子化された目録の欠陥も見つかるなど不備が目立った。情報システムの維持管理のための費用がかさみ,しわ寄せは新刊本の購入中止などに回ってきていた。
図書館の利用者数自体は3倍近くに伸びたが,斬新な建物に引き寄せられた観光客も含まれていた。地域住民による集会室の利用が増えたことは新本館の目的に沿った成果と言えようが,全般的には当初の目的に沿った活動が展開されておらず,職員の中からもテクノロジー偏重と経営のまずさに対する批判が出ていた。
ダウリンが市当局に対して280万ドルの予算不足を明らかにしたことによって,上記のような事情は行政問題として顕在化し,退任という結果につながった。
ダウリン自身や,彼と共に9年にわたり新本館建設に携わってきた図書館理事会のメンバーは,伝統的な図書館からテクノロジーを取り入れた図書館への変革の重要性について認識しており,その構想を現実化すべく新本館を建設したことについての自負を持ち続けている。彼らの理念への賛同者も少なくない。
今回のダウリン退任は,「古き良き図書館を求める市民」の勝利のように見えるが,図書館自体が抱える問題は依然解決されていない。
サンフランシスコ公共図書館に限らず,市民の資金によって成り立っている公共図書館は,限られた財源の中で,伝統とテクノロジーのバランスを取りつつ地域住民の多様なニーズに応えるという困難な課題を抱えているのである。
小野 左知子(おのさちこ)
Ref: Los Angeles Times 1997.2.1.
http://www.ala.org/alaevents/livemidwin/cognotes/monday/prescand.htm(last access 1997. 4. 17)
Wilson, Etsuko サンフランシスコ公共図書館 日本図書館協会 1995 p.24-28,188-204