CA1090 – ベストセラーに、聞き耳を立てて−米国「オーディオブック」事情− / 鈴木智之

カレントアウェアネス
No.206 1996.10.20


CA1090

ベストセラーに,聞き耳を立てて
−米国「オーディオブック」事情−

国内の出版業界におけるマルチメディア市場の動向に目を向けた時,ひときわ目立つのは電子出版物,ことにCD-ROMの急成長ぶりだ。このところのパソコンの急速な普及にともない,電子出版物の将来は大きく開けてきたかに見える昨今だが,見落としてはならないのは,その影にあって気を吐いているもうひとつの媒体,いわゆる「カセットブック」の存在である。今回は,このメディアが順調に需要を伸ばしつつある米国からの報告を紹介したい。

米国ではカセットブックはオーディオブックと呼ばれるが,両者の間に本質的な差異はない。カセットブックとは言うまでもなく,俳優や作者が作品の朗読を吹きこんだあのテープのことである。ただ米国と日本とで違うのは,日本では録音の対象がほぼ短編に限られているのに対し,米国ではぶ厚い長編を時に15,6巻にもわたって吹きこむのが主流だという点だろう。一冊をあますところなく収録した完全版のほか,要約版がリリースされている場合もあり,また時には朗読に合わせて音楽や効果音を盛りこむ趣向も見られたりと,その内容はなかなか多彩だ。

米国の図書館では,このところオーディオブックの利用が急増しつつある。理由としてまずあげるべきなのは,当然のことながら,オーディオブックというメディアそのものの出版界への浸透であろう。リスナーは車を運転しながら,ジョギングに汗を流しながら,あるいは皿洗いや庭仕事の片手間に,BGMを聞くようにオーディオブックを聞く。ウォークマンタイプのカセットプレーヤーがすでに普及していたことが,オーディオブックのブームを下支えしたと分析する向きもある。オーディオブックは一方で活字嫌いの層へも新しい市場を開拓しており,その意味では単なる書物の代用物にとどまらず,それ自体ひとつの独立した表現手段として歩み始めているとも言えるだろう。

ここで念頭に置くべきことは,着実に需要が増大し続けている反面,オーディオブックの価格はまだ安いとは言えないということだ。一冊をまるごと収めた完全版なら,どんなに短いものでも最低40ドルはする。もっとも,同じカセットを二度繰り返して聞きたいなどと思うリスナーは,同じ本を二度読みたいと思う読者に比べれば,少ないはずではないか?となると,わざわざ購入するより,レンタルを利用すれば……との考えが働きそうだが――確かに,米国ではレンタル・ビデオ店でもオーディオブックを扱っている場合が多い――実のところ,紙価の高騰にもかかわらず,オーディオブックのレンタル料は,同じタイトルのペーパーバックの価格と比べても2〜3倍はするものなのらしい。

してみれば,公共図書館におけるオーディオブックの利用増は必然とも言えよう。例えば,イリノイ州エヴァンストン公共図書館からの報告を見ると,オーディオブックの利用はうなぎのぼりで,中でも完全版への人気が高いようだ。同図書館では,当初200タイトルであったオーディオブックをこの4年間に4倍に増やしたが,14日間の期限で貸出されるカセットの年間貸出し回数が20回に及ぶことはざらだという。どのオーディオブックも,返却されるやすぐさま別の利用者に貸出される盛況ぶりだ。

こうした人気をとらえ,さらにきめ細かく利用者のニーズに応えようとする図書館の努力も報告されている。インディアナ州アレン・カウンティ公共図書館のTecumesh分館は,オーディオブックの購入にあたって,あらかじめ利用者を対象とした綿密な調査を行い,その需要傾向を把握した。同館では,毎月新たに入荷したオーディオブックのリストを掲示しているほか,ジャンル別・作家別のテープのリストを作成,配布している。また,利用者がカセットを返却する際に,その利用者の嗜好に合いそうな別のテープを薦めることもしている。同館では,これを「熱狂的ファン対策」と呼んでいる。

さて,海の向こうのオーディオブックの盛況ぶりから,再び視線を国内へと転じてみよう。最新版の『出版指標・年報』によれば,カセットブックのわが国での新刊発行点数は89年以降,6年間連続して減少が続いたものの,95年には上向きに転じ,前年に比べて11点増の74点に達している。各タイトルごとの製作部数は3千〜5千部といったところで,ジャンルとしては小説,落語,そしてコミックをカセット化したものが目を引くが,全体としては古典名作とマイナーな作品との二極分化が進んでいるように見受けられる。わが国のカセットブックがこの先,どのような質的・量的変貌を遂げ,出版界においてどのような位置を占めることになるのか,今後の動向が注目されるところだ。

鈴木 智之(すずきともゆき)

Ref. Sager, Don et al. Not so quiet a revolution. Publ Libr 35 (2) 113-117, 1996
出版指標・年報 1996年版 全国出版協会 1996. p. 349-355