カレントアウェアネス
No.202 1996.06.20
CA1068
EUにおける情報計画
いささか旧聞には属するが,昨年(1995年)の6月,EUの欧州委員会は,第13総局(用語解説T13参照)のINFO 2000プログラムを正式に承認した(注1)。その内容は以下のとおり。1.欧州の情報プロバイダーによる新しいマルチメディア商品やサービスの開発を促進すること。2.これらの商品やサービスに対する需要を喚起すること。3.欧州の情報産業がマルチメディアの国際的競争力をつけるための基盤を整備すること。
そのために,INFO 2000は,次のような3つの長期的戦略目標を掲げている。
- 欧州のコンテント産業(注2)の発展を促進する。
- 欧州の経済成長・日米をはじめとする諸外国との競争・雇用の増大といった点に対して新しい情報サービスが最大限に貢献しうるような方策を立案・実施する。
- 欧州市民の職業的・社会的・文化的発展に対して最大限に貢献できるような情報サービスを構築・提供する。
すなわち,委員会は,欧州マルチメディア情報産業の発展にとって望ましい環境を作り,マルチメディア・コンテントに対する需要の喚起や利用の促進を図ろうとしているものと考えられる。
好環境を生み出そうとする動きはEUレベルですでに始まっている。電信・電話設備やサービスの自由化,知的所有権・プライバシー保護法制の整備などはその代表例である。INFO 2000はこのような基盤整備の一層の充実を図ろうとするものである。
INFO 2000が目的とするもう1つの重要な点は,出現しつつあるマルチメディア情報産業(多くの場合,小規模企業や新規企業から成る)分野の雇用を創出することによって,この産業が雇用増大の魅力的な機会を提供する,ということを社会的に十分認識させることにある。
これらの目的を遂行するために,INFO 2000は,具体的に4つの行動指針を提起している。それらを要約すると次のようになる。
- 需要の促進と情報産業に対する認識の獲得
- 欧州での公共部門における情報サービスや関連事業の開発・展開
- 欧州のマルチメディア産業の発展に対する刺激剤の提供
- 各種の支援活動
特に,1では,特定のユーザー・グループだけではなく,広く全欧州的なユーザー・レベルで認識を得て,新しい市場を生み出すこと,2では,公共部門情報へのアクセスの獲得,および公共部門情報のダイレクトリーとのリンク,特に美術館・博物館情報など文化領域でのコンテント源の提供,3では,高品質なマルチメディア・コンテントの開発への触媒作用となるような活動や優れたビジネス実践活動に対する誘導措置,4では,マルチメディア・コンテント市場のモニターと欧州レベルでの技術開発への助成などを主な課題として提起している。
このプログラムには,いくつかの問題点も指摘されている。まず第一は,資金調達の見通しが明確でない点である。委員会が提案した予算は,4年計画で1億ECU(約1億3,400万ドル)であった。しかし,これは必ずしも十全の財政的根拠を伴った提案ではない。
第二に,仮に予算が承認され計画が実施されたとしても,計画が謳うような現実的な効果があるかどうか懸念を表明する声も多い。
しかし,EUの情報部門は,EUの市場規模や人口,世界レベルの情報メディア・コングロマリットの存在,長い蓄積のある出版の伝統,豊富な情報コンテントの基礎,文化の多様性と長い伝統,といった多くの利点・強みを持っている。
欧州委員会がこのプログラムを提案する際の理由付けとしたのは,「欧州がますます激しくなる全世界的な情報産業の競争の中で,その豊かさを満足できる形で維持しようとするならば,各国の国内レベルでも欧州レベルでも何等かのアクションをとらなければならない」ということであった。その意味では,このプログラムの成否は,同委員会が断言するとおり,「1994年段階で200万人以上の人々を雇用し,1,500億ECU(約2,000億ドル)の売上高を有するとされるこの産業が,その長所を生かして,自己の域内市場において真に強力な存在となれるかどうか,すなわち,欧州以外の『プレイヤー』がマルチメディア製品に対する需要のうちの最も大きな分け前を獲得してしまう事態を阻止できるかどうか」に,まずはかかっていると言って間違いないであろう。
曽雌 裕一(そしひろかず)
注
1. このプログラムは1996年4月に欧州理事会の承認も受けた。
2. この計画におけるEUの定義では,コンテントとはアナログ,デジタルを問わず各種媒体によって表現されるデータ・テキスト・イメージまたはマルチメディアの複合体のことで,コンテント産業には,コンテントをベースとした製品・サービスの,1)創造,2)開発,3)パッケージング・販売,の3つの活動が含まれている。
Ref: Hyams, Peter. Information markets. Monitor (173) 13-14, 1995
INFO 2000: scribe to screen. Information Management Report (9) 4-6, 1995
欧州委員会第13総局のI★M Information Market EUROPEホームページ,アドレス名: http://www2.echo.lu/info2000/infohome