カレントアウェアネス-E
No.264 2014.08.07
E1594
電子書籍を長期保存するために:論点整理
米国をはじめとして,公共図書館,また大学図書館においても,電子書籍の提供が広がりを見せている(E1233,E1465参照)。図書館における電子書籍の提供については,多くの事例を踏まえて論点が整理されてきている(CA1816,E1293参照)。このうち,特に電子書籍への長期的なアクセスを確保するという視点から,電子書籍の長期保存の課題について論点を整理したレポート“Preserving eBooks”が2014年7月3日,電子情報保存連合(Digital Preservation Coalition)によって公開された。レポートでは,論点を次の7つに整理し,電子書籍のフォーマットやメタデータ,識別子の技術的な動向,事例をまとめた上で,出版者および図書館等の保存機関のそれぞれに対して提言を行っている。ここでは,整理された論点を中心に紹介する。
(1)電子書籍の所有
冊子体書籍の購入は,個人や図書館には,物理的な書籍の所有を意味するのに対し,電子書籍の購入は,利用のためのライセンスの提供を受けることを指し,電子データの所有を意味するものとはなっていない。このことから,図書館等の保存機関で電子書籍を保存するには,契約時に保存のための権利を別途確保する必要があることを指摘している。
(2)電子書籍の販売モデル
電子書籍のフォーマットや利用形態などのビジネスモデルは,対象とするマーケットによって大きく異なる。レポートでは,一般書のマーケット(個人向けおよび図書館向け),専門書・学術書のマーケット,自費出版について,それぞれ特徴を挙げ,長期保存の課題の所在を指摘している。
(3)電子書籍の定義の広がり
電子書籍には,その本文以外にも音声や動画ファイル,商用フォントなどのさまざまなコンテンツが埋め込まれており,また,ハイパーリンクにより,当該電子書籍以外のネットワーク上のコンテンツを参照しているという特徴がある。これらのコンテンツの権利やその脆弱性についても配慮する必要がある。さらに,電子書籍の「定義」が拡大しつつある事例として,「教科書」,「レファレンスブック」,「冊子体資料からデジタル化された電子書籍」の3つを挙げ,長期保存にあたっての留意点を挙げている。教科書は,大学等で講義に必要な資料を管理するコースマネジメントシステム,MOOC(CA1811参照),eラーニングなどのシステムで提供されることも多く,保存機関は,個別ユーザに特化した特徴をどの程度まで保存するのかを決定する必要があると指摘している。レファレンスブックは,随時その情報を更新するものが多く,オンラインデータベースなどと類似の方法で保存する必要があるとしている。冊子体資料からデジタル化した電子書籍については,費用対効果の高い方法で,長期的な保存に取り組んできたことを紹介している。
(4)デジタル著作権管理(DRM)
コンテンツの保護に使用されるDRMの技術も,保存には頭の痛い課題である。アクセス管理や複製の制御,コンテンツの暗号化のためにDRMが付与された資料は,提供ベンダー以外では保存できない。レポートでは,出版者にはDRMの削除を提案し,また保存機関には,電子書籍の契約時に,ベンダーに保存用コンテンツへのDRM付与を禁じるよう提案している。
(5)コンテンツの恒常性
内容の更新が容易であることも電子書籍の特徴として挙げられる。Amazonが,ジョージ・オーウェルの作品について,既に購入されたコンテンツをKindleの端末から合意なしに遠隔削除した2009年の事例を挙げながら,電子書籍の内容の更新や削除,あるいは電子書籍へのアクセスを制限するなどの変更が発生しうることを指摘している。そうした場合の通知方法について関係者間で適切な協議を行うことを提案している。
(6)長期保存を支援するビジネスモデル
電子書籍の保存にはコストがかかる。コンテンツの収集や長期保存を支援するビジネスモデルとして,HathiTrustなど複数機関で共同してリポジトリを構築する共同モデル,Portico(CA1597参照)やCLOCKSS(E1117,CA1645参照)のように,プロジェクトに参加する図書館と出版社が費用を負担し,コンテンツを保存する購読契約モデル,英国,フランス,オランダ等の国立図書館の取組みのように,政府支援モデルの3つがあるとしている。保存機関に対して,他機関と協力して,もれなく保存すること,また,重複した不要な取組みをなくすことを求めている。
(7)法定納本
多くの国には,国立図書館等に出版物の納本を義務付ける納本制度があり,例えば英国では電子書籍も法定納本の対象に含まれている(E1426参照)。また,オランダでは電子書籍の自主的な納入を受け入れているといった事例もある。電子書籍の出版については各国で広がりを見せているのに対し,電子書籍の納本にかかる法的整備については,未だ準備中であるとしている。
産業として広がりを見せる電子書籍の領域で,長期保存の取組みが遅れれば遅れるほど,保存できず消滅する資料が増える可能性がある。レポートで整理された論点が関係者間で共有,検討され,保存に向けての取組みが進むことを期待したい。
関西館図書館協力課・篠田麻美
Ref:
http://dx.doi.org/10.7207/twr14-01
CA1597
CA1645
CA1811
CA1816
E1233
E1293
E1426
E1465