CA1645 – 電子ジャーナルのアーカイビングの現状:レポートE-Journal Archiving Metes and Boundsを中心に / 後藤敏行

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カレントアウェアネス
No.294 2007年12月20日

 

CA1645

 

電子ジャーナルのアーカイビングの現状:
レポートE-Journal Archiving Metes and Boundsを中心に

 

1. はじめに

 「電子ジャーナルのアーカイビング」について動向を報告する機会を与えていただいた。このテーマについて筆者は論稿を発表し続けてきたが,その後海外で刊行された重要な文献に『電子ジャーナルアーカイビングの土地境界』(E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape)がある。そこで本稿では,このレポートを基に当該テーマに関する現状を整理したい。

 なお,アーカイビングとアーカイブという言葉を,次の意味で用いる。

  • アーカイビング:ある資料(本稿では電子ジャーナル)を利用可能な状態で保存し続けるための活動。
  • アーカイブ:電子ジャーナルのアーカイビングを担う機関や組織。語義を強調するために「電子ジャーナルアーカイブ」とする場合もある。

 

2. 問題の所在

 幅広い読者を本誌は想定しているため,これまでの筆者の論稿でも分析してきた事項ではあるが,問題の所在をここで手短に述べておく。

 近年,電子ジャーナルが重要性を増すのに伴い,永続的保存への関心も高まっている。だがその保障に対しては,従来の図書館資料と異なり,利用形態自体が障壁になる。購読機関は通常,出版社のサーバにアクセスして電子ジャーナルを利用するのであり,それをローカル保存することはしない。このため万一出版社が倒産や災害に見舞われた場合等に,コンテンツが消失してしまう恐れがあると指摘されている。それゆえ電子ジャーナルについては,購読と購読機関による保存が一続きであった従来の図書館資料と異なり,保存のためのアーカイブを意識的に整備する必要がある,といえる。現在まで,複数のアーカイブが各国で実際に構築され,出版社と協定を結び,電子ジャーナルコンテンツを受け入れている(CA1597参照)。さて,電子ジャーナルのアーカイビングをめぐる状況をさらに改善するために,各アーカイブ,図書館,出版社には何が求められるだろうか。『電子ジャーナルアーカイビングの土地境界』は,この点についての提言を行っている。

 

3. レポート刊行の経緯・特徴

 2005年10月,米国研究図書館協会(ARL)は声明「学術的電子ジャーナルの保存に必要な緊急行動(Urgent Action Needed to Preserve Scholarly Electronic Journals)」を発表し,電子ジャーナルアーカイブが提供すべきサービスや図書館が取るべき行動等に関する勧告を行った(1)

 声明を受けて,ARLと図書館情報資源振興財団(CLIR)は,既存の代表的なアーカイブの調査分析をコーネル大学に委託した。その結果提出されたレポートが『電子ジャーナルアーカイビングの土地境界』(E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. 以下「レポート」)である。タイトルの「metes and bounds」(土地境界)とは,厳密に正確な測量でなく,地形や地勢に基づいて土地の概要を把握する手法を指している。本レポートは,そのタイトルが示すとおり,アーカイブに関する完全なデータを入手・分析したものではない(電子ジャーナルをめぐる状況は変化が激しいため,そもそもそれは不可能だと指摘している。例えば,出版社の合併・買収が非常に多いため,各アーカイブに加盟している出版社数を正確に把握し続けることは不可能である旨を述べている(2)。だが,既存の代表的なアーカイブへの詳細な調査を基にステークホルダーに対する提言を行っており,本レポートは電子ジャーナルのアーカイビングに関する現時点で最も完成度の高い文献であるといえる。

 

4. レポートの概要

 100ページ以上に及ぶレポートの議論の内,主なものを以下に挙げる。

4.1 調査対象

 レポートが調査対象にしたのは以下の12のアーカイブである。米国内のものに傾斜した感はあるものの,世界の主要な電子ジャーナルアーカイブをほぼ網羅したといえる(3)

  1. カナダ国立科学技術情報機関(Canada Institute for Scientific and Technical Information)(カナダ)
  2. LOCKSS Alliance(米国スタンフォード大学がソフトウェア開発;CA1597参照)
  3. CLOCKSS(米国スタンフォード大学がソフトウェア開発;E525参照)
  4. オランダ国立図書館(Koninklijke Bibliotheek)のe-Depot(オランダ;CA1597参照)
  5. kopal(ドイツ;E642参照)
  6. ロスアラモス国立研究所研究図書館(Los Alamos National Laboratory Research Library)(米国)
  7. オーストラリア国立図書館PANDORA (National Library of Australia PANDORA)(オーストラリア;CA1537参照)
  8. OCLC Electronic Collections Online (米国)
  9. OhioLINK Electronic Journal Center(米国)
  10. Ontario Scholars Portal(米国)
  11. Portico(米国;CA1597参照)
  12. PubMed Central (米国;E096, CA1544, CA1600参照)

4.2 アーカイビングの主体

 各アーカイブを運営主体別に見ると,以下の3種類に分かれる。

  • 国立図書館等の政府系機関によるもの:1, 4, 5, 6, 7, 12
  • 図書館コンソーシアムによるもの:9, 10
  • 個々の会員や電子ジャーナルの購読者に支えられているもの:2, 3, 8, 11

 なお,法定納本制とオープンアクセスリポジトリの2つが電子ジャーナルのアーカイビングに対して果たす役割について,レポートは次のように判断している。

  • 法定納本制:出版社からのコンテンツ提供が止まった場合に代替アクセスをリモートユーザに提供する機能が国立図書館にはない,等の理由から,法定納本制が電子ジャーナルのアーカイビングの特効薬になるとは考えられない。しかし,出版社に納本の義務を課すことによって,データ提出用フォーマットの標準化が推進されること等が期待できるため,法定納本制が果たす役割は大きいと考えられる。
  • オープンアクセスリポジトリ:オープンアクセスリポジトリに登録されない学術論文が多数存在する,オープンアクセスリポジトリは必ずしもデジタル情報の長期保存のためのシステムではない,という理由から,現状では電子ジャーナルアーカイブとして機能するとは考えられない。

4.3 アーカイブへのアクセス

 各アーカイブが保存するコンテンツを公開する条件については,次のようにまとめられる(4)

 アーカイブの中には,利用者にコンテンツを即公開しているものもある(1, 6, 8, 9, 10)。これらは,出版社と契約を交わし,電子ジャーナルのアグリゲータとして機能すると同時に,自らのサーバでコンテンツのアーカイビングをも担っている機関である。アクセス提供と長期保存は別物であり,両者を担うのは負担が大きいとして,アーカイブが保存機能に重点を置くことを推奨する先行研究もあるが,レポートは,アクセス提供を主機能とする機関がアーカイブの役割をも担うことを否定しないとしている。

 一方,長期保存を主機能とするアーカイブ(2, 3, 4, 5, 11)がコンテンツを公開するきっかけとなる出来事(trigger event)には以下のものがある(アーカイブごとに異なる)。

  • 出版社が営業を停止した場合
  • 出版社がバックナンバーの提供を止めた場合
  • 著作権が消滅した場合
  • 雑誌が廃刊になった場合
  • 出版社や代理店のシステムに大規模な障害が発生した場合
  • 出版社や代理店のシステムに一時的な障害が発生した場合

       また,出版から一定期間経過後にコンテンツを公開するよう定めているアーカイブもある(7, 12)。

      4.4 ステークホルダーへの提言

       レポートは,上の他にも各アーカイブが保存対象とするコンテンツの範囲や技術標準の採用状況等を分析した上で,結論として各ステークホルダーに以下の提言を行っている(5)

      (1)学術図書館および学術機関への提言

      1. 図書館や図書館コンソーシアムは,ライセンス交渉の一環として,アーカイブに加盟するよう,また,アーカイビングに必要なすべての権利義務を譲渡するよう,出版社に強く求めるべきである。これらの条件が満たされなければ,購読契約の締結や更新をするべきではない。
      2. 各図書館は,電子ジャーナルのアーカイビングに関して行っている取り組みについて,情報を共有すべきである。
      3. 学術機関は,1つ以上のアーカイブに加盟するべきである。出版社からのコンテンツ提供が止まる事態が生じた場合,アーカイブからの代替アクセス提供は,費用や出版社との契約等の事情のため,アーカイブ加盟機関に限定される可能性が高い。そのため,アーカイブに加盟することが,コンテンツへの継続的アクセスを保障する唯一の手段である。
      4. 学術図書館は,あらゆる規模の学術図書館のニーズに応えるよう,アーカイブに共同で要請するべきである。また図書館は,コンテンツを保存するための要件(理想的には,何らかの認定基準)をアーカイブが満たすことを,アーカイブを支援するための条件として要求するべきである。
      5. 図書館は,どのアーカイブがどの電子ジャーナルを保存しているかを記録した登記簿(レジストリ)の開発に参加するべきである。このレジストリは,出版社間やタイトル間の格差を特定するために用いられる(現状では,アーカイブに加盟していない出版社や,アーカイブの対象になっていないタイトルは依然多い)。
      6. 図書館はアーカイブにロビー活動を行い,情報の共有,ベストプラクティスの成文化,電子ジャーナルを保存する責任の共有,等のためにアーカイブがネットワークを形成するよう促すべきである。

      (2)出版社への提言

      1. 出版社は,アーカイビングへの取り組みを公開するとともに,1つ以上のアーカイブに加盟するべきである(非英語圏や科学・技術・医学(STM)の3分野以外の,小規模出版社の取り組みが特に遅れている)。
      2. 出版社は,アーカイビングの対象になるコンテンツ,出版年,タイトル等を記録するための十分な情報を,アーカイブに提供するべきである。
      3. 出版社は,アーカイビングを行う権利をアグリゲータやコンソーシアムにも認めるべきである。

      (3)電子ジャーナルアーカイブへの提言

      1. アーカイブは,自らのコレクション管理やサービスが一定水準を満たしていることを示す根拠を明示するべきである。信頼に足るリポジトリの認証基準が利用可能な場合は,その基準を満たすべきである。
      2. アーカイブは,対象にしている出版社,タイトル,出版年,コンテンツの範囲を公開するべきである。
      3. アーカイブは,コンテンツを受け入れた後は,そのコンテンツはアーカイブの所有になり,出版社やその後継会社がコンテンツを削除したり,変更したりできないようにするべきである。
      4. アーカイビングに必要な権利義務に関する研究が行われるべきである。出版社の合併・買収,コンテンツの作成・配信ならびにテクノロジーに関する変化はアーカイビングの権利義務に影響を与えうるため,アーカイブは定期的に契約内容を見直すべきである。
      5. アーカイブは,出版社との交渉において,保存するコンテンツが最終的にパブリックドメインになる可能性を考慮するべきである。
      6. アーカイブはネットワークを形成し,以下の事項に取り組むべきである。これらの第一歩として,各アーカイブの責任者が集う会議開催を提言する。
        • 互いがカバーしているコンテンツやテクノロジー,ベストプラクティスに関する情報交換
        • コンテンツの保存やアクセス提供に必要な契約上の権利獲得
        • コンテンツの継承や2次的なアーカイビングといった,相互のセーフティネット構築
        • アーカイブの対象から現在外れている電子ジャーナルを特定し,保存の対象にするための責任の共有

       

      5. レポート刊行以降の展開

       レポートは米国外でも反響を呼んだ。例えば,英国情報システム合同委員会(JISC)は英国の教育界のニーズにレポートの知見を対応させること等を目的に,レポートのレビューを発表している(6)。その中で,JISCは電子ジャーナルのアーカイビングに関する諸原則を提言し,それらを議題として電子ジャーナルのアーカイビングに関する国際ワークショップを開催した(7)。また,オランダ国立図書館(Koninklijke Bibliotheek)のウェブサイトに,アーカイビングの協定を結んでいる出版社および雑誌タイトルの一覧が明示されるようになった(8)。上の提言kが影響を与えたことが推測される。

       一方,出版社がウェブサイト等を通じて自らのアーカイビングへの取り組みを強くアピールすることをレポートは推奨していた(9)が,本稿を作成した2007年11月時点で,5大商業出版社(Blackwell,Elsevier,Springer,Taylor & Francis,Wiley)のウェブサイト上でそうしたアピールは確認できなかった。レポートを作成した側からすれば,出版社の取り組みにはさらに改善の余地があるということになる。

       上に述べたJISCのレビューは,数年前に比べて,現在では電子ジャーナルアーカイブが開発されている点を強調している(10)。だがそれは,裏を返せば,現行の電子ジャーナルアーカイブは,ほとんどがまだ数年の稼働実績しかないということでもある。例えばアーカイブ自身の財政的持続性等,保証されているとは断言できない問題も存在する。動向を注視し,状況を改善するための提言をしていくことが,今後もなお求められると思われる。

      青森中央短期大学:後藤敏行(ごとう としゆき)

       

       

      (1) Waters, D. J. ARL Endorses Action to Preserve E-Journals. ARL Bimonthly Report. 2005, (243), p. 18-19. http://www.arl.org/bm~doc/arlbr243.pdf, (accessed 2007-11-10).

      (2) Kenny, Anne R. et al. E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Council on Library and Information Resources, 2006, p. 29. http://www.clir.org/pubs/reports/pub138/pub138.pdf, (accessed 2007-11-10).

      (3) これらのアーカイブのいくつかについて,以下の文献で分析したので参照いただきたい。
      後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイビング:論点,動向,将来展望. 図書館界. 2007, 58(6), p. 320-331. 入手先, つくばリポジトリTulips-R, http://hdl.handle.net/2241/90928, (参照 2007-11-19).

      (4) この論点は,コンテンツを売り物にしている商業出版社の利益に影響を与えうるため,先行研究で大きな議論の的になった。議論の整理や制度提言を以下の文献で行ったので参照いただきたい。
      後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイブ:アクセスの観点からみた集中・分散の2方面戦略. 情報管理. 2005, 48(8), p. 509-520. http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/48/8/48_509/_article/-char/ja, (参照 2007-11-10).
      後藤敏行. 電子ジャーナルの長期保存:アクセスの問題を中心に. 図書館界. 2005, 57(3), p.166-174. 入手先, 東北大学機関リポジトリ TOUR, http://hdl.handle.net/10097/17462, (参照 2007-11-27).

      (5) 提言はレポートの73ページ以降に記されているが,本稿の以下の箇所は単にそれらの直訳でなく,レポートの他の議論も加味して筆者が敷衍した部分もある。

      (6) Jones, Maggie. E-Journal Archiving: Review and Analysis of the CLIR Report E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Joint Information Systems Committee, 2007, 40p. http://www.jisc.ac.uk/media/documents/programmes/preservation/jisc_ej_reportfinal2_16feb07001.doc, (accessed 2007-11-10).

      (7) Digital Preservation Coalition. “Forums/Meetings: E-Journal Archiving and Preservation Workshop”. http://www.dpconline.org/graphics/events/0703ejournalwkshop.html, (accessed 2007-11-10).

      (8) Koninklijke Bibliotheek. “Archiving partners”. http://www.kb.nl/dnp/e-depot/dm/uitgevers-en.html, (accessed 2007-11-10).

      (9) Kenny, Anne R. et al. E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Council on Library and Information Resources, 2006, p. 29. http://www.clir.org/pubs/reports/pub138/pub138.pdf, (accessed 2007-11-10).

      (10) Jones, Maggie. E-Journal Archiving: Review and Analysis of the CLIR Report E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Joint Information Systems Committee, 2007, 40p. http://www.jisc.ac.uk/media/documents/programmes/preservation/jisc_ej_reportfinal2_16feb07001.doc, (accessed 2007-11-10).

       

      Ref.

      Kenny, Anne R. et al. E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Council on Library and Information Resources, 2006, p. 29. http://www.clir.org/pubs/reports/pub138/pub138.pdf, (accessed 2007-11-10)

      Jones, Maggie. E-Journal Archiving: Review and Analysis of the CLIR Report E-Journal Archiving Metes and Bounds: A Survey of the Landscape. Joint Information Systems Committee, 2007, 40p. http://www.jisc.ac.uk/media/documents/programmes/preservation/jisc_ej_reportfinal2_16feb07001.doc, (accessed 2007-11-10).


      後藤敏行. 電子ジャーナルのアーカイビングの現状:レポートE-Journal Archiving Metes and Boundsを中心に. カレントアウェアネス. (294), 2007, p.16-19.
      http://current.ndl.go.jp/ca1645