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カレントアウェアネス
No.324 2015年6月20日
CA1851
動向レビュー
世界のオープンアクセス、オープンサイエンス政策の動向と図書館の役割
文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術動向研究センター:林和弘(はやし かずひろ)
1.オープンサイエンスへと拡がるオープンアクセスの概念と政策
オープンアクセス(以下OAと略す場合がある)(1)に関する取り組みは、Harnadの「転覆計画」から数えること20年が経ってその振り返りがあり(2)、また、ブダペスト宣言やベルリン宣言からも10年以上が経っている(E1360、E144参照)。その始まりから2000年代までは、理念としてはともかく、現実的には主に既存の出版者への図書館を中心とした対抗といった意味合いが強かった。しかし、近年その「潮目が変わった」と表される出来事が立て続けに起こっている。
例えば、2010年頃を境に出版者によるゴールドOAジャーナル(いわゆる掲載料(Article Processing Charge, APC)を著者が支払ってOA化するジャーナル)の創刊が相次ぎ(3)、多くの大手出版者が、商業系学会系を問わずOAメガジャーナルを創刊し、幅広い分野から論文を集め、新規性をさほど問わずに世に出すプラットフォームとして浸透し始めている。2013年になって、ECは世の中に流通している査読付きの科学論文の40%以上がオープンアクセスで読めるという”tipping point”を迎えたと発表した(4)。
各国の政策から見ても、オープンアクセスはより広い観点、すなわちScience2.0(5)ないしはオープンサイエンス(6)など、科学技術・学術研究の環境そのものの構造的転換を念頭においた文脈で捉えることが多くなっている。
内閣府から、日本で最初のオープンサイエンスに関する報告書が発刊されたことを機に(7)、世界のオープンアクセス政策の概括を行い、動向を示す。なお、これまでの学術情報流通政策に関しては、小西による文部科学省の観点を中心とした包括的議論がある(CA1667、CA1761参照)。本稿では昨今の事情に鑑みて、より上位の国の単位での政策動向について概括し、図書館活動に向けた考察を加える。
なお、本稿において「図書館」とは、特に断りが無い限り、大学および研究開発法人等、科学技術・学術研究を行う機関に設置された図書館のことを指す。また、本稿での「オープンアクセス」は広義のものを指し、オープンサイエンスという概念を含むものの、文脈に応じて指す対象が異なることをお許しいただきたい。グリーンOA、ゴールドOAといった表現に象徴される狭義のオープンアクセスに関しては、「研究論文の」といった限定的な枕詞をつけることで指し示す。さらに、本稿では論点を絞るために、行政を中心とした公共的なデータの公開(オープンデータ)に関する政策は除外していることを申し添える。
2.世界全体と各国のオープンアクセス政策
2-1.G8、GRCの動き
現在の世界のオープンアクセス政策を語るうえで、G8(主要国首脳会議)、GRC(Global Research Council)の動きは欠かせない。2013年6月にG8によるオープンデータ憲章が合意され(8)、同時に科学大臣会合において、オープンリサーチデータについても公開と共有を進める合意がなされている(9)。加えて2013年5月にはGRCがオープンアクセスアクションプランを制定し、オープンアクセス推進を明言したことが、その後の政策づくりに大きな影響を与えた (10)。日本では2014年10月に行われた、STSフォーラム(11)にてScience2.0の観点からオープンアクセスが取り上げられ、その後の動きに繋がったと考えられる。
2-2.ROARMAPにみる各国の政策数の量的動向
オープンアクセス政策の量的概況をROARMAP(12)から作成した。2015年4月現在58か国、631のポリシーが登録されている。その上位30か国を表1に示す。
表1 オープンアクセスポリシー数(国別集計結果)
順位 | 国名 | ポリシー数 | 順位 | 国名 | ポリシー数 |
1 | USA | 92 | Sweden | 9 | |
2 | UK | 90 | 18 | Denmark | 8 |
3 | Italy | 43 | Switzerland | 8 | |
4 | Australia | 33 | Netherlands | 8 | |
5 | Turkey | 28 | Indonesia | 8 | |
Finland | 28 | 22 | South Africa | 7 | |
7 | Spain | 26 | 23 | Ireland | 6 |
8 | Canada | 22 | Peru | 6 | |
9 | Portugal | 21 | New Zealand | 6 | |
Germany | 21 | 26 | Austria | 5 | |
11 | Belgium | 17 | Lithuania | 5 | |
France | 17 | Kenya | 5 | ||
13 | Brazil | 16 | 29 | Argentina | 4 |
14 | India | 12 | Japan | 4 | |
15 | Ukraine | 11 | Russian Federation | 4 | |
16 | Norway | 9 |
http://roarmap.eprints.org より著者集計
上位30位までを表示(2015年4月15日時点)
本サイトに登録されているポリシーを一つずつ細かく確認すると様々な粒度のポリシーが掲載されているが、相対的に見れば、2014年1月では49カ国、441のポリシーであったことから(13)確実にその登録数は増えていることが分かる。
2-3.OECDによる国別調査
OECD(経済開発協力機構)はオープンサイエンスに関する調査を行っており、2012年のSTI Outlookにてそのポリシーに関する概況を報告している(14)。
2015年にはその更新版とも言える報告書が公開される予定であり、付録に国別のノートとして、主要国のオープンサイエンスに関わる政策がまとめられる(15)。これは各国の担当者が執筆したものであり、一定の信頼性を持つ。先方の許可を得て一部、研究成果としてのデータと論文の公開について、その政策の有無をまとめたものを表2に示す。
表2 OECDの調査による国別のオープンサイエンス政策の有無
国名 | 論文 | 研究データ | 国としての方針 |
BELGIUM | ◯ | ||
CHILE | ◯ | ◯ | ◯ |
ESTONIA | ◯ | ||
EUROPEAN COMMISSION | ◯ | ◯ | ◯ |
FINLAND | ◯ | ◯ | ◯ |
FRANCE | ◯ | ||
GERMANY | ◯ | ◯ | ◯ |
INDIA | ◯ | ◯ | ◯ |
ITALY | ◯ | ◯ | |
JAPAN | ◯ | ||
KOREA | |||
MEXICO | ◯ | ◯ | |
NETHERLANDS | ◯ | ◯ | |
NORWAY | ◯ | ◯ | |
POLAND | |||
PORTUGAL | ◯ | ◯ | ◯ |
SPAIN | ◯ | ◯ | ◯ |
UK | ◯ | ◯ | ◯ |
USA | ◯ | ◯ | ◯ |
*2014年10月現在
3.拡がりを見せるオープンアクセス政策の狙い
OECDの資料に関する各国の状況を踏まえ、最近の世界のオープンアクセス政策を俯瞰すると、従来の研究論文を中心に据えたオープンアクセス政策とは違う局面が前面に見えてくる。その要点を以下に述べる。
A.学術出版事業のビジネスモデルの変革を促すオープンアクセス
オープンアクセス運動が勃興したきっかけの一つとして、商業出版社を中心とした学術出版の寡占と学術雑誌の価格高騰化(シリアルズクライシス)があるが、その文脈から、有料購読モデルの研究論文に対するオープンアクセスルートを確保し(グリーン)、あるいは、フルオープンアクセスジャーナルからの発信(ゴールド)を促進する施策は各国に見られている。現在は、研究論文の受発信全体に対するコストパフォーマンスの観点から、この二者のバランス、すなわち、よりオープンな学術情報の共有を目指しながら、経済的負担において、受信料(図書館を中心とした購読費支払い)と発信料(著者を念頭においたゴールドオープンアクセスジャーナルの掲載料(APC)の支払い)の総額と、それらの適正な割合をどう設定し管理するかが政策上の重要なポイントとなる(16)。特に英国、ドイツを中心に、ゴールドOAのあり方について、APCの補助政策を含め様々な試みが行われている。研究論文のオープンアクセスの争点については、佐藤の論考を参照されたい(17)。
B.学術情報流通の変革と新しい科学、オープンサイエンスの基盤としてのオープンアクセス
オープンアクセスとその周辺の議論は、単に学術ジャーナルのビジネスモデルを変えただけではない。学術情報の受発信そのもののあり方を問い、研究の過程で生まれるデータの共有を促すプラットフォームの構築など、研究のあり方の再構成をも促している。実際ECではEUDATと呼ばれる、研究データ基盤共同構築プロジェクトが2011年から始まっており、2015年からEUDAT2020として再スタートした(18)。
Science2.0やオープンサイエンスの概念で進められることが多いこの動きは、フィンランドなど、商業系あるいは大規模学会系出版事業を産業として持たない国において、より積極的な取り組みが見られる。伝統的な学術出版が一つの産業となっている国においては、オープンアクセスがもたらす変革に対して、これまで抵抗とまではいかなくとも、早すぎる改革に対する牽制が行われきたことや、例えば発行形態を購読モデルからOAモデルに変更するだけでも、準備を含めて数年を簡単に要することに象徴される、既存の出版事業運営が持つ慣性が働くことを考慮すると妥当であろう。
C.オープンイノベーション(産業)の基盤としてのオープンアクセス
Horizon2020(19)を筆頭に、オープンアクセス政策の中には国家経済への波及効果を期待しているものが増えている。すなわち、公的資金を得た研究成果が幅広く活用されることによって、ビジネスチャンスの気づきを生み出し、イノベーションを促し、産業振興に繋げる意図を持つ。オープンサイエンスが目指す情報流通基盤においては、少なくとも情報の共有についてはアカデミズムのコミュニティに閉じる必要はなく、産官学民にイノベーションの機会を与えるものとなる。世界銀行においても2012年7月から、調査研究や報告書等をオープンアクセスとしており(20)、ユネスコでも2013年にオープンアクセス政策を発表した(21)。なにより先に述べた経済に主眼を置くOECDがオープンサイエンスに積極的な関心を持っていることが、そのことを如実に示している。
D.科学技術外交としてのオープンアクセス
ウェブ上を行き交う科学技術・学術情報を知的財産ないしは資源として積極的に捉えた場合、政策上はそれらを、公的資金を投入して得られた資源の輸出・輸入になぞらえた議論も可能であり、国レベルとしては、政策の方向性に二面性を持つ。すなわち、より広い協働、共創によるイノベーションを促しつつも、自国の知的財産や資源が不必要に海外に流出し、自国の産業が結果的に弱体化することを避けるべきでもある。公開されている海外の文章からはその論拠を明示することは難しいが、国としてオープンアクセス政策をみた場合の重要な論点としてあえて挙げる。
4.日本および図書館への示唆
オープンアクセスに関しては、もはや学術出版者と図書館の枠組みを超えた議論と政策作りが行われていることは論を俟たない。さらに、「学術情報の受発信における出版者と図書館」という観点にオープンアクセスの議論を絞ったとしても、いわゆる冊子と物流による情報伝達の時代に確立された受発信の構図に囚われる必要はもはや無い。出版者は少なくとも論文の出版においてはオープンアクセスを歓迎しており、また、図書館も機関リポジトリを通じた発信をより強化している。オープンアクセスが始まったころからの漸次的な変化や進化から、非連続で時に破壊的な変革が起きようとしていることが「潮目が変わった」ことの要因であることが示唆される。
日本においては、「グローバル」という点から見れば学術出版事業は脆弱といわざるを得ず、図書館の環境もサブジェクトライブラリアンが育ちにくい環境など、どちらにおいても日本独自の事情を抱えており、欧米とは単純に比較ができないため、欧米の政策や成功事例を安易には導入できない状況にある。
ここで、内閣府よりオープンサイエンスに係る包括的な政策の方向性が日本で初めて示され、第5期科学技術基本計画策定の議論に、オープンサイエンスの可能性が加わったことで、日本でもいよいよ学術情報流通の将来とその基盤作りについて、省庁の垣根を越えて本格的な検討が始まったとも言える。科学技術・学術の発展のために、学術情報流通とそのステークホルダーが果たす役割を「グローバルな学術情報流通基盤の中の日本」という環境と文脈において再認識する必要がある。この概念のもと、図書館および図書館員がその役割を必要に応じて再構成し、彼らがオープンサイエンスの動向とその先に見える新しい科学技術・学術研究基盤の構築に向けて積極的に活動することが肝要であることが、海外の政策の解釈から示唆される。
その上で重要なポイントは、図書館がその所属する大学や研究機関の経営層とコミュニケーションを取り、個々の図書館の活動が、組織の研究や教育を中心とした活動のための経営戦略において一定の立ち位置を築けるかどうかであろう。逆の見方をすれば、組織の経営戦略に欠かせない要素のうち、知の構築と流通に関する活動を白紙から再構成することによって、次世代の図書館像が浮かび上がってくると思われる。オープンアクセスをめぐる政策の出口を考慮すると、その次世代の図書館と大学等の研究組織の活動が、教育・科学・文化の発展等の学術的な価値の生産に加えて、イノベーションをいかに興し、また創造性あふれる人材をいかに輩出し、それが産業振興にも繋がるかどうかが今後の持続性の鍵となる。そして、その持続性の確保に向けて果たすべき図書館ならではの役割が期待されていると考えられる。日本でも、例えば「オープン世代のScience」(E1632参照)が、国立情報学研究所(NII)のSPARC Japanセミナーで取り上げられ、2015年になってオープンサイエンスを全面に出したNIIフォーラムも開催されている。また、池内による研究データの共有(CA1818参照)や、大向による今回は割愛したより広いオープンデータに関する図書館の役割の論考(CA1825参照)もあり、今後に向けたさらなる取り組みと発展が期待される。
(本稿は筆者の個人的見解を述べたものであり、組織としてのものではないことを付記する。)
(1)倉田敬子. 学術情報流通とオープンアクセス. 勁草書房, 2007.
(2)“The Subversive Proposal at 20”.
http://poynder.blogspot.com.ar/2014/06/the-subversive-proposal-at-20.html
(3)横井慶子. 学術雑誌出版状況から見るオープンアクセスジャーナルの進展. Library and Information Science. 2013, (70), p. 143-175.
(4)“Open access to research publications reaching ‘tipping point’”.
http://europa.eu/rapid/press-release_IP-13-786_en.htm
(5)“Science2.0”.
http://ec.europa.eu/research/consultations/science-2.0/consultation_en.htm
(6)「オープンサイエンス」(Open Science)に関しては現在明確な定義はないと言える。
(7)”国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書:我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について ~サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け~”.
http://www8.cao.go.jp/cstp/sonota/openscience/index.html
(8)“オープンデータ憲章”.
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/page23_000044.html
(9)村山泰啓, 林和弘.オープンサイエンスをめぐる新しい潮流(その 1)科学技術・学術情報共有の枠組みの国際動向と研究のオープンデータ.科学技術動向.2014,146,p.12-17.
http://hdl.handle.net/11035/2972
(10)“GRC アクションプラン”.
http://www.jsps.go.jp/information/data/GRC_Open_Access_Review_of_Implementation_-_Summary_Report.pdf
(11)“第5回EU・日本科学政策フォーラム―サイエンス2.0:変革する科学”.
http://www.euinjapan.jp/media/news/news2014/20141020/155526/
(12)ROARMAP.
http://roarmap.eprints.org/
(13)林和弘. 新しい局面を迎えたオープンアクセスと日本のオープンアクセス義務化に向けて. 科学技術動向. 2014, 142, p. 25-31.
http://hdl.handle.net/11035/2475
(14)“Open science”.
http://www.oecd.org/sti/outlook/e-outlook/stipolicyprofiles/interactionsforinnovation/openscience.htm
(15)Making Open Science a Reality: Synthesis Report, forthcoming, Paris, OECD publishing. : “Working Party on Innovation and Technology Policy ANNEX — COUNTRY NOTES ON OPEN SCIENCE 2015”.
(16)林和弘.オープンアクセスを踏まえた研究論文の受発信コストを議論する体制作りに向けて. 科学技術動向. 2014, (145), p. 19-25.
http://hdl.handle.net/11035/2964
(17)佐藤翔. オープンアクセスの広がりと現在の争点. 情報管理. 2013, 56(7), p. 414-424.
http://doi.org/10.1241/johokanri.56.414
(18)野村 稔. オープンサイエンスをめぐる新しい潮流(その4)研究コミュニティに向けた協働データインフラの開発動向―欧州のEUDATの取組から―科学技術動向. 2015, 149, p. 11-18.
http://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STT149J-11.pdf
(19)“Horizon2020”.
https://ec.europa.eu/programmes/horizon2020/
(20)“世界銀行、調査研究と知識のオープン・アクセス政策を実施へ オープン・ナレッジ・リポジトリの運用を開始”.
http://go.worldbank.org/VNE5JYP620
(21)“UNESCO to make its publications available free of charge as part of a new Open Access policy”.
http://www.unesco.org/new/en/media-services/single-view/news/unesco_to_make_its_publications_available_free_of_charge_as_part_of_a_new_open_access_policy/
[受理:2015-06-05]
林和弘. 世界のオープンアクセス、オープンサイエンス政策の動向と図書館の役割. カレントアウェアネス. 2015, (324), CA1851, p. 15-18.
http://current.ndl.go.jp/ca1851
DOI:
http://doi.org/10.11501/9396326
Hayashi Kazuhiro.
Recent Trends of Open Access and Open Science Policy and the Role of Library.