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カレントアウェアネス
No.296 2008年6月20日
CA1667
動向レビュー
日本の学術情報流通政策を考えるために
1. 学術情報流通と学術情報流通政策
まずは用語の整理から始めたい(1)。「学術情報流通」は、Scholarly CommunicationやScientific Communicationに相当する言葉と思われるが、最近よく使用される「学術コミュニケーション」が、学術情報の生産から利用に至るまでの全プロセスや研究者間のコミュニケーションに重心があるのに対し、「学術情報流通」は流通という側面に力点があるように見える。このようなニュアンスはあるものの現実的には同義語と受け止めて差し支えない。土屋(2)が、学術情報流通は「現代社会における情報流通のごく一部を占めるにすぎないものであるかもしれない」としながらも、行政目的や政治目的、商業目的の情報流通、マスコミュニケーション、エンターテインメントにかかわる情報流通などの「はるかに膨大な量の情報を膨大な費用をかけて流通させている」他の情報流通よりも重要であると指摘している点は新鮮な切り口である。
学術情報流通を考える場合、例えばキング(D.W. King)らの伝達モデル(3)など学術情報の循環を想起するが、1990年代以降の電子環境下における学術情報流通は、電子ジャーナルなどの新しい情報メディアの出現によって大きく変化しており、新たなモデルの創出が求められる。この点に関しては、2007年8月に学術コミュニケーションについてのこれまでの研究成果を集大成した倉田(4)は、学術情報流通の古典的モデルの不十分性を指摘し、学術雑誌や電子ジャーナルなどの「情報メディア」に焦点を当てて、学術情報流通の変容を解明している。また、筑木(5)は、電子環境下の学術情報流通に関する国内文献150件のレビューを行っている。遡って1990年代の学術情報流通関係文献については、北と呑海(6)が「収集した優に1,000件を越え」る文献の中から260件を選択してレビューしている。
次に「政策」については、図書館情報政策や情報政策などの分野で、欧米の政策学や政策科学の研究成果を踏まえた理論的研究を行っている金(7)の研究に注目したい。金は、政策を「望ましい社会を形成しようとする政策目標とそれらを達成するために必要な手段に関して、政府機関が公的に決定した基本方針を指し、社会全体の価値の権限ある配分であり、組織の理想、目的、目標を達成するための具体的な計画・事業」と定義している。
これにしたがって、本稿で対象とする「学術情報流通政策」は、学術情報を円滑に流通させるために、政府機関が公的に決定した基本方針ということになる。
なお本稿では、わが国の学術情報流通政策についての最新動向を紹介することよりも、若き図書館人に学術情報流通政策について学ぶこと、研究することの意義、重要性を喚起することに焦点を置きたい。
2. 学術情報流通政策と他の情報関連政策との関係
引き続き用語の整理になるが、学術情報流通政策の類義語に「学術情報政策」がある。1971年に細谷(8)は、文部省大学学術局情報図書館課の依頼を受けて『わが国における学術情報政策に関する資料集』を編集している。本書には、「学術情報政策に関する答申、勧告、建議等」、「海外における学術情報政策に関する参考資料」、「学術情報関係の諸機関」および「附録 学術情報政策に関する邦文文献 」が収められている。「まえがき」によれば、本書作成の目的は「今後のわが国における学術情報政策策定の際の参考資料」であった。これを見ると「学術情報政策」は、学術情報流通政策の対象領域をすべて覆いつつ、研究体制や学術研究機関の設立関係、学術用語制定に関する事項等も含んでいる上位語に位置づけられるだろう。
1959年に、科学技術情報の流通に関して審議し提言する目的で総理府に科学技術会議が設置された。同会議は1969年に「科学技術情報の流通に関する基本的方策について」(答申)を出し「全国情報システム計画(NIST構想)」を示した。これは科学技術庁が中心となって推進した「科学技術情報(流通)政策」である。人文・社会科学情報を含む学術情報流通政策に対して、科学技術情報のみを対象としている(9)。「科学技術情報(流通)政策」の実施機関としては科学技術振興機構(前身は日本科学技術情報センター)がある。J-STAGE、電子アーカイブ(10)などの数々の施策を実施している。
一方、国立国会図書館も科学技術会議第25号答申「未来を拓く情報科学技術の戦略的な推進方策の在り方について」によって科学技術情報流通に貢献するよう位置づけられた(11)。また、科学技術関係資料整備審議会(国立国会図書館長の諮問機関)の答申を受けて、第二期(平成18年度~平成22年度)の科学技術情報整備基本計画を実施中である。
「図書館情報政策」について前出の金(12)は、「図書館情報に関する政策目標と政策手段に対して政府機関が公的に決定した基本方針や施策」と定義している。わが国では同じ文部科学省内ではあるが、公共図書館、大学図書館、学校図書館に係る政策をそれぞれ異なる局・課が所管している(CA1649参照)ため、「図書館情報政策」という形で一括して研究、議論されることは少ない。
これらのうち「大学図書館政策」や「大学図書館行政」は、大学図書館が学術情報の流通に関してもっとも重要な役割を演じる機関であることから、学術情報流通政策の扱う範囲と限りなく重なり合う。もちろん、学生用図書の整備やレファレンス要員の増員など学術情報流通と直接的に関わらない分野も含まれるので、完全に同義とは言えない。
70年代以降の情報化社会の到来に対応した国家的な「情報政策」は、情報関連政策の最上位概念である。内藤(13)は、ムーア(N.Moore)の提案した枠組みに基づき、統制主義モデルの事例として日本の主要な「情報政策」を概観している。この中には「学術情報システム」、「NIST構想」も含まれるが、1994年9月に設置された高度情報通信社会推進本部による「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」(1995年2月)や1995年2月にブリュッセルで開催されたG7加盟国による情報社会に関する閣僚会議の「G7パイロット・プロジェクト」とそれに対応したわが国各省庁の取り組み、1995年11月の「科学技術基本法」などの国家的規模の情報政策が扱われている。
このようなわが国の情報関連政策の多様性は、金(14)の指摘にあるように「日本では、情報政策の範囲と分類を政策決定とかかわる政策主体によって捉えた見方が多い」に由来する。つまりその政策をどの省庁が作ったがすべてなのである。したがって「○○政策」は、言葉の違い以上に差があって交わることが少ないのである。
学術情報流通政策を論じるためには、上記のすべての情報関連政策を視野に入れなければならないことは言うまでもないが、本稿では、文部科学省研究振興局情報課学術基盤整備室(前身を含む)(15)の所管する政策、実施機関としては、大学図書館及び国立情報学研究所(NII、および前身である学術情報センター;NACSIS)、大学共同利用機関等の範囲に限定する。
3. わが国の学術情報流通政策と評価
では、わが国で学術情報流通のためにどのような政策が形成され、実施されたのだろうか。別の言い方をすると、学術情報流通の促進に貢献した画期的な出来事にはいったいどんなものがあったか。そのような成果の基になった政策は何であったか、それはどのように達成されたか。学術情報政策の歴史をたどることは、このような質問に答えていくことではないかと思われる。また失敗に終わったこと、立ち消えになったこと、企図されるべきでありながら政策の対象になっていないことも考慮すべきであることはもちろんである。
古くは、学術雑誌総合目録や全国総合目録の作成であり、学術情報流通の基盤整備の観点からは戦後の大学図書館改革に対する一連の改善要項の整備などに対する政策が考えられる。実際にこれらへの情熱的な取り組みは、学術情報流通への大きな貢献と思われる。
しかし、文部省の本格的な「学術情報流通政策」(大学図書館行政の一環として進められた)の開始は、竹内(16)が指摘するように1965年4月の情報図書館課の設置以降であろう。竹内の援用した雨森(17)の認識も、後に情報図書館課の併任専門員を務められた松村(18)も、大学図書館や学術情報を所管する独立の担当課が出来たことの意義を証言している。
『図書館情報学ハンドブック』(第2版)で「大学図書館政策」を執筆担当した永田(19)は、「わが国の大学図書館に関する政策は、戦後の復興期から1960年代までと、それ以降に分けられる」として、「1960年代以降は、学術情報流通体制全般にわたる検討が始まった。大学図書館政策は、その結果、学術情報流通に関する施策の一環として位置付けられ」たと指摘している。
本格化した学術情報流通政策の中で、影響力の大きかったものは(アトランダムであるが)、目録所在情報サービス(NACSIS-CAT/ILL)やNII学術コンテンツ・ポータル(GeNii)、NII論文情報ナビゲーター(CiNii)として結実するきっかけを作った「学術情報システム構想」、大学図書館の電子化を促進することになった電子図書館への対応、日本版シリアルズ・クライシスに喘いでいた電子ジャーナル問題への措置、大学等の学術情報発信力強化のために打った国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)などの施策、NIIが推進する最先端学術情報基盤(CSI)整備への支援等が挙げられる。
これらは、濃淡はあるものの文部省(文部科学省)の担当課が発意して(トップダウン的動きもあり)、学術審議会(現在は科学技術・学術審議会)からの提言(答申などによる)を受けて、各執行機関(大学、共同利用機関等)が執行、実施した(している)ものである。
それぞれの政策の中身がどのようなものであったかは、その都度出された学術審議会の建議、答申、報告等によって概要を知ることができる。主要な政策文書としては、「大学図書館に関わる」ものとの限定付きで、竹内(20)も逸村(21)も、同じ(逸村は執筆時期の違いもあって、最新の部会報告を追加している)政策文書を挙げている(22)。学術情報流通政策の観点からは、学術審議会学術情報資料分科会学術情報部会の「学術情報データベースの整備について(報告)」(1997年12月)なども加える必要があるし、今後学術情報流通政策史というものを跡づけるとしたら,「主要ではない」その他多くの政策文書も精査しなければならないだろう。
最新の動向を紹介するためには、2006年3月に出された科学技術・学術審議会 学術分科会 研究環境基盤部会 学術情報基盤作業部会「学術情報基盤の今後のあり方について(報告)」を採り上げるのが筋であろうが、その位置づけ、意義等をめぐる議論は、研究振興局の学術調査官として直接関与された逸村(23)の報告に譲り、ここでは1980年1月の学術審議会「今後における学術情報システムの在り方について(答申)」(24)に言及したい。
この有名な答申とそこに示された「学術情報システム構想」については、構想段階ですらすでに膨大な文献が存在した(25)が、それらによって政策形成過程及びその具体化についての全貌が明らかにされているとは言い難い。しかし、この答申に示された意思は、今日までの学術情報流通政策の中でもっとも強烈で適用範囲も広範で、全国的な影響力を持ち、また実施後の成果の点でも成功したと評価できる政策の一つと考えられるからである。
この構想は、遠山敦子(元文部科学大臣)が文部省学術国際局情報図書館課長時代に政策課題として立ち上げ、当時同課大学図書館係長であった雨森弘行(現お茶の水女子大学参与)が原案を一から作成した。この間の事情は雨森自身の講演記録(26)で窺い知ることが出来る。部分的でしかないのが残念であるが、そろそろ歴史の霧の中に消えかかっている当時の証言は貴重である。例えば、NACSIS-CAT料金の無料制の決断を下したのが、当時学術国際局学術情報課長であった西尾理弘(現出雲市長)であったことなどが分かり興味深い。また、当の構想策定や中枢機関としてのNACSIS開設に関わった人物は、まさに多士済々であり、後のどの政策に比べてみても莫大なエネルギーの投下が感じられる。
続いて政策の評価であるが、これは実効の度合いで測れよう。この「学術情報システム構想」の目指したものが、どの程度達成できたかできなかったである。このような大きな構想の評価には一定の時間の経過が必要だが、構想立案時からほぼ30年が経とうとしている今は、評価を試みるに適切な時機と言えるのではないだろうか。
永田(27)は90年代後半に、「“学術情報システム”の答申は、公表後10余年も経ているが、いまなお基本的な方向を示すものであり、その卓越性は高く評価されねばならない」と指摘した上で、「大学図書館ばかりでなく、計算機センターにおける情報提供機能や大学共同利用機関のデータベース形成機能等をいち早くシステム要素とし、かつそれらを情報ネットワークで結ぶという全体を提示した点で、このシステムは新しい状況への挑戦であった」と総括している。
ある政策が成功するかどうか、前出の松村(28)の結論「ある次官がいみじくも言われたように、いい行政は天の利、地の時、人の和この三つがそろって初めていい施策が実現するということではないかと。」に筆者も強く同意するものであるが,今後は「学術情報システム構想」政策における「天の利」「地の時」「人の和」のそれぞれが具体的に何だったかを解き明かしていくことが求められるだろう。
4. 学術情報流通政策の関与者及び組織(ステークホルダー)
土屋(29)は,学術情報流通が「シリアルズ・クライシス」と電子ジャーナルの登場・普及によって変容し、その過程で学術情報流通に関与する人々や組織(ステークホルダー)にも機能の変化があったと分析する。ステークホルダーの例として土屋は、(1) 研究者(大学教員、研究専門職、研究支援スタッフ等)、(2) 学会、協会、(3) 研究機関(大学,国立研究機関、企業内研究組織等)、(4) 大学図書館・専門図書館・国立図書館、(5) 出版者、(6) アグリゲータ、データベース業者、(7) 予約代理業者、取次業者、(8) 研究資金提供者(国、非営利法人、個人、営利企業等)(カッコ内数字は筆者)(30)を挙げている。
学術情報流通政策に関与する人々や組織を考える場合にも、大部分これと重ねて考えることができるが、一般的な政策過程参加者としては、金(31)が明らかにしているように「(1)政策過程において立法府、行政府および司法府などのような法的権限を持つ公式参加者、(2)政策の執行により直接的・間接的に影響を受ける政策対象集団、政党、利益集団、一般国民などの非公式参加者」という区分も有効である。
学術情報流通政策(執行段階も含む)にあてはめて具体的に考えると、(1) 文部科学省の担当官、原案を決裁する上級行政官等、(2) 科学技術・学術審議会およびその分科会・部会等、(3) 大学(図書館・情報基盤センター等)、大学共同利用機関(NII等)、(4) 国公私の大学図書館協議会等、(5) 研究者団体(学協会等)、(6) その他(議員、総合科学技術会議、日本学術会議、他省庁等)などが想定できる。これらの関与者・組織は、便宜的に(a)政策立案者のグループ((1)(2))、(b)政策の実行者のグループ((1)(3)(5))、(c)政策形成に影響を与える者のグループ((3)(4)(5)(6))に分けることも可能であろう。
5. 政策立案者グループ
さて,いったい誰が政策原案を作るのだろうか。現役行政官らが中央官庁の政策過程を明らかにした『中央官庁の政策形成過程(続)』(32)によると、各省庁の政策形成過程には、(1)「創発」、(2)「共鳴」、(3)「承認」、(4)「実施・評価」の段階があり、「創発」には、「内部からの自発的創発(大臣、幹部、若手、官房・政策横割り局、現場事務所、地方出先機関などによるもの)、外部からの指示・圧力による受動的創発(首相官邸、地方公共団体、他省庁、政党、族議員、マスコミ、圧力団体によるもの)、制度的創発・義務的創発(法律や計画などの制度そのものによって創発がビルトインされているもの)」の3つに分けることができるという。
同書の中で文部科学省の政策形成過程を担当した高口(33)は、この「創発」の過程は「担当課の担当係長が原議書を起案するところから始まり、(中略)最後に文部大臣へと決裁をあげていく」「承認」の過程ほどには制度化されていないとのことで、課ごとの縦割りで行われているのが実態である、と紹介している。
ただ自発的にせよ、受動的にせよ「担当課の担当係」から始まることに変わりはなく、政策立案現場にいた雨森(34)は、この過程を「重要なポイントは、国の施策を立ち上げるためには、当然のことながら、その施策を最も必要としている部署が発意し、その施策の趣旨・目的を明確にし、現状における問題点を精査し、その問題解決のための処方箋を示し、そのための具体的な方策を明示して、それによって得られる効果をも推測して構想を練る、ということが不可欠です。更に、そのことを何故、今急いで実行しなければならないのか、もし、それを実現しなかったら、どのような支障が生じるのかを明確に指摘しておくことです。」と詳述している。そして、この作業の中心は係長である。筆者もかつて「係長行政」(35)という言葉を耳にしたことがあり、NACSISやNIIの事業推進にあたっては、何度もそのことを実感した。もっともここ10年くらいの観測では、少し専門官や課長補佐等の上位行政官に比重が移りつつある印象を持っている。政策原案作成現場でどのような変化が生じているのか、現場側からの報告に期待したいところである。
学術情報流通政策の形成過程に決定的な影響力を持つのが審議会等である。国家行政組織法(昭和23年7月10日法律第120号)第8条の機関で、文部科学省には中央教育審議会はじめ10の審議会等が置かれている。この分野に直接関係するのが科学技術・学術審議会で、その所掌については文部科学省設置法(平成11年7月16日法律第96号)第7条に「文部科学大臣の諮問に応じて、科学技術の総合的振興に関する重要事項及び学術の振興に関する重要事項を調査審議し、又は文部科学大臣に意見を述べること」と定められている。
歴史的には1967年に学術奨励審議会を改組して学術審議会を設置し、2001年のいわゆる中央省庁改革の一環で整理・統合された結果、現在の名称になった。従来の学術審議会は6つの分科会の1つである「学術分科会」に置き換わったと見るのが自然であろう。
先に記したように、学術情報流通政策に関する重要文書のほとんどがこの審議会及び分科会、部会等の建議・答申・報告等である。この審議会で検討、議論され提言されることの重みは、図書館等で概算要求に従事した経験を持つ者ならば実感できるであろう。
雨森(36)は、先の引用箇所に続けてこう述べている。「そして、何よりも大切なことは、こうして整えた検討材料を、国の意思決定に確実に結び付けられるような検討の場(即ち、学術審議会の場)に持ち込むことです。そのためには当然のことながら、文部大臣がそのことを諮問事項に盛込めるようなテーマにアレンジすることを、省内で画策していくことです。そして、そのシナリオを学識経験者及び行政関係者を動員して、実行のレールに乗せる。これらの一連のプロセスが支障なく実現されて、初めて“構想”が現実の政策課題として検討の俎上に上がるものとなります」。政策原案立案者と審議会等の関係がよく分かる証言である。審議会等が図書館情報政策に対してどのような役割を果たしているかについては、主として理論的側面から、金(37)が整理している。
6. 政策形成に影響を与える者のグループ
便宜的に分けた(b)の政策の実行者グループは重要である。執行がうまくいかなければ政策は失敗に終わるからである。また、実行に移す機関や組織は、多くの場合政策そのものを望んだ者でもある。溝上(38)は、学術情報流通の推進機関として、国立国会図書館、日本科学技術情報センター(JICST)、NACSIS及び大学図書館の4つを挙げている。文部科学省情報課学術基盤整備室の所管範囲では、特にNACSIS(現NII)と大学図書館の活動を押さえる必要があるのだが、本稿では実行者グループは割愛したい。
ここでは「政策形成に影響を与える者のグループ」を瞥見したい。政策原案作成者及びその現場に影響を与える者としては、大学図書館や大学共同利用機関の現場からの要求・声、図書館協議会(特に国立大学図書館協会)からの要望(39)、学協会からの要望、日本学術会議の勧告等(40)、学協、出版社・取次等からの陳情、さらには大臣をはじめとする上級行政官からの指示、あるいは議員や政党からの要望等大小さまざまな影響力があると考えられる。昨今では、総合科学技術会議の動きや意向など国の主要政策との関係もある。人や組織でないが、政策原案形成者に大きな影響を与える要因として、社会情勢、産業界の動向、国際情勢等も考えられる。また、阪神・淡路大震災のような自然災害なども影響要因になる。
要は、政策立案の過程にあるのは、生身の人間である。組織対応が基本ではあろうが、究極には個人の判断に委ねられる。その個人の判断に影響を与える要因を分析しなければならないのである。
7. 学術情報流通政策を考えるために
われわれがどのように政策が形成され執行されたかに関心を抱くのは、決して学術情報流通分野における「プロジェクトX」をきどっているわけでも、過去の仕事に郷愁を感じてのことでもない。政策が、われわれの抱えている課題や難問を解く鍵になってくれるからである。もちろん、個別の組織や機関の経営努力や工夫で解決できる課題もあるだろう。しかし、学術情報流通の分野では一つの組織や機関ではどうしようも出来ない課題や難問が多い。全国規模の総合目録構築という課題ひとつを考えても、単独の機関でどうできるというものではない。まさに、全国的な視野での政策立案と当然ながらそれに伴う財政的措置が必要となるのである。
どうすれば今のわれわれは直面する課題、難問に対処できるのだろう。その答が過去の政策過程研究を通して見いだせる可能性があるのである。政策過程研究の必要性はそこにあると思う。
草野(41)は、政治学初学者に政策過程に関する事例研究の意義と有用性を分かりやすく説いている。1993年8月の村山政権誕生によって戦後の自民党一党支配が終焉し、従来は与党の動きだけに着目していれば理解できた政策過程が一挙に複雑化したのである。われわれが今日眼前にしている政治風景のことである。政治プロパーの世界でも政策過程研究の意義や重要性が認識されたのは古いことではなさそうである。
しかし、こうした専門分野の研究成果や知見は、われわれの分野の政策研究にとっても大いに寄与してくれるに違いない。90年代の6冊の政策過程論に関連する著作から最近の政策過程研究の傾向を探った角(42)の論文などもわれわれを導いてくれるだろう。
政策過程の分析にあたっては、前出の草野(43)が述べるように「政策過程に登場する様々な利害関係者の間の駆け引きなどを・・・再構成する」ことが必要である。そのためには、何よりも豊富な関連文書、事実の収集が求められる。しかし、残念なことに官庁文書の大半は保存年限も過ぎており、ほとんど残されていないことが予想されるし、それ以上に政策形成過程の渦中にある行政官等が残した記録は少ない。そんな中で、土屋らが試みている当時の政策過程の参加者たちに対する「大学図書館政策聞き取り調査」(44)はきわめて期待されるものである。現時点では公開許可が下りないものもあるとのことだが、重要なことは将来に向けて記録を残すことである。
「学術情報システム構想」に限ってみても、当時の関係者は50歳代であれば、すでに80歳に近づくか超えている。当時の若手ですら定年を迎えているのである。すでに戦後直後の学術情報流通政策の関係者は鬼籍に入っておられる方が多くなっている。文部省学術奨励審議会の提言で1948年度から事業化した「学術文献綜合目録」は当時の「馬場重徳事務官の労苦」と前書きに残されているが、その労苦をたどるには今や筑波大学図書館情報図書館に残された馬場関連文書(45)に頼るしかない。もちろんこれは幸運な例である。
折しも、『情報の科学と技術』で時実(46)による「オンライン情報検索:先人の足跡をたどる」という連載が開始された。JICSTの誕生が1957年であるので、その頃からの事情を知る人の証言が得られるかも知れない。好企画である。
8. おわりに
本稿で明らかにしたかったことは、学術情報流通政策研究の必要性と意義である。学術情報流通に関して最新の情報提供と常に建設的で示唆に富む発言をしているAcademic Resource Guide(ARG)主宰者の岡本(47)は、元文科大臣の遠山が「学術情報システム構想」の関与者であったことを初めて知って驚き、「こういう歴史は私を含め、知らない世代はとことん知らないのではないか。どなたかに歴史をまとめていただけないものだろうか。(中略)日本の学術情報システムの誕生史をどなたかに書いてほしい」と訴えている。まったく同感である。そのためには、当時の「事実」の収集と蓄積が急がれるのである。図書館関係者に、学術情報流通政策研究への参加を促したい。
武蔵野大学:小西和信(こにし かずのぶ)
(1) 本来なら「学術情報」の定義から確認しなければならないが、紙幅も限られているので、渕上の論考をご参照いただきたい。溝上は、本書で1952年以降の各種の定義を検討している。
溝上智恵子. “学術情報流通を支える法制度”. 図書館を支える法制度. 日本図書館情報学会編. 勉誠出版, 2002, p.125-145.
(2) 土屋俊. “学術情報流通の最新の動向”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.47.
(3) 上田修一. “情報の生産と利用のサイクル”. 図書館情報ハンドブック. 図書館情報学ハンドブック編集委員会編. 第2版, 丸善, 1999, p.193.
(4) 倉田敬子. 学術情報流通とオープンアクセス. 勁草書房, 2007, 196p.
(5) 筑木一郎. 研究文献レビュー:学術情報流通と大学図書館の学術情報サービス. カレントアウェアネス. 2007, (293), p.21-29.
(6) 北克一ほか. 学術情報流通の変容と大学図書館―20世紀最後の10年間―. 図書館界. 2001, 53(3), p.302-313.
(7) 金容媛. 図書館情報政策. 丸善, 2003, p.3. 『カレントアウェアネス』No.294で松本は、金の一連の労作について「公共図書館を含む図書館政策研究において貴重な研究である」と紹介し、その活用を提起している(CA1649参照)。
(8) 細谷新治編. わが国における学術情報政策に関する資料集. 一橋大学経済研究所日本経済統計文献センター, 1971, 383p.
附録の「学術情報政策に関する邦文文献目録」には戦後から1971年までの四半世紀の約300件の関連文献が収められている。
(9) 飯田益雄. “科学技術政策断想;その2:「学術」と「科学技術」の不協和音”. Scientia. 2002, (24), p.8-12.
長く文部省学術国際局主任学術調査官を務め『科学研究費の基礎知識』などの著作がある飯田は「昭和44年に、総合的なものとして全国的流通システム(いわゆる「NIST」)の構想が科学技術会議答申第4号で提示されたことがあったが、当時は科学技術庁が立案業務にあたっていたため、生産される一次情報のインプット問題や図書館機能の問題という重要な点が欠落し、人文・社会科学のみに関する研究情報は取り扱っていなかった。他省庁や学協会を含む情報システムとの関係も不明確であり、特に文部省が構想の「学術情報所」との関係が問題であったことなどを併せ考えれば、所詮その実現は百年河清を待つの類であった」と「学術」と「科学技術」の担い手の違いに由来する「文化の違い」を嘆いている。
(10) 和田光俊. “科学技術振興機構における学術情報流通基盤の形成”. 学術情報流通と大学図書館. 日本図書館情報学会研究委員会編. 勉誠出版, 2007, p.131-146.
(11) 溝上智恵子. “学術情報流通を支える法制度”. 図書館を支える法制度. 日本図書館情報学会編. 勉誠出版, 2002, 133p.
(12) 金容媛. 図書館情報政策の形成に関する考察. 学術情報センター紀要. 1994, (6), p.35-66.
(13) 内藤衛亮. “日本における情報政策の一側面と標準化課題”. 学術情報センター紀要. 1999, (11), p.33-47.
(14) 金容媛. 情報政策の枠組みに関する理論的考察. 文化情報学:駿河台大学文化情報学部紀要. 2003, 10(1), p.19.
(15) 情報課は、2001年1月の中央省庁等改革で文部省と科学技術庁が統合した結果、科学技術振興機構(JST)も所管している。したがって、課レベルでは「科学技術情報流通政策」も「学術情報流通政策」も担当していることになる。
(16) 竹内比呂也. “大学図書館の現状と政策”. 変わりゆく大学図書館. 逸村裕ほか編. 勁草書房, 2005, p.10.
(17) 雨森弘行. “「国大図協」と共に歩んで:“温故知新”への想い”. 国立大学図書館協議会ニュース 資料. 2003, (70), p.1-15.
(18) 松村多美子(語り手). “大学図書館政策聞き取り調査:2004年10月8日 於千葉大学文学部”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.146.
(19) 永田治樹. “大学図書館政策”. 図書館情報学ハンドブック. 図書館情報学ハンドブック編集委員会編. 第2版, 丸善, 1999, p.852.
(20) 竹内比呂也. “第1章 大学図書館の現状と政策”. 変わりゆく大学図書館. 逸村裕, 竹内比呂也編. 勁草書房, 2005, p.10.
(21) 逸村裕. “わが国の大学図書館政策の歴史的回顧”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.2.
(22) ここでは簡略に記載する。
(1) 学術審議会学術情報分科会「学術情報流通体制の改善について(報告)」(1973.7)
(2) 学術審議会「今後における学術情報システムの在り方について(答申)」(1980.1)
(3) 学術審議会学術情報資料分科会「学術情報流通の拡大方策について(報告)」(1990.1)
(4) 学術審議会学術情報資料分科会「大学図書館機能の強化・高度化の推進について(報告)」(1993.12)
(5) 学術審議会「大学図書館における電子図書館機能の充実・強化について(建議)」(1996.7)
(6) 学術審議会研究計画・評価分科会科学技術委員会デジタル研究情報基盤ワーキンググループ「学術情報の流通基盤の充実について(審議のまとめ)」(2002.3)
(7) 科学技術・学術審議会学術分科会研究環境基盤部会学術情報基盤作業部会「学術情報基盤の今後のあり方について(報告)」(2006.3)。
上記重要政策文書のいくつかは、文部科学省ウェブサイトで本文を読むことが可能である。
“審議会情報(科学技術・学術審議会-答申等)”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu0/toushin/index.htm, (参照 2008-04-01).
(23) 逸村裕. 特集・2006・トピックスを追う:「学術情報基盤の今後の在り方について(報告)」の背景と展開. 図書館雑誌. 2006, 100(12), p.811-813.
(24) 今後における学術情報システムの在り方について(答申). 学術審議会, 1980, 17p.
答申本文および資料編は、NACSIS『創立十周年記念誌』など、いくつかの資料に転載されている。
十周年記念事業委員会編. 創立十周年記念誌. 学術情報センター, 1996, p181-244.
(25) 例えば、「学術情報システム構想」スタート直後に「かみかた機械化研究グループ」が作った『学術情報システムに関する文献目録』には、673点もの関係文献が採録されている。
かみかた機械化研究グループ編. 文部省学術情報システムへの評価と提言:1986年8月版. 大学図書館問題研究会出版部, 1986, p.45-94.
(26) 雨森弘行. “(講演)すべての図書館をすべての利用者に―目的達成のための方略を求めて”. 中部図書館学会誌. 2003, (44), p1-13.
(27) 永田治樹. 学術情報と図書館. 丸善, 1997, p.9.
(28) 松村多美子(語り手). “大学図書館政策聞き取り調査:2004年10月8日 於千葉大学文学部”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.146.
(29) 土屋俊. “学術情報流通と大学図書館”. 学術情報流通と大学図書館. 日本図書館情報学会研究委員会編. 勉誠出版, 2007, p.3-22.
(30) 土屋俊. “学術情報流通の最新の動向”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.61-62.
(31) 金容媛. 図書館情報政策. 丸善, 2003, p.37.
(32) 城山英明ほか. “本書の目的・方法・要約”. 続・中央省庁の政策形成過程:その持続と変容. 城山英明ほか編著. 中央大学出版部, 2002, p.4-9.
(33) 高口務. “文部省の政策形成過程”. 続・中央省庁の政策形成過程:その持続と変容. 城山英明ほか編著. 中央大学出版部, 2002, p.182-193.
(34) 雨森弘行. “(講演)すべての図書館をすべての利用者に―目的達成の方略を求めて”. 中部図書館学会誌. 2003, (44), p.9.
(35) この言葉を筆者はNACSIS時代の上司から伺った。
「係長行政」について、パブリック・マネジメント研究所の鈴木氏は「一般に“行政組織の中で実際に施策を運営し、個々の事務に精通しているのは係長クラスであって、行政の施策は係長が中心になって推進されている”という実態を指すことが多い」と指摘する。
鈴木由朗. “コラム・社会環境の変化と自治体経営に及ぼす影響:「係長行政」の裏側を見る”. パブリック・マネジメント研究所. [2002-05-31]. http://www.publicmanagement.jp/column/2002/05/post_2.php, (参照2008-04-01).
(36) 雨森弘行. “(講演)すべての図書館をすべての利用者に―目的達成の方略を求めて”. 中部図書館学会誌. 2003, (44), p.9.
(37) 金容媛. 図書館情報政策. 丸善, 2003, p.106-120.
(38) 溝上智恵子. “学術情報流通を支える法制度”. 図書館を支える法制度. 日本図書館情報学会研究委員会編. 勉誠出版, 2002, p.132-137.
(39) 1957~2003年までの要望事項は、『国立大学図書館協議会第50回総会記念誌』に一覧が掲載されている。
国立大学図書館協議会50周年記念事業実行委員会. “文部省/文部科学省等に対する要望事項一覧”. 国立大学図書館協議会第50回総会記念誌(資料集). 国立大学図書館協議会, 2003, p.64-68, (総会資料, No.50-4). http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/publications/50kinen/13.pdf, (参照 2008-04-01).
(40) 日本学術会議の学術情報流通政策に関わる答申、勧告、建議等は多い。学術審議会がその役割をとってかわるまでは、「学術図書のユニオン・カタログの作成について(申入)」(1949)、「学術情報所(インフォメーションセンター)設置について(答申)」(1950)、「国語・国文学研究資料センター(仮称)の設置について(勧告)」(1966)など独擅場の感があった。1971年に情報図書館課学術情報係長を務めた石川は、国文学研究資料館の設置に至るまでの日本学術会議の貢献の様子を描いている。
石川亮. “日本学術会議の学術情報体制への貢献―文系学術図書館の初期の現状”. 現代の図書館. 2004, 42(1), p.74-82.
(41) 草野厚. 政策過程分析入門. 東京大学出版会, 1997, 201p.
(42) 角一典. “政策過程論の分析視座”. 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編). 2006, 57(1), p.19-34. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004745352/, (参照 2008-04-01).
(43) 草野厚. 政策過程分析入門. 東京大学出版会, 1997, 201p.
(44) 「聞き取り調査」は、土屋科研の研究計画の一環として、松村多美子氏、田中久文氏等に行われている。
[逸村裕ほか]. “年次結果報告”. 電子情報環境下における大学図書館機能の再検討:平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(B)研究成果報告書. 研究代表者:土屋俊. 千葉大学, 2007, p.129-144.
(45) 戦後日本の学術図書館政策及び図書館学の展開過程:馬場重徳文書の組織化と分析:平成8年度~平成10年度科学研究費補助金基礎研究(C)研究成果報告書. 研究代表者:佐藤隆司. 図書館情報大学, 1999, 169p.
(46) 時実象一. “連載:オンライン情報検索:先人の足跡をたどる, 1:「オンライン情報検索:先人の足跡をたどる」連載を始めるにあたって”. 情報の科学と技術 .2008, 58(4), p.201-203.
(47) 岡本真. “Looking for 遠山敦子さん”. Academic Resource Guide. 2007-03-05. http://d.hatena.ne.jp/arg/20070305/1173032115, (参照 2008-04-01).
小西和信. 動向レビュー:日本の学術情報流通政策を考えるために. カレントアウェアネス. 2008, (296), p.17-22.
http://current.ndl.go.jp/ca1667