CA1684 – オープンアクセス・オプションとその被引用に対する効果 / 時実象一

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カレントアウェアネス
No.299 2009年3月20日

 

CA1684

 

オープンアクセス・オプションとその被引用に対する効果

 

1. はじめに

 オープンアクセスの目的は、科学者や一般市民が学術成果に無料で自由にアクセスできるようにすることである。そのための手段として(1) オープンアクセス雑誌、(2) 機関リポジトリの2 つが大きく取り上げられてきた。これらは現在もオープンアクセスのための主要な手段であることは事実であるが、最近はその変化形態としての(3) オープンアクセス・オプション、(4) 研究助成機関リポジトリが大きく注目されてきている。本記事はオープンアクセス・オプションを中心に最近の動向について解説するとともに、オープンアクセス・オプションの効果に関する最近の研究にも触れる。なお、本稿以前のオープンアクセス雑誌の動向については時実(1)、機関リポジトリと研究助成機関リポジトリの最近の動向については時実(2)などを参照されたい。

 

2. オープンアクセス・オプション

2.1 オープンアクセス・オプションの普及

 オープンアクセスでない学術雑誌において、著者や著者の所属機関、著者の研究に助成した機関等が掲載料を支払うことにより、特定の論文だけをオープンアクセスにすることをオープンアクセス・オプション、またそのようなオプションを有する雑誌をハイブリッド誌(Hybrid Journal)あるいはハイブリッドオープンアクセス誌(Hybrid Open Access Journal)と呼んでいる。すでに主要な出版社のほとんどがこのオプションを設けており、日本でも2005年7月から実施している日本化学会(3)のほか、2008年1月に日本物理学会(4)、2008年9月に応用物理学会(5)も採用した。英国のSHERPA/RoMEOプロジェクトはこれを“Paid Options”と呼び、これを設けている出版社の一覧を掲載している(6)。2008年12月現在で61出版社が掲載されている。

2.2 マックス・プランク協会とSpringer社の合意

 このオープンアクセス・オプションに関し、最近注目される動きとしては、ひとつはドイツのマックス・プランク(Max Planck)協会がSpringer社と交わした合意である。マックス・プランク協会は2007年10月、雑誌の講読価格をめぐってSpringer社と合意ができず、同社の雑誌約1,200誌をすべてキャンセルすると発表した(7)。しかし翌年 1 月末になって両者は一転して合意に達した(8)。その条件のひとつが、今後、マックス・プランク協会の研究者がSpringer社の雑誌に投稿した論文については、同社のオープンアクセス・オプション“Open Choice”を適用し、直ちにオープンアクセスとする、というものであった。マックス・プランク協会は従来からオープンアクセスの主要な旗振り役であり、またSpringer社は著者支払い型ビジネスモデルの採用に積極的であったことからして、この合意は両者にとってWin-Winであったと想像される。2008年11月に来日したマックス・プランク協会のロマリー(Laurent Romary)氏によれば、この合意のポイントは、Springer 社が、同協会から投稿された掲載論文を同協会のリポジトリに自動的に登載するよう手配してくれることが大きいとのことであった(9)。また他の出版社から同様の提案があれば検討するとのことであった。なお、マックス・プランク協会は2008年8月、所属研究者がPLoS(CA1433参照) に投稿する場合、その費用を負担することにも合意している(10)

 このマックス・プランク協会とほぼ同様の契約が2009年1月、Springer社とカリフォルニア大学図書館との間に締結された(11)。この契約でオープンアクセス・オプションが適用されるのは、カリフォルニア大学10キャンパスの全研究者であるため、規模としてはマックス・プランク協会よりもはるかに大きいと考えられる。またこの契約の特徴のひとつは、投稿論文に対してクリエイティブ・コモンズの「表示-非営利」ライセンスが適用される点である。これが適用されるということは、著作権は著者に残されていると思われる。

 なお Springer社は、オープンアクセス出版社のBioMed Central社(E682参照)を2008年に買収する(12)など、オープンアクセスをビジネスモデルとして確立することに積極的であることを補足しておきたい。

2.3 SCOAP3

 またオープンアクセス・オプションに関して最近注目されるもうひとつの動きは、欧州原子力研究開発機構(CERN)を中心とした、高エネルギー/素粒子物理学における著者支払い型ビジネスモデルによるオープンアクセス出版推進プロジェクト“SCOAP3”(E812参照)である。CERNはマックス・プランク協会と並ぶ、欧州におけるオープンアクセス運動の推進者である。

 このプロジェクトの始まりは、2005年にCERNにオープンアクセス出版に関するタスクフォースが結成されたところとされている。その報告書(13)が2006年6月に発表され、これに基づき準備会“SCOAP3 Working Party”が結成された。2007年4月に発表された準備会の報告書(14)によれば、現在高エネルギー/素粒子物理学分野の「主要論文」は年に5,000-7000論文が出版されており、そのおよそ80%が、同分野の論文を主に掲載している「主要誌」5誌と、他分野の論文も掲載している「ブロードバンド誌」1誌に掲載されている。SCOAP3はこうした雑誌における高エネルギー/素粒子物理学関連論文をオープンアクセス・オプション価格で買い上げ、世界の研究者に無料公開するというものである。これを実現するには毎年約1,000万ユーロが必要であると計算されているが、その費用は図書館等が従来予約購読に用いていた資金を転用する形で集めることになっている。2009年1月13日の段階では、そのおよそ53%が集まったと発表されている(15)

 SCOAP3には現在のところ、CERNなどの高エネルギー/素粒子物理学関係の研究所のほか、マックス・プランク協会などの研究機構、カリフォルニア大学、オハイオリンクなどの図書館が参加を表明している。出版社側は、コア論文の多くを掲載している6誌の出版社4社の1つ、Springer社がいち早く支持を表明したが、同じく4社の1つである米国物理学会(APS)はいまだに態度を明らかにしていない。APSのセリーヌ(Joseph Serene)氏からの私信によれば、「理念は理解するが、本当に継続性が保証されているかどうかに懸念がある」とのことであった。出版社としては、このプロジェクトに参加することにより、オープンアクセス・オプションによる収入を得る一方で購読料による収入が減少することになる。万が一、将来このプロジェクトが終了したとき、購読料収入が元に戻らない恐れがある、との理由からである。

 SCOAP3は高エネルギー/素粒子物理学分野の論文掲載数に応じた分担金の負担を、各国に求めている(E812参照)。日本では、日本物理学会を中心として検討が行われているが、現時点では要請されている資金の調達はめどが立っていない。SCOAP3が実現すれば、主要誌による論文の囲い込みが起き、日本発の雑誌は不利をこうむるのではないか、という心配の声も挙がっているのが現状である(16)

 

3. オープンアクセス・オプションの被引用効果

 オープンアクセスを推進する側の議論として、オープンアクセスにすれば閲覧機会が増加し、したがって引用も増加するはずである、というものがある。ローレンス(Steve Lawrence)による2001年の論文(17)をはじめ、オープンアクセス論文の方がダウンロードや被引用が多いという結果を提示する研究は数多い(CA1559参照)(18)

 その一方で、オープンアクセス論文と非オープンアクセス論文とで、大きな違いは見られないという研究結果もある(CA1559参照)(19)。この立場の代表的な論者であるデーヴィス(Philip M. Davis)が、オープンアクセス・オプションの効果に関する研究を行っている(20)

 これは、一定の猶予期間後に全論文が無料公開される(embargo)生物医学関係の11誌に、2003~2007年に掲載された全論文11,013件について詳細な分析を行ったものである。このうち、オープンアクセス・オプションにより早期に公開された論文は1,613件であった。分析の結果、オープンアクセスによる被引用の増加の効果が有意に見られたのは、11誌中2誌のみであった。全体では、オープンアクセス論文の方が17%被引用が多いという結果になったが、このようなオープンアクセスの優位性は早期公開の影響が大きく、長期的に見ると差が小さくなるとされている。例えば2004年刊行分について見ると、被引用数の違いが2004年の32%から2007年には11%へと、差が縮まっている。また著者が優れた論文をオープンアクセスにするため、被引用が高めに出ているのではないかとも述べている。このほか、著者にとってのオープンアクセス・オプションの経済的効果(1引用あたりのコスト)も計算しており、全体としてオープンアクセス・オプションの効果について疑問を投げかけている。

 とはいえ、オープンアクセス・オプションの効果に関する研究はまだ少なく、オープンアクセスそのものの効果についても正反対の結果が出ていることから、引き続いての調査が必要と思われる。

 

4. おわりに

 上記のデーヴィスの研究において、オープンアクセス・オプションにより公開された論文は全体の約15%であった。また2008年の倉田らによる生物医学分野対象の調査(21)によれば、調査対象の37.2%がオープンアクセス論文であったが、そのうちの約半数は非オープンアクセス誌に掲載されたものであった(22)

 SCOAP3やSpringer社の積極的な姿勢により、オープンアクセス・オプションによって公開される論文はさらに増える傾向にある。その被引用に対する効果については否定的な結果も出ているものの、広く研究成果へのアクセスを提供するというオープンアクセスの意義を考えると、オープンアクセスそのものの広がりと共に、その手段のひとつとして確立しつつあるオープンアクセス・オプションの動向にも注目していく必要があろう。

愛知大学:時実象一(ときざね そういち)

 

(1) 時実象一. 電子ジャーナルのオープンアクセスと機関リポジトリ: どこから来てどこへ向かうのか: (1) オープンアクセス出版の動向. 情報の科学と技術. 2007, 57(4), p. 198~204.

(2) 時実象一. オープンアクセス: 機関リポジトリの最近の動向. 情報の科学と技術. 投稿中.

(3) “論文のオープンアクセスについて”. Bulletin of the Chemical Society of Japan. 2005-07-01.
 http://www.csj.jp/journals/bcsj/notice/bcsj_notice-050601_jp, (accessed 2009-01-04).

(4) “JPSJ: Open Select”. Journal of the Physical Society of Japan. 2008-01-10.
 http://jpsj.ipap.jp/os/index.html, (accessed 2009-01-04).

(5) “OPEN SELECT — JSAP Open Access Program —” Japanese Journal of Applied Physics. 2008-09-01.
 http://jjap.ipap.jp/announcements/index.html, (accessed 2009-01-04).

(6) SHERPA/RoMEO. “Publishers with paid options for open access”.
http://www.sherpa.ac.uk/romeo/PaidOA.html, (accessed 2009-01-04).

(7) “Max Planck Society cancels licensing agreement with Springer”. Max Planck Society. 2007-10-18.
 http://www.mpg.de/english/illustrationsDocumentation/documentation/pressReleases/2007/pressRelease20071022/index.html, (accessed 2008-11-03).

(8) “Max Planck Society and Springer reach agreement”. Max Planck Society. 2008-02-04.
 http://www.mpg.de/english/illustrationsDocumentation/documentation/pressReleases/2008/pressRelease20080204/index.html, (accessed 2008-11-03).

(9) Romary, Laurent. “Changing the landscape – various ways of achieving open access”. 平成 20 年度大学図書館シンポジウム. 横浜, 2008-11-28, 国公私立大学図書館協力委員会・日本図書館協会大学図書館部会.

(10) “Open access contract: MPS and PLoS agree upon central funding of publication fees”. EurekAlert!.
 http://www.eurekalert.org/pub_releases/2008-08/plos-oac082108.php, (accessed 2009-01-26).

(11) “UC libraries and Springer sign pilot agreement for open access journal publishing”. University of California. 2009-01-21.
 http://www.universityofcalifornia.edu/news/article/19335, (accessed 2009-01-26).

(12) “Springer to acquire BioMed Central Group”. Springer Science+Business Media. 2008-10-07.
 http://www.springer-sbm.com/index.php?id=291&backPID=132&L=0&tx_tnc_news=4970&cHash=b5a2aa41d8, (accessed 2009-01-26).

(13) Report of the task force on open access publishing in particle physics. CERN. 2006, 46p.
 http://scoap3.org/files/cer-002632247.pdf, (accessed 2009-01-26).

(14) The SCOAP3 Working Party. Towards open access publishing in high energy physics: Report of the SCOAP3 working party. CERN, 2007, 35p.
 http://www.scoap3.org/files/Scoap3WPReport.pdf, (accessed 2008-12-12).

(15) “How far are we?”. SCOAP3. 2009-01-13.
 http://scoap3.org/fundraising.html, (accessed 2009-01-26).

(16) 奥田雄一. 「オープンアクセス (SCOAP3) 検討分科会」からの報告. 平成 20 年度大学図書館シンポジウム. 横浜, 2008-11-28, 国公私立大学図書館協力委員会・日本図書館協会大学図書館部会.

(17) Lawrence, Steve. Free online availability substantially increases a paper’s impact.
 http://www.nature.com/nature/debates/e-access/Articles/lawrence.html, (accessed 2008-12-21).

(18) 例えば、以下のようなものが挙げられる。
 Hajjem, C. ; Harnad, S. ; Gingras, Y. Ten-year cross-disciplinary comparison of the growth of open access and how it increases research citation impact. IEEE Data Engineering Bulletin. 2005, 28(4), p. 39-47.
 Clauson, Kevin A. ; Veronin, Michael A. ; Khanfar, Nile M. et al. Open-access publishing for pharmacy-focused journals. American Journal of Health-System Pharmacy. 2008, 65(16), p. 1539-1544.
 林和弘, 太田暉人, 小川桂一郎. “オープンアクセス論文のインパクト: 日本化学会の事例”. 第5回情報プロフェッショナルシンポジウム予稿集. 東京, 2008-11-13/14. 科学技術振興機構, 情報科学技術協会, 2008, p. 33-37.

(19) 例えば、以下のようなものが挙げられる。
 Davis, Philip M. ; Lewenstein, Bruce V. ; Simon, Daniel H. et al. Open access publishing, article downloads, and citations: randomised controlled trial. British Medical Journal. 2008, 337(7665), a568.

(20) Davis, Philip M. Author-choice open-access publishing in the biological and medical literature: A citation analysis. Journal of the American Society for Informaiton Science and Technology. 2009, 60(1), p. 3-8.

(21) 倉田敬子, 森岡倫子, 井之口慶子. 生物医学分野におけるオープンアクセスの進展状況: 2005年と2007年のデータの比較から. 三田図書館・情報学会研究大会発表論文集. 2008, p. 33-36.

(22) なお、2008年に生態学・経済学・社会学を対象として行われたオープンアクセス論文の比率の調査でも、オープンアクセス論文は約39%であるという結果が出ている。
 Norris, Michael ; Oppenheim, Charles ; Rowland, Fytton. Finding open access articles using Google, Google Scholar, OAIster and OpenDOAR. Online Information Review. 2008, 32(6), p. 709-715.

 

Ref.

SCOAP3: Sponsoring Consortium for Open Access Publishing in Particle Physics.
http://scoap3.org/, (accessed 2008-12-21).

 


時実象一. オープンアクセス・オプションとその被引用に対する効果. カレントアウェアネス. 2009, (299), p.10-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1684