CA1630 – 災害時における資料保全活動の一元化 / 尾立和則

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カレントアウェアネス
No.292 2007年6月20日

 

CA1630

 

災害時における資料保全活動の一元化

 

はじめに

 本稿を目にする方々の多くは図書館関係者であり,また資料保全活動というものを初めて知ったという方もおられよう。そこで,防災計画や被災資料の保存処置についての入門書ともいえる『災害と資料保存』(1)をまず紹介しておく。この冊子が発行されたのは1995年の阪神・淡路大震災(以下,95年震災という)の2年後で,被災地では被災した文化施設の復旧作業が続いていた時である。そんな時期に各執筆者によってまとめられた,災害という緊急時への備えや対応への考え方や適切な情報は現在でも有効なものである。その後も災害への備えについて説かれた,参考図書や講演会・研修会の記録集は数多く発行されているが,基本的な考え方に変化はみられない。

 本稿では国内の災害時における資料保全活動の現状を概説したあと,95年震災から10年以上経った今なお,被災地での保全対象物や保全の目的の一元化が図れない理由を考えてみたい。

 

民間団体による被災資料の保全活動

 95年震災時に注目された市民による災害ボランティアの力は,その後も国内の被災地救援活動にとって大きな力となっている。現在各地で組織的に活動しているものは,各自治体,市民団体,大学・研究機関などであり,それらの活動状況を一覧できるデータバンクHP(2)を総務省消防庁に設置して災害発生時の迅速な対応に成果をあげている。しかし文化財や文化遺産の資料保全活動を視野に入れた組織ではなく,あくまでも被災地住民の生活を平常に戻す活動や市民レベルで可能な自然環境の復旧・保全活動を対象にしている。

 一方,資料の保全活動を行っている団体には図書館関係者中心に組織された団体(3),文書館・資史料館関係者で組織された団体(4),文化財系の学会(5),NPO団体(6)がある。これらの各団体は防災や各種救援への独自の活動を展開しているが,災害時の資料保全だけを必ずしも目的にしたものではない。資料保全だけを目的としたものとしては,大学歴史研究者と学生・一般市民などで構成されている団体(7)が地元の被災を機に結成されてきた。静岡県の「NPO文化財を守る会」(8),宮城県の「NPO 宮城歴史資料保全ネットワーク」(9)といったNPO系の団体の資料保全活動には,今後の有り方の一つとしての注目が集まっている。

 

一元化への様々な試み

 本稿を目にする図書館関係者の中には,資料保全活動の目的を「文化財を救う」という考えの下に進めることに疑問を感じる人が多いのではないだろうか。95年震災時の文化庁主導の組織「文化財等救援委員会」で活動した各団体間(10)においてもこの「文化財」という表現への違った反応がみられた。救援委員会の名称に「等」という1 文字を入れたのは,文化財の救援だけでは被災地の多種多様な資料に対応できないという理由もあったが,救援対象物は指定品もしくはそれに準じるようなものだけではなく,地域や個人が守ってきたものも含まれるということを被災地住民に印象付けるためのものであった。さらにそれは参加団体間の良好な連携を保つためにも必要であった。この「等」1文字をつける判断1つをとってもその時点の混乱した状況が読み取れる。しかし,「等」を付けるだけでは解決できないことは余りにも多い。

 「等」に替わるものとして,文化遺産や歴史遺産といった新しい表現が行政機関の広報や報告書類に多用されてきている印象を持つのは筆者だけではないはずである。新しい表現に頼るのではなく,1996年には文化財保護法の中に登録文化財(11)という新しい枠組みを設けて未だ指定されていない文化財の保護に取り組み始めている。だが,民間所在の全ての資料を慎重に扱う風潮を国民の中に根付かせたとも思えない。

 被災地における民間所在の資料保全活動は,行政・住民・民間団体の三者協働作業の形が望ましい。現実は行政や住民の資料保全活動への理解不足による資料の廃棄を止めることができない場合もあるが,先に触れた幾つかの取り組みによって地域資料への新たな認識が生れ,そのことにより保全活動への理解が深まることも考えられる。

 

新たな共通認識

 活動目的に対して各民間団体が持つ共通認識には「被災地の活動を支援したい」「地域にとって貴重な資料を救いたい」といったものが先ずあげられる。しかし各団体が扱う資料の性質や構成会員の専門領域の違いが団体間の連携や協働作業の実現を妨げることもあり,より効果的な活動を展開するためには新たな共通認識が必要となっている。

 2005年,この共通認識について考えるシンポジウム(12)が開催された。これまでに目立った連携がなかったミュージアム(美術館・博物館)・ライブラリー(図書館)・アーカイブズ(文書館・史資料館)の三者が,行政や市民との幅広い連携のもとに地域資料の保全を目的とした防災・減災システムを構築しようというものである。

 筆者は,シンポジウムの中で防災対策の一環として提示された「地域資料の調査・掌握と継続的点検が欠かせない」という一文に注目している。各団体に通じる共通認識は「文化財」や「○○資料」ではなく,各文化施設や大学あるいは研究所が所在する地域に密着した活動としての,「調査・掌握と継続的点検」ではないかと考える。こういった地域に密着した活動を各団体が平時から行うことによって,被災地における効率よい活動の展開が可能になる。これこそが,各団体において地域資料の大切さを唱え熱心に保全活動を続けている研究者達と地域住民が抱く同様の思いを繋ぐことができるものでもあると筆者は考える。

 筆者の反省も込めて言うならば,平時における地域との密着した活動がなければ,災害時における住民との連携は困難を極める。このことは95年震災以降の12年間に各地で展開されてきた資料保全活動の中で,繰り返し確認されてきたことである。同シンポジウムを後援した史料学・博物館学・資料保存科学領域の各団体による,新しいネットワーク構築が急がれるところである。

 

まとめにかえて

 筆者の専門が資料保存技術であるため,この12年間は各地で行われた資料保全活動において保存処置技術の指導と普及を行ってきた(13)。被災資料に対して実際の保存処置を行うことは保全活動の一環として必要なことと考えられている。しかし大量の被災資料を短時間で,腐敗や崩壊の危険から救わなければならない局面での保存処置は,通常のものとは異なる。処置内容だけではなく作業手順,必要な資機材,時間の配分,連絡網などその全てが緊急時のために工夫されてきている。そのような工夫が一目でわかるツールとして,「文化財保存ウィール」(14)が開発されている。これは円形の回転式簡易救援マニュアルで,最も緊急時とされる災害発生後48時間以内の対応や応急処置を,資料保存技術の専門家でなくとも理解できるように示している。

 被災地では不十分な作業環境や,物資と人材の不足といったことへの臨機応変の対応が必要となる。また被災地という特殊な心理状態の中での,住民や緊急に組織された作業者達とコミュニケーションを良好にとれる能力も必要となる。制約が多い被災地では正しい処置を行うことよりも,計画されたことを時間内に如何に正確且つ迅速に行えるかということに注意を払わなければならない。とは言うものの,緊急に編成された作業チーム全員がそういった体験を持っていないのが現実であるため,平時において作業チームを現地で指揮できる人材を養成しておく必要がある。先述の災害ボランティアの活動においてはボランティアリーダーだけの講習会や訓練が存在し,この訓練されたリーダー無しには現地のボランティアセンターは機能しないともいわれている。

 欧米において資料保存に対する意識の高い国では,緊急時の現場を指揮できる人材を養成するプログラムが公的な場に存在している(15)。さらに欧米では災害や事故による緊急時の処置を,保険会社を通じて計画する事例(CA1570参照)が増えており,各保険会社が組織する保存処置チームやそれを統括する指揮者の存在がますます重要となってきている。

 こういったプログラムはまだ我国には存在しないが,資料保全活動の一元化と平行して必要となるものである。

資料修復家:尾立和則(おりゅう かずのり)

 

(1) 日本図書館協会資料保存委員会. 災害と資料保存. 日本図書館協会, 1997, 159p.

(2) 総務省消防庁. “ 災害ボランティア・データーバンク”. (オンライン版), 入手先 < http://www.fdma.go.jp/volunteer/index.cgi >, (参照 2007-04-20).

(3) 日本図書館協会資料保存委員会. (オンライン版), 入手先 < http://www.jla.or.jp/hozon/index.html >, (参照 2007-04-20).

(4) 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会. (オンライン版), 入手先 < http://www.jsai.jp/toha/index.html >, (参照 2007-04-20).   ふくしま文化遺産保存ネットワーク. (オンライン版), 入手先 < http://www.historyarchives.fks.ed.jp/hozon/ >, (参照 2007-04-20).

(5) 文化財保存修復学会. (オンライン版), 入手先 < http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsccp/index-j.html >, (参照 2007-04-20).

(6) 特定非営利活動法人文化財保存支援機構. (オンライン版), 入手先 < http://www.jcpnpo.org/00_home/00.html >, (参照 2007-04-20).

(7)

  • 歴史資料ネットワーク:阪神・淡路大震災発生後に被災地において活動を開始。当初は関西の大学歴史研究者と学生,自治体職員という構成であったが,現在は市民会員も加えた市民活動へと変化してきている。その後各地で発生した地震や台風被害において,以下のネットワーク組織の立ち上げを支援している。事務局:神戸大学内。歴史資料ネットワーク. ( オンライン版), 入手先 < http://www.lit.kobe-u.ac.jp/~macchan/ >, (参照 2007-04-20).
  • 山陰資料ネット:2000 年の鳥取西部地震時に活動開始 山陰資料ネット. (オンライン版), 入手先 < http://www.hist.shimane-u.ac.jp/eq/index.html >, (参照 2007-04-20).
  • 芸予地震被災資料救出ネットワーク:2001 年の芸予地震時に活動開始。事務局:愛媛大学内
  • 宮城歴史資料保全ネットワーク:2003 年の宮城県北部地震時に活動開始。事務局:東北大学東北アジア研究センター内
    NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク. (オンライン版), 入手先 < http://www.cneas.tohoku.ac.jp/miyagi-shiryounet/ >, (参照 2007-04-20).
  • 福井資料ネットワーク:2004 年の福井豪雨時に活動開始。
  • 新潟歴史資料救済ネットワーク 2004 年の新潟中越地震時に活動開始。
    新潟歴史資料救済ネットワーク. (オンライン版), 入手先 < http://hysed.human.niigata-u.ac.jp/rescue/ >, (参照 2007-04-20).
  • 岡山史料ネット:2005 年に活動開始 事務局:岡山大学内。
  • 宮崎歴史資料ネットワーク:2005年の台風14号豪雨時に活動開始。

(8) NPO文化財を守る会. (オンライン版), 入手先 < http://bunkazai.fc2web.com/ >, (参照 2007-4-20).

(9) NPO法人宮城歴史資料保全ネットワークは,平成17年・18年度文化庁委嘱事業の一環として,全国96の自治体への調査アンケートを実施している。調査内容は「文化財の防災対策の現状および所在調査などの実態とそれらの保護に関する措置について,指定を受けている文化財と受けていない文化財との間に取り扱いの違い」。宮城歴史資料保全ネットワーク. 「文化財の震災保護対策に関する調査研究事業」報告書: 平成17〜18年度文化庁委嘱事業. 仙台, 宮城歴史資料保全ネットワーク, 2007, 107p.

(10) 文化庁,全国歴史資料保存利用機関連絡協議会,全国美術館会議,文化財保存修復学会(当時は古文化財科学研究会),日本文化財科学会

(11) 「登録文化財」制度は「保存及び活用についての措置が特に必要とされる」文化財建造物のための登録制度として,1996年の『文化財保護法』改正(平成8年法律第66号)により設けられた(第56条の2)。その後,2004年の『文化財保護法』改正(平成16年法律第61号)で対象範囲が拡大し,「建造物」でなくても登録が可能となった(第57条)。美術品については,「登録美術品」制度が,1998年の『美術品の美術館における公開の促進に関する法律』(平成10年法律第99号)の施行により発足した。

(12) 「歴史文化資産のリスクマネジメントとネットワークを考える」2005年11月 東京都江戸東京博物館 (後援:文化庁,日本博物館協会,日本図書館協会,全国歴史資料保存利用機関連絡協議会,文化財保存修復学会,日本文化財科学会,全国美術館会議,全日本博物館学会,日本ミュージアム・マネージメント学会,アート・ドキュメンテーション学会,企業史料協議会,記録管理学会全国大学資史料協議会,日本アーカイブズ学会,歴史資料ネットワーク)

(13) 1995 年:阪神・淡路大震災,1998年:高知豪雨による洪水(高知県立美術館),2000 年:鳥取県西部地震,2001 年:芸予地震,2003 年:宮城県北部地震,2004 年:新潟中越地震,2004 年:京都・兵庫北部台風23 号による洪水,2004 年:台風16 号による高潮被害(香川県)

(14) 文化財保存学会編. 文化財防災ウィール. クバプロ(発売), 1997.

(15) National Preservation Office. (online), available from < http://www.bl.uk/services/npo/npo.html >, (accessed 2007-04-20).
*プログラムの内容が充実している組織の一例として紹介する。

 


尾立和則. 災害時における資料保全活動の一元化. カレントアウェアネス. (292), 2007, p.6-9.
http://current.ndl.go.jp/ca1630