CA1510 – オープンコンテンツの百科事典ウィキペディア / 福田亮

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カレントアウェアネス
No.278 2003.12.20

 

CA1510

 

オープンコンテンツの百科事典ウィキペディア

 

 2001年1月15日,米国在住のサンガー(Larry Sanger)やウェールズ(Jimmy Wales)らはネット上に 『ウィキペディア(wikipedia)』というオープンコンテンツの百科事典を立ち上げた。その名称は「ウィキ(wiki wiki web)」という協調作業支援システムを利用して作成される百科事典であることに由来する。ウィキペディアの最終目標はフリー(直接的には無料ではなく自由を意味する)で,かつ情報量と情報の深みにおいて歴史上最大の百科事典を創り上げることである。

 オープンコンテンツとは創作物が共有状態に置かれていて自由に利用できることを示す概念である。具体的な自由の内容については多様な場合があり得る。ウィキペディアの場合は,内容の作成が不特定多数のネット利用者に許されており,誰もが自由にウェブページを書き換え,新しい事典項目を追加投稿できる。また,検索,利用,あるいは編集参加について登録が前提とされない。

 サンガーはウィキペディアに先行する『ヌーペディア(Nupedia)』というオンライン百科事典企画の主幹編集者であった。これは査読制度付きで専門家に記事の執筆を依頼するなど従来の百科事典の性格を残していた。このためウィキを利用して”より開放的で格式ばらない”百科事典として企画されたのがウィキペディアである。ウィキペディアでは不特定多数のネット利用者の自発的な,いわば草の根的な協力に依存する方式を採る。個々の投稿が十全でないとしても,大勢の人間が情報資源を共有し,編集を繰り返すことで内容が結果的に精査されると考えているからである。ネット利用者は閲覧者にも,記事の執筆者や編集者にもなることができる。コンピュータ・ネットワークの普及によって実現した新しい形式の知的協調作業である。

 サイトの立ち上げからわずか2年で,英語版ウィキペディアは登録記事数10万件を突破し,2003年10月現在では16万件を超えている。また,英語版に続いて世界の様々な言語による版が順次作成され,今日では多言語によるサイト集合体を形成している。中国語や日本語などアジア系の言語もあれば,エスペラント語のような人工言語のサイトもある。ウィキペディアはウィキを使用する最初の本格的なオンライン百科事典であり,内容,包摂する分野,地域など多くの面で成長を続け,巨大データベースとなりつつある。2003年6月にはウィキぺディア企画を推進する目的で非営利組織ウィキメディアが設立された。

 

1.ウィキと参加者共同体

 ウィキはオブジェクト指向分析やパターンランゲージなどのコンサルティングを行っているカニンガム&カニンガム社が開発した協調作業用の小さなプログラムである。「Wiki」とはハワイの言葉で「素早く」を意味する。ウィキは別のウェブページとの相互リンクを自動生成するなど,強力な支援機能を持っている。ウィキを利用して作成されたウェブページには編集画面へのリンクが付いており,ここをクリックすれば該当ウェブページの内容編集へと進むことができる。まるで自身のホームページを編集するような感覚で,他人の作成したウェブページを編集することが可能である。また,最初の投稿からの変更を保存しておく履歴があるため復元も可能である。汎用性が高く,様々な用途,企画に応用できる反面,システム上の制約が少ないため大勢で利用する場合にはルール作成が必要となる。ウィキペディアでは参加者による自治的な運営が重視される傾向にあり,基本方針,投稿の方法や記述様式,あるいは著作権に関して参加者間で合意事項が作成,維持されている。「ウィキペディアン」と呼ばれる良心的で,熱心な参加者によるメーリングリストなどを通じて討議し,蓄積した慣習,方針が合意事項となっている。

 事典項目の執筆に際しては「観点の中立性」を求められるが,様々な価値観を持つ人々が共同で作業をするため,記述内容について見解が割れ,あるいは思想的な偏りが表出することは避けがたい。悪質な登録参加者の場合には,ウィキペディアの創始者で出資者でもあるウェールズがアクセス禁止処分を決定する権限を持つが,その適用は例外的である。記述内容の調整は基本的に参加者相互の討議に拠っている。ただし,討論は専用のリンクページあるいはメーリングリストを通して行われ,事典項目上には現れない。

 ウィキペディアでは他人の作成したウェブページを容易に編集することができるため,著作者の人格およびその成果を尊重することも参加者の遵守すべき重要な規範である。作成中のウェブページに,ウィキペディアの内外を問わず,他のページから引用することも多く,この場合には利用したウェブページのリンクを明示的に貼り付けるべきとされる。

 

2.著作権:思想的背景

 ウィキペディアは「GNUフリー文書利用許諾契約(GNU Free Documentation License: GFDL)」に準拠している。GFDLの適用された文章,図等さまざまな成果物は一般公衆に対して無条件な再配布,改変の自由が承認されなければならない。例えば,GFDL下にある自身の成果物を誰かが複製した場合にも特別な許諾を要求することはできない。また,一度GFDLが適用されれば,その成果物を利用するすべての派生物にGFDLが適用されるため,連鎖性を持つといえる。ウィキペディアのサイトに自作の記事を載せると,当該記事は自動的にGFDLの適用を受けるため,参加者はまずこの点に留意する必要がある。

 GFDLはコピーレフト契約の1つである。コピーレフトは1980年代のフリーソフトウェア運動で生まれたソフトウェアに関する権利概念であった。コンピュータの黎明期にはプログラマーは相互にソースコードを含めた情報資源を融通,共有することでソフトウェアの開発を促進していたが,商業ソフトウェアの登場により使用許諾という形で情報資源の囲い込みが行われるようになった。これに反対してストールマン(Richard Stallman)らがフリーソフトウェアを用いたシステム開発を目指すGNUプロジェクトを立ち上げた。その基本理念として考案したのがコピーレフトである。著作者に配慮しつつ,ソースコードを含めてソフトウェアの再配布(その前提としてのコピー)や改変を可能とする。自由な情報資源の共有が知的創作活動を活性化するという点を重視した権利概念といえる。

 

3.ウィキペディアの限界と課題

 オープンコンテンツに徹している分,ウィキペディアには問題も少なくない。内容全体を把握し,調整する編集者が存在しないため,分野ごとの記事の記述レベルや分量に偏りが生じるのは避けられない。内容精査のためにはより多くの参加者を獲得しなければならないが,他方で規模が拡大するほど,「観点の中立性」を維持するための政治的努力が必要になる。

 GFDLにも幾つか問題がある。コピーレフト契約は米国著作権法を基に考案されたものであり,法制度の異なる国で問題が生じた場合について法的有効性は保証されていない。インターネットは容易に国境を越えてしまうだけに,問題は複雑である。また,ウィキペディアでは外部の情報資源を利用することが多く,それがフリーであるか否かという問題は常に付きまとう。万が一,フリーでない著作物を勝手に利用してしまうようなことがあれば,それがウィキペディアの企画全体を左右しかねない。

 ウィキペディアは立上げからまだ3年にも満たない若い企画であり,課題がどのように解消されていくのか,今後とも見守っていく必要がある。

関西館資料部文献提供課:福田 亮(ふくだあきら)

 

Ref.

Stalder,F.et al.Open Source Intelligence.First Monday.7(6),2002.(online),available from < http://www.firstmonday.dk/issues/issue7_6/stalder/ >,(accessed 2003-10-04).

Mayfield,K.Not Your Father’s Encyclopedia.Wired News.2003-01-28.(online),available from < http://www.wired.com/news/print/0,1294,57364,00.html >(原文);< http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20030131208.html >(日本語訳),(accessed2003-10-04).

Wikipedia.(online),available from < http://www.wikipedia.org >,(accessed 2003-10-04).;ウィキペディア日本版.(online),available from < http://ja.wikipedia.org. >,(accessed 2003-10-04).

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岡村久道.特集:オープンソースソフトウェア,オープンソース・フリーソフトウェアの法的課題.情報処理.43(12),2002,1347-1352.

増井俊之.Wiki Wiki Webとその仲間.ASCII.26(1),2002,230-231.

 


福田亮. オープンコンテンツの百科事典ウィキペディア. カレントアウェアネス. 2003, (278), p.6-8.
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