E907 – 学術情報の電子化は引用行動に何をもたらすのか?

カレントアウェアネス-E

No.147 2009.04.08

 

 E907

学術情報の電子化は引用行動に何をもたらすのか?

 

 2008年夏,Science誌に掲載されたシカゴ大学社会学部のエバンス(James Evans)助教による論文「電子出版と科学・学問の狭隘化(Electronic publication and the narrowing of science and scholarship)」が,電子出版が学術情報の入手や引用に与える影響として人々が想像するものとは異なる結果を示し,話題を呼んでいる。

 エバンス助教は,Web of Science収録雑誌掲載論文約2,600万編(1945~2005年)を対象に,オンライン上の利用可能性が引用パターンに与える影響を調査した。主な結果をまとめると,学術雑誌の電子ジャーナル化(バックナンバーの電子化)が進むにつれて,1)より新しい論文ほど引用される,2)引用はより少数の論文と学術雑誌に集中する,というものである。エバンス助教はこの結果は,冊子体のブラウジングからオンライン検索への移行により,古く関連度の低い論文が避けられるようになり,引用文献のリンクをたどることで何が最も重要な先行研究であるかを容易に把握できるようになったことを意味しているのではないかと推測している。

 一方で,エバンス助教とは異なる調査結果を示す研究者もいる。たとえば,ケベック大学モントリオール校のジングラ(Yves Gingras)教授のグループは,Web of Science収録雑誌掲載論文約2,700万編(1900~2007年)を対象に調査を行っている。結果として,時間が経つにつれて1回でも引用される学術論文の割合は増え,引用は少数の論文に集中するよりも分散していることを指摘している(ただし,論文の電子化の影響を考慮していないので,直接の反証ではない)。テネシー大学のテノピア(Carol Tenopir)教授らのグループも,同グループが1970年代から実施している研究者への利用調査の結果を比較している。電子化が進むにつれて,読む論文数は増加しており,古い論文を読む割合は最近わずかに増加傾向が見られることを示し,研究者の学術論文の読みのパターンは広がりを見せる一方で,引用のパターンは狭まっていると述べている。

 エバンス助教やジングラ教授の例に見られるように,社会学・科学社会学が学術コミュニケーション研究に寄与することは,社会学者マートン(Robert Merton)の研究など決して珍しいことではないが,最近はあまり見られなかった。エバンス助教やジングラ教授らの研究は,図書館情報学に取り込まれていない社会学・科学社会学独自の理論に基づいているわけでは必ずしもないが,学術情報の電子化を契機に,学術コミュニケーションという研究テーマに対して異なる分野からも研究がなされるようになってきた兆しとして見ることもできよう。

(名古屋大学附属図書館研究開発室・三根慎二)

Ref:
Evans, J.A. Electronic publication and the narrowing of science and scholarship. Science, 2008, vol.321, no.5887, p.395-399.
Lariviere, V.; Gingras, Y.; Archambault, E.. The decline in the concentration  of citations, 1900-2007. Journal of the American Society for Information Science and Technology. 2009, vol.60, no.4, p.858-862.
Tenopir, C.; King, D.W.; Edwards, S.; & Wu, L. Electronic journals and changes in scholarly article seeking and reading patterns. Aslib Proceedings. 2009, vol.61, no.1, p.5-32.
Sills, J. Letters. Science. 2009, vol. 323, no. 5910, p.36-38.
http://www.nsf.gov/news/news_summ.jsp?cntn_id=111928