E2754 – コレクションの災害リスク管理に関するユネスコのツールキット

カレントアウェアネス-E

No.492 2024.12.05

 

 E2754

コレクションの災害リスク管理に関するユネスコのツールキット

立命館大学理工学部・金度源(きむどうぉん)

 

  2024年9月6日、ユネスコが、文書館、博物館、図書館等のコレクションの災害リスク管理(Disaster Risk Management:DRM)に関する研修用ツールキット“Building resilience: disaster risk management for documentary heritage and digital archives: training toolkit”を公開した。本稿ではツールキット作成の背景とその概要を紹介する。

●文化遺産防災と「世界の記憶」

  文化遺産防災とは、システム、政策、技術はもちろんとして、災害から文化遺産を守るための知恵に関する学問と実践を称するものである。ただ、これまで文化遺産防災という分野が主な保護の対象として捉えていたのは、建造物、考古遺跡、文化的景観などに代表される不動産文化財と、美術工芸品などに代表される動産文化財である。

  その一方で、世界的には記録遺産保全の重要性も着目されている。ユネスコ「世界の記憶」(CA918参照)は、人類史において重要な記録物を保護するためのプログラムであり、人類の文化、言語、民族の多様性を映した貴重な資料で、歴史的、社会的な価値があるものが登録されている。手書き原稿や新聞などのような記録物についても、記録遺産として保全が図られるようになってきた。

●専門家会議での議論とツールキットの開発

  2024年6月5日から7日まで、ユネスコバンコク事務所にて開催された専門家ネットワーク会議に筆者も参加し、これまで分野を横断した議論ができていなかった文書館・博物館・図書館等のコレクションの防災対策について、その現状と課題を参加者と共有することができた。記録遺産は、他の文化遺産よりも圧倒的に数が多く、しかもその媒体は古文書からフィルムまで多種多様であり、それぞれに独自の特徴と保存ニーズがあるという現状が紹介された。資料所蔵機関における防災対策について、資料を保管している建物や部屋の制約といった物理的な課題、担当者や管理者の不在といった体制的な課題なども挙げられた。

  こうした議論を重ねて、DRMに関する計画が十分に整備されておらず、スキルやリソース不足を抱えている資料所蔵機関を支援するため、本ツールキットを作成・公開するに至った。

●ツールキットの内容と活用方法

  本ツールキットは以下の6つのモジュールで構成される。

  • モジュール1「場面を設定する」
       文化遺産の歴史的文脈や社会的環境などを考慮しながら、災害の状況を想像するシチュエーション分析の必要性と、統合的なDRMがもつ意義について述べられている。
  • モジュール2「リスクの評価」
       収蔵品だけでなく、建物とその周辺地域の環境を視野に入れた災害リスク評価の必要性と、その具体的な方法について詳しく紹介されている。
  • モジュール3「地域のコンテクストとコミュニケーション」
       資料所蔵機関と周辺地域との連携を通した災害対策の必要性とその方法について実践例と共に紹介されている。
  • モジュール4「所蔵品の管理」
       記録遺産そのものが持つ脆弱性と、記録媒体の材質などの種別を考慮した個々の防災対策について紹介されている。
  • モジュール5「デジタル化と気候変動対策」
       記録遺産のデジタル化を通した保全と防災、気候変動に伴う課題と対策について紹介されている。
  • モジュール6「対応と復興」
       災害時の緊急対応と、その後の長期的な復旧において優先的な措置を含め、主な課題、文化遺産管理機関と地域復興関係機関との連携の重要性、方法などについてまとめられている。

  資料所蔵機関の担当者や専門家は、これらのモジュールを基に、各機関において欠けている防災対策を確認し補完することが可能である。また、それぞれのモジュールでは過去の事例や先進的な事例が紹介されているほか、各機関の現状を把握できる評価シートを付しており、リスクの評価と対策の検討ができる実践的な内容になっている。

●さいごに

  本ツールキットは、記録遺産の防災を実践するために作成されたものになっている。いわゆる文化遺産として扱われてきたものだけでなく、大切な記録物を災害から守るため、日本における様々な資料所蔵機関にて活用されることを期待している。

Ref:
“Building resilience: disaster risk management for documentary heritage and digital archives; training toolkit”. UNESCO. 2024-09-06.
https://www.unesco.org/en/articles/building-resilience-disaster-risk-management-documentary-heritage-and-digital-archives-training
Ang, Ming Chee et al. Building resilience: disaster risk management for documentary heritage and digital archives: training toolkit. UNESCO, 2024, 289p.
https://doi.org/10.58338/NNWI1226
安江明夫. 「世界の記憶」―ユネスコの新規プログラム―. カレントアウェアネス. 1994, (173), CA918.
https://current.ndl.go.jp/ca918