E2689 – 読書は認知症の進行を抑制できるか?:司書課程での取り組み

カレントアウェアネス-E

No.478 2024.04.25

 

 E2689

読書は認知症の進行を抑制できるか?:司書課程での取り組み

沖縄国際大学総合文化学部・山口真也(やまぐちしんや)

 

  沖縄国際大学総合文化学部日本文化学科では、実社会とつながって知識や技能を進展させるためのアドバンスド科目を司書課程受講生向けに開講している。2023年度後期の授業では、神奈川県川崎市の高齢者認知症対応型共同生活介護施設「のんびりーす等々力」を実習先として、入居者とその家族の役に立つ資料を揃えた文庫をつくるプロジェクト型の学習「認知症の方にやさしい文庫づくり」を行うこととなった。

  本プロジェクトを開始することになったのは、本学卒業生で、司書有資格者でもあり、卒業後はのんびりーす等々力の運営法人に勤める仲田ひな子氏から「認知症の進行抑制に図書館がもつ機能を生かせないか」と相談されたことがきっかけであった。仲田氏の話によると、「回想法」という薬を使わない治療法が注目されており、懐かしい風景や著名人の写真集なども記憶を刺激する可能性があるという。仲田氏からのオファーをもとに、23人の受講生による「認知症の方にやさしい文庫づくり」がスタートした。9月末から11月中旬にかけてZoomを使って神奈川と沖縄をつないで、仲田氏から認知症の症状についてレクチャーを受けたり、学生たちが選んだ資料のプレゼンを行ったりするなどのやりとりを重ね、11月末に代表学生10人が施設を訪問し、文庫コーナーの設置作業を行った。

  文庫づくりの経過については、沖縄県図書館協会誌での報告や本学科ブログを参照されたい。本稿では、文庫の設置による認知症の進行抑制効果についての検証結果を報告する。

●文庫コーナーの資料は認知症の進行抑制に役立ったか?

  2024年1月中旬、文庫設置の効果を検証するため、Googleフォームによるアンケートを実施し、施設スタッフ11人から回答を得た。また、施設側からも日々の利用の様子を観察したノートを画像データで提供してもらった。これらを基に検証を行い、1月25日にプロジェクト報告会を学内で開催した。当日は学生から調査結果を報告するとともに、来沖した仲田氏からも日々の利用状況が報告された。

  学生たちの分析によると、認知症の進行が緩やかになったという明確な効果はあまり見られなかった。しかし、アンケートでは「前向きな様子が見られるようになった」「笑顔が増えた」「会話や交流が増えた」などの回答も多く寄せられ、認知症の進行抑制につながるような行動面・心理面での変化がみられる、長期的に文庫を運営することで抑制効果が表れてくるのではないか、という結論が示された。

  仲田氏からは、文庫コーナーの設置によって、入居者同士の交流が盛んになったことが「予想外の効果だった」という報告もあった。皇室の写真集を眺めている時に、かつて教師をしていた入居者の口調が、いつもとは違って先生風にシャキッとして写真を指差しながら周囲に詳しく解説している様子が見られた。積み木をどれだけ高く積み上げられるか、入居者同士で競争していたと思ったら、いつの間にか仲良く協力しあって記録更新に挑んだりする様子も見られたという。

●文庫コーナーの資料の更新は必要なのか?

  アンケート結果からは、最も多く利用された資料ジャンルはDVDであり、懐かしい著名人や動物の写真集、クイズや迷路の本、パズル・積み木など、図書館ではあまり収集されていない資料もよく利用されたことが分かった。また、観察ノートからは「男はつらいよ」(第1作)のDVDの人気が特に高かったと記されていたことから、事前の学生たちの話し合いの中では、来沖する仲田氏へのお礼として、同シリーズの第2・3作をプレゼントしようという意見もあったが、認知症の方は一度見た映画のことをどのくらい覚えていられるのか?そもそも資料の更新は必要なのか?という疑問も生じることになった。この点を報告会で質問した際の、仲田氏からのアドバイスが印象的だったのでここで紹介したい。

  「認知症の方の症状にも多様性があり、全員が一度見たもの、読んだものを忘れてしまうわけではありません。もし忘れてしまう人がいるとしても、毎日同じものを与え続けてよいということにはなりません。例えば、小さな子どもはまだ絵本の内容が分からないからと言って、同じ絵本を毎日読んで聞かせる親はいないのではないでしょうか。認知症の方の人権に関することととして、読書やサービスのあり方を考えてほしいと思います。」

  日本社会の高齢化と、85歳以上の高齢者の2人に1人が認知症になるという状況をふまえると、認知症の人々へのサービスのあり方を考えることは、図書館界にとって今後ますます重要な課題になると思われる。学生たちの多くは(私自身も)、高齢者福祉について専門で学んでいるわけではないが、だからこそ、本プロジェクトを通して、自由な発想で提案ができ、内なる差別や偏見にも目を向けることができたように思う。

  沖縄と本土との距離は、コロナ禍を経て、ぐっと近くなったように感じている。これからも、県内はもちろん、県外の様々な人たちとつながりながら、図書館の未来を担う若い世代とともに学びを深めていきたい。

Ref:
2023年度図書館文化セミナー受講生, 山口真也, 仲田ひな子. 認知症の方にやさしい文庫づくりレポート:高齢社会における図書館と読書の役割を考える. 沖縄県図書館協会誌. 2024, 27, p. 49-56.
https://www2.okiu.ac.jp/yamaguchi/yamaguchi-koreisha.pdf
“司書課程の学生たちが神奈川県のグループホームでの「認知症の方にやさしい文庫づくり」の実習に挑戦!”. 沖縄国際大学. 2023-11-28.
https://www.okiu.ac.jp/gakubu/sogobunka/nihon/blog/41033
“認知症×読書・図書館 産学連携プロジェクト—学生による報告会を開催しました!”. 沖縄国際大学. 2024-01-27.
https://www.okiu.ac.jp/gakubu/sogobunka/nihon/blog/41311
二宮利治ほか. 日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究: 平成26年度総括・分担研究報告書: 平成26年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業. 2015, 59p.