カレントアウェアネス-E
No.454 2023.03.23
E2585
敦賀市知育・啓発施設「TSURUGA BOOKS & COMMONSちえなみき」
敦賀市都市整備部都市政策課・佐藤雅善(さとうまさよし)
「TSURUGA BOOKS & COMMONSちえなみき」(以下「ちえなみき」)は,北陸新幹線の金沢・敦賀間延伸による来訪者の増加を見据えた市の再開発事業の一翼を担い,福井県の敦賀駅前に2022年9月1日オープンした。年間10万人の来場目標は,約3か月で達成し,開館半年に15万人を超えた。「ちえなみき」という名称には,「知恵」「千枝」「並木」「幹」「樹」「波」「千重波」など,敦賀の自然や知を通して健やかに成長する様子を表す言葉が重層的に含まれており,公募により決定した。
●ちえなみきとは
「ちえなみき」は,図書館とは異なり,行政としては珍しい公設民営の書店である。駅周辺の再開発事業の一環として,市有地に民間が建てた建物の一部をテナントとして市が借り受けている。そのテナント部分の内装工事費及び初期在庫となる約3万7,000冊の書籍購入費を市が負担し,丸善雄松堂・編集工学研究所共同企業体が指定管理者として,「ちえなみき」の管理・運営を行っている。
このように駅周辺全体の官民連携事業の一部として整備され,管理・運営においても民間書店のノウハウを存分に活用するなど,官民が一体となった施設として「ちえなみき」が誕生した。
●設立の背景
「ちえなみき」は,知育・啓発を目的としており,書店形式を選択した。その背景には,書籍が売れることによる財政負担の軽減,書籍ストックを抱えずに新陳代謝を図ること,図書館法に依拠しない自由度の獲得などが挙げられる。また,社会情勢における書店数の減少(多様な本との出合いを促す個性ある書店文化を守る意図),近隣の市立図書館とのすみ分け(ターゲット層の違いや静謐環境に囚われない振る舞い等)も大きな要因としてある。さらに,市民のニーズに応えるための駅前の機能拡張(コミュニケーションを伴う多様な学習環境等)も考慮した。その基底をなすのは,本には集客力があり,賑わいを生み出せるという考えであり,多くの先進地視察を経て実感を伴い見出してきた。
また,インターネットの普及により情報へのアクセスが容易になった一方で,玉石混淆の情報の海を彷徨う機会も増えている。ノイズに惑わされない良質な情報パッケージが,利用者への知の投資となるという狙いもある。そうした土壌に芽吹いたのが「ちえなみき」である。
●どういうサービスを提供・展開しているのか
「ちえなみき」を「ちえなみき」たらしめる根幹は,「選書」と「空間構成」の質にある。入館してひときわ目を引くのは,世界樹をモチーフとした空間であり,吹き抜け空間の水平方向と垂直方向へ本棚が無数に枝を伸ばしている。その主となる1階部分には,「世界知」と呼ばれる,人類の叡智を辿る文脈棚(「文化・生活」「歴史・社会」「生命・科学」といった3つのステージに42のテーマが紐づき,直感的な文脈のつながりを持って構成された棚)が凝縮され,古典,ロングセラー,絶版本,絵本などが,古書・新書を問わず,テーマ毎に沿って並ぶ。
本棚に目を凝らすと,段違いの棚板で構成された「違い棚」,「格子戸」の奥に見え隠れする本や,半開きの「引出し」内部に鎮座する本など,その特殊な空間構成の質を如実に表している。1階には,地元の老舗茶屋が経営するカフェも併設され,飲食スペースと本を読むスペースが書棚の隙間に散りばめられており,館内の全ての本を読むことが可能となっている。
2階には,「日常知」として気軽に読めるテーマで並ぶエリアなどがあり,隣接して勉強やイベントに利用可能なスペース「セミナー&スタディ」が展開する。また,親子連れが一緒に絵本を読んだり,知育玩具で遊べる「絵本ワンダーランド」など,親和性の高いエリアが適切に配置され,微笑ましい適度なざわつきを見せる。
知の拠点と並列して,「本を介して繋がる場」をキーワードに,コミュニティの拠点としての役割を担うことも目指してきた。その取り組みの一つとして,供用開始以前から,市内外の各種団体や市民を巻き込んで,指定管理者が「敦賀みらい会議」を立ち上げている。そこで対話を重ね,生まれたアイデアを実践するプロジェクトチームが供用開始と同時に並走し,毎週末にはイベントが開催されている。その活動を見て,自らイベントを開催したいという相談が相次ぎ,そうした人々の実践の場にもなっている。供用開始以降,半年で80回以上イベントを開催するなど,好循環が生まれ,自走するコミュニティの生態系が育まれている。
こうした「ちえなみき」の特徴は,Google Mapのストリートビューで散策する旅路とは異なり,現地に赴き,風景の移り変わりを,五感を通じて享受する「まち歩き」に似ているかもしれない。そこでは,生活者の生き生きとした振る舞いがあり,対話を通じて生まれる付加価値を体感できる。
「ちえなみき」では,本を介したカップルの話し声や親子の会話,グループ客の雑談など,緩やかな賑わいが空間を包み込み,読書の振る舞いや憩う佇まいが,風景の一部として空間に溶け込む。そして,自身の好奇心に身を委ね,その先に潜む本との偶発的な出合い(セレンディピティ)を探し求める。そんなリアル書店でしか味わえない体験価値が「ちえなみき」には潜んでいる。まるで,「本のまち」を歩いているような空間体験に,僅かでも知のわくわくを感じとってもらえたら,望外の喜びである。
Ref:
ちえなみき.
https://chienamiki.jp/
“知育・啓発施設の名称・ロゴが決定しました!”. 敦賀市. 2022-09-08.
https://www.city.tsuruga.lg.jp/smph/about_city/plan/toshi_keikaku/eki_nishi/chiikukeihatsu-name.html
“来場者数が10万人を超えました!”. ちえなみき. 2022-12-17.
https://chienamiki.jp/news/2557/