E2416 – Open Research Europeについての考察

カレントアウェアネス-E

No.419 2021.09.02

 

 E2416

Open Research Europeについての考察

国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター・河合将志(かわいまさし)

 

   2021年3月,欧州委員会(European Commission)はOpen Research Europe(以下「ORE」)の公開を発表した。OREは,研究・イノベーション支援プログラムであるHorizon Europeとその前身であるHorizon 2020による助成を受けた研究の成果物を対象としたオープンアクセス出版プラットフォームであり,成果物の完全・即時公開という同プログラムの目標を実現するために導入された。

   OREのプラットフォームそのものには,Taylor & FrancisグループのF1000Researchが欧州委員会の求める要件に準じたかたちで用いられており,OREは従来とは異なる査読・出版プロセスをもつ。その査読・出版プロセスはおおよそ以下のように整理される。

  • (1)ポリシー・倫理ガイドライン遵守の確認を含む論文全体の確認が編集チームにより行われる。
  • (2)確認後,専用のページが設けられ,引用可能なプレプリント版がCC BYライセンスのもとで公開される。
  • (3)著者が提案した査読候補者か,アルゴリズムが提案した査読候補者のいずれかによる査読が行われ,査読者の氏名・所属や査読結果,著者の返答,CC BYライセンス付帯の改訂版,登録ユーザーのコメント等が公開される。
  • (4)査読後,論文が主要なインデックスデータベースやリポジトリに送られる。

   以上のように,OREの査読・出版プロセスには,査読に関連する情報の公開を伴うオープン査読(CA2001参照)が採用されている。成果物の完全・即時公開という同プログラムの目標から必要性が直接的に導かれるわけではないにも関わらず,オープン査読が採用されているのは,それが査読の監視を可能にし,その質の改善につながるものとして見なされているからであろう。

   しかし,OREの査読・出版プロセスに懸念がないわけではない。著者自身が査読候補者を提案することができるため,著者の意図を過度に推し量って査読するという忖度の余地が残るのである。査読候補者が満たすべき条件として,所属機関が著者の所属機関と異なることなどが設けられてはいるものの,両者に関係性がないことを示す十分な条件にはなり得ない。自身が提案することに代えて,著者は用意されたアルゴリズムに査読候補者を提案させることもできるが,著者に不利にはたらく可能性の高いアルゴリズムの利用が優先されるとは考えにくい。

   忖度の余地が残ることが容易に想定されるなかで,著者に査読候補者を提案する裁量を委ねているのは,OREが特定の分野に紐付いたプラットフォームではないからだろう。一般的な学術雑誌とは異なり,OREにはさまざまな分野の論文が投稿されるため,OREが査読者の指名という専門性を要するタスクを担う場合には,多大なランニングコストがかかると推察されるのである。

   著者に提案の裁量を委ねることによる運用面での利点があるとはいえ,忖度の余地が残ったままでは,査読の監視を可能にするオープン査読をもってしても,その質の改善には限界があるのではないだろうか。こうした懸念をどう払拭していくのかという点を含めたOREの今後の動向を引き続き注視していく必要がある。

Ref:
“Commission launches open access publishing platform for scientific papers”. European Commission. 2021-3-24.
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/IP_21_1262
Open Research Europe.
https://open-research-europe.ec.europa.eu
F1000Research.
https://f1000research.com
佐藤翔. オープン査読の動向:背景,範囲,その是非. カレントアウェアネス. 2021, (348), CA2001, p. 20-25.
https://doi.org/10.11501/11688293