E2195 – 欧州の研究図書館におけるデジタル人文学の現状と展望

カレントアウェアネス-E

No.379 2019.11.07

 

 E2195

欧州の研究図書館におけるデジタル人文学の現状と展望

利用者サービス部図書館資料整備課図書整備室・御幡真人(みはたまなと)

 

 写本をはじめとした資料のデジタル化,OCR技術を活用したデジタル翻刻,オンラインでの公開,テキストマイニングを用いた研究など,コンピュータ技術の発展と浸透によって人文学研究の様相は大きく変化した。デジタル人文学と総称される,こうした研究の新潮流はすでにその重要性を広く認識されている。しかし,デジタル人文学は(もちろん)コンピュータ技術の知識を要し,学際的な広がりを持つ方法論であり,従来の人文学研究の単なる延長線上にあるとは言い難い。現代の研究図書館はデジタル人文学研究をいかにして支援し,推し進めていくことが可能だろうか。

 本稿では,欧州研究図書館協会(LIBER)のデジタル人文学とデジタル文化遺産に関するワーキンググループが実施した大規模調査に基づいて作成され,2019年6月に公開された報告書“Europe’s Digital Humanities Landscape: A Report from LIBER’s Digital Humanities & Digital Cultural Heritage Working Group”を紹介する。本報告書は,LIBER加盟館におけるデジタル人文学の現状の概観を提供し,デジタル人文学事業に携わる研究図書館を支援するために,調査から得られた知見を共有することを目的としている。

 2019年2月1日から3月15日にかけて,欧州20か国の大学図書館,国立図書館,美術館,文書館等54機関に対して,大規模な質問調査が行われた。質問項目は,「館の規模,組織構成や財源」「デジタル人文学事業の実践」「スタッフとそのスキル」「利用者,研究者」「デジタル人文学事業の効果と今後」に区分される。報告には上記アンケート調査とその分析結果に加え,欧州の図書館におけるデジタル人文学事業の事例紹介が含まれる。

 調査結果は,デジタル人文学事業に対する関心の高さと,研究図書館におけるデジタル人文学事業が直面する課題の双方を明らかにしている。

 たとえば,調査参加館の80%が館の活動方針にデジタル人文学への取組を含むと回答したにもかかわらず,デジタル人文学事業専門の予算があると回答した館は12%にとどまり,予算の面からはデジタル人文学事業は持続可能なものであるとはあまりみなされていないようである。組織構成の面からも,デジタル人文学に専門的に携わる部署を持っていないと回答した館がほとんどであった。

 また,研究図書館の所蔵する資料構成の多様性が,資料の統一的なフォーマットにのっとったデジタル化を困難にしている。デジタル人文学事業に用いられる技術は複雑で,司書たちはコンピュータ技能の不足を自覚している。利用者にとっては,デジタル資料の再利用にあたってのライセンスが分かりづらい場合が多い。

 しかし,上述のような課題を抱えながらも,研究図書館においてデジタル人文学事業を推進している事例は少なくない。報告書の末尾では,たとえば英国のオックスフォード大学ボドリアン図書館の構成館であるテイラー研究所図書館が,草の根的な活動で周囲の研究者を巻き込み,資料のデジタル化を推し進めたことや,同館内でデジタル人文学の講座を創設したことなどが紹介されている。

 画像データ相互運用のための国際的な枠組であるIIIFが事実上の標準となりつつあり,また,調査参加館のなかにはデジタル人文学に関する大学院講座を計画している館も存在する。このように,技術的な困難は改善される傾向にある。また,報告書末尾の事例紹介からもうかがえるように,デジタル人文学をとりまくコミュニティも拡大傾向にあると言ってよさそうである。

 研究図書館がデジタル人文学事業を進めるにあたって直面する困難は,それが扱う資料の多様性,領域横断性,必要となる技術の複雑さに主に起因する。困難を解消するために,本報告書は事業の目的を明確にし,目的の達成のためにやるべき事業を絞り込むこと,紙以外の所蔵資料も活用すること,こうして強化されたデジタル人文学事業の効果を測定すること,多くの同僚を巻き込むこと,デジタル人文学研究のコミュニティを広めるために協力すること,そして自らの専門性に自信を持つことを勧めている。

Ref:
https://libereurope.eu/blog/2019/06/21/dh-survey-2019/
https://doi.org/10.5281/zenodo.3247286