カレントアウェアネス-E
No.376 2019.09.19
E2177
米・アイビー・プラス図書館連合のQueer Japan Web Archive
イェール大学東アジア図書館・中村治子(なかむらはるこ)
2019年5月,米国の13の大学図書館で構成されるアイビー・プラス図書館連合(Ivy Plus Libraries Confederation;以下「Ivy Plus」)は,日本の性的マイノリティ(以下「LGBTQ」)に関するウェブサイトを収集保存するプロジェクト,Queer Japan Web Archive(以下「QJWA」)を発足させた。
日本における同性愛は,LGBTQのためのコミュニティ,バー,クラブなどの長い歴史がある。最近はLGBTQの知名度が上がりつつあるが,政治的活動や個人との交流,情報交換の機会などは非常に限られている。LGBTQのコミュニティに関する情報の多くは,チラシやニュースレター,またはTwitterやブログなどの電子媒体での発信のみで,研究に有益な情報は保存されにくい現状にある。一方,日本のLGBTQトピックに対する関心は,世界の学術コミュニティのなかで高まっており,例えば米国のクィアアジア研究協会(SQAS)は,2019年の米国アジア学会(AAS)年次会議でLGBTQに関する多数のパネルを後援している。今後日本のLGBTQに取り組む研究者の増加を見込み,Ivy Plusのうち5校(イェール,デューク,ハーバード,プリンストン,ブラウン大学)の日本研究専門司書は,共同で関連ウェブサイトをアーカイブすることに同意した。
このQJWAは,Ivy PlusのWeb Collecting Programのもとで活動している。このプログラムは,消滅しやすいウェブサイトをテーマ別に精選し,収集することを目指すもので,現在9つのプロジェクトを展開している。参加図書館が均等に出資した年間約1万5,000ドルのプログラム予算は,Web Resources Collection Librarianと称する専門司書や目録作成補助スタッフの給料,選択されたサイトを収集,表示するArchive-Itの契約費(年間2テラバイト)が主となる。この専門司書は,コロンビア大学を拠点として,Archive-Itのアカウントの維持,目録の作成,サイト所有者への通知,収集するサイトの選考をする司書のサポートを職務としている。
Ivy Plusにプロジェクトを申請するためには,収集の主題範囲をできる限り明確で小規模に設定したうえで,対象となるサイトを選考する必要がある。研究価値の高いサイトのリスト作成のため,学術的知見と,LGBTQコミュニティと良好な関係を持つ日本の研究者2人から協力を得た。このリストから主題範囲をさらに絞り込むため,同性愛者同士の婚姻,政治や芸術活動などの主題別に加えて,政府組織,営利団体,個人など,サイトの作成者別も考慮した。
現在の収集範囲は,非営利団体が発信するLGBTQコミュニティの生活向上,住居,雇用,教育支援,メンタルヘルス,HIV/AIDSのような性感染症,法律に関するワークショップやサービスの提供を目的としたサイトである。関連サイトのリンクを1か所で提供する集計型サイトや営利目的の法律事務所などの商業サイト,国立国会図書館インターネット資料収集保存事業(WARP)が対象とする政府機関のサイトは収集対象外となる。Facebookは有効性の高い方法での保存が困難なため対象外だが,Twitterは技術的に可能なため収集を検討している。
また,QJWAの立ち上げの際,重複の可能性があるプロジェクトも調査した。例えば,オーストラリア国立図書館のJapan: Sex and Gender: LGBTQはトップページの階層のみの保存で,そのページから下の階層にある情報は保存されていないことに加え,2015年6月以降,新サイトの追加や再クロールがない。また,Internet Archiveによって保存されたサイトと比較しても,Ivy Plusの取組みは,特定の主題のコレクションの構築を維持し,一層深い階層のクロール,より優れたメタデータ提供が可能となる。さらに,教育研究機関が自らのアーカイブを運営することで,保存サイトの配信方針を維持することができる。このため,QJWAは既存のプログラムを補い,さらに多くの資料を保存・提供できるとの結論に至った。このプロジェクトの名称は,LGBTQやQueerなど鍵概念となる表記の持つ意味や,それらの現代的な使用法について,専門家も交えた議論を重ねた上で決定に至った。
プロジェクト承認後は,日本研究専門司書が共同で対象サイトのURL,タイトル,言語,メタデータなどの情報を登録し,それを基にWeb Resources Collection Librarianがサイトの所有者に通知し,Archive-Itでクロールを行うという作業の流れとなる。また,通知後は所有者からの返事を待たずにクロールを行うが,サイト所有者からクレームがあった場合はサイトを削除する。このような手順は“Notification-Only”と言われているが,機関によってはサイト所有者からの許可が無ければクロールしない等の様々なアプローチがある。
今後の取組みとしては,収集範囲の拡大や,QJWA専用ウェブサイト構築の助成金申請を予定している。現在,Archive-Itは表示,検索などの機能が限られており,日本語での検索にも問題がある。専用ウェブサイトであれば,英・日両言語での概要や関連資料,Q&Aや問合せフォーム,現在アーカイブ対象外のSNSサイト,アーカイブを利用した研究の掲載も可能となる。また,Ivy Plusではデジタルスカラシップ等に有効なAPIの開発,データを保存するフォーマットの様式の研究により,より効果的なアーカイブ方法も検討している。一例として,Ivy Plusのプロジェクトの1つであるState Election Web Archiveで作成した,サイトから自動的にメタデータを抽出するプログラムを,他のIvy Plusのプロジェクトへ応用する試みがある。
このようにQJWAではサイトのアーカイブだけでなく,司書によるコレクション構築のための共同キュレーションにも尽力している。日々,作られては消える多様で膨大なサイトを,一個人でアーカイブすることは不可能に近い。Ivy Plusによる連携で,経済的で人的資源に配慮したアーカイブ構築を達成し,現代社会を理解するために必要な知的資源の保存を目標としたい。
Ref:
https://archive-it.org/collections/11854
https://library.columbia.edu/collections/web-archives/Ivy_Plus_Libraries.html
https://networks.h-net.org/node/20904/discussions/4082836/queer-japan-web-archive-launched
https://archive-it.org/collections/4591