E1512 – フィンランドの大学図書館:情報リテラシー教育をめぐる挑戦

カレントアウェアネス-E

No.250 2013.12.12

 

 E1512

フィンランドの大学図書館:情報リテラシー教育をめぐる挑戦

 

 筆者は国立大学図書館協会海外派遣事業の助成を受け,2013年11月にヘルシンキ,トゥルク,オウル,ラップランドの4大学図書館を訪問し調査する機会を得た。本稿では,フィンランドの大学図書館における情報リテラシー教育の現状の一端を紹介する。

 フィンランドは,欧州の高等教育圏の構築を目的に1999年に採択されたボローニャ宣言を受け,大学改革に着手した。それに伴う教育省(当時)の『教育研究開発計画2003-2008』などを背景に,フィンランドの大学図書館は,2004年に情報リテラシー教育を大学のカリキュラムに含める提言を取りまとめた。この提言は,それまで大学毎に目的や手法が異なっていた情報リテラシー教育にガイドラインを示すもので,これを契機にフィンランドの大学における情報リテラシー教育が本格的に始動することになった。その後,この提言は,欧州委員会の生涯学習プログラムに属するプロジェクトEMPATIC (EMPowering Autonomous learning Through Information Competencies)が発表した高等教育部門への勧告に基づき,2013年に改訂された。

 2004年の提言では,情報リテラシー教育カリキュラムを,新入生レベル,学士レベル,修士レベルの3段階に分けて示している。2013年の改訂ではさらに博士レベルを追加した。修士レベルや博士レベルの情報リテラシー教育は日本ではあまり例を見ないのではないだろうか。フィンランドにおける,これらのレベルの内容を要約すると,以下のとおりである。

 修士レベルでは,学士レベルで扱った国際的な文献情報データベース(Web of ScienceやScopusなど)や文献管理ツール(CA1775参照)の利用法を復習し,著作権や引用方法について学習する。また,投稿対象雑誌の評価についても初歩的な知識を学ぶ。これは,修士課程は自らテーマを設定し主体的に研究を進めていく段階であり,文献探索もさることながら論文執筆に重点が移ることに対応したものである。

 博士レベルでは,研究の専門化にあわせて修士レベルの内容を高度化する。ヘルシンキ大学ではそれに加えて,研究活動の基盤としてデータマネジメントとそのプランニングを,最新の研究動向を追うツールとしてRSSや各種アラートサービスを,そして研究成果を広く共有するための手段としてオープンアクセスを学ぶ。また,博士レベルでは高度な内容だけではなく,新入生レベルの基本的な内容も含む。これは,フィンランドでは修士課程修了後に一旦就職し,数年間の社会経験を経て大学に戻り博士課程に進むケースが珍しくないため,その間に登場した,あるいは学生が忘れてしまったサービスやツールをフォローするためである。

 学生への普及に関しては,修士レベルは全学生のおよそ2割,博士レベルは1割未満と課題があるものの,情報リテラシー教育が研究活動の支援にまで及んでいる点は注目に値しよう。この点に関連して,オウル大学ではToolbox of Research(ToR)という研究者や博士課程の学生を支援するためのWikiを用意している。ToRでは,文献収集から,論文執筆,研究費の獲得,研究成果の社会への還元方法までの情報を,図書館を含む学内の各部署が分担し提供している。ToRは,高次元の情報リテラシー教育を通して研究活動を支援する必要性を認識した図書館が,学内の関連部署に働きかけて立ち上げた。ToRにより図書館は情報リテラシー教育の場とともに,自らを学内の教育研究活動のなかに位置づける機会をも得ることができたそうである。

 フィンランドの大学における情報リテラシー教育を支えるものとしては,学内連携も含めた個々の図書館の活動のみならず,大学図書館同士の連携がある。上述の提言もその成果のひとつであり,2013年の改訂では社会,大学,学生に対する情報リテラシー教育の重要性を示し,大学における情報リテラシー教育の地位を高めようとしている。連携の世話役を務めるトゥルク大学のLeena Jarvelainen氏によれば,2014年は教材を共有する仕組みを構築する構想もあるとのことだった。実現すれば,教材作成の負担軽減だけでなく,具体的な教育内容を相互に知ることができ,さらに充実した内容の教材を生み出す可能性が広がる。情報リテラシー教育をめぐるフィンランドの大学図書館の挑戦は続いている。

 高等教育圏の構築により欧州の大学間の競争は激しさを増している。大学のグローバル化に伴い日本の大学も国際競争社会の渦中に飲み込まれようとしている。そうした環境変化のなかで大学図書館の役割が改めて問われている。たとえば,日本での情報リテラシー教育はとりわけ初年次学生の学習支援との結びつきが強いが,今後は研究活動の支援にまでその充実が求められるのではないだろうか。フィンランドの大学図書館の取組みから日本の大学図書館が学ぶことは少なくない。

北海道大学附属図書館・千葉浩之

Ref:
http://www.helsinki.fi/infolukutaito/ILarkisto/Sinikara_information.pdf
http://www.ck-iv.dk/papers/JuntunenLehtoSaartiTevaniemi%20Supporting%20information%20literacy%20learning%20.pdf
http://slq.nu/?article=volume-45-no-4-2012-4
http://www03.edu.fi/aineistot/tonet/eng/opm_190_opm08_development_plan.pdf
http://www.helsinki.fi/infolukutaito/ILopetus/recommendation.pdf
http://www.helsinki.fi/infolukutaito/ILopetus/diagram_english.pdf
http://empatic.ceris.cnr.it/
http://empatic.ceris.cnr.it/eng/content/download/717/3862/version/5/file/EMPATIC+Brochure+.pdf
http://empatic.ceris.cnr.it/eng/Findings-Recommendations/Higher-Education-Recommendations
http://www.nationallibrary.fi/libraries/council/syn_networks/ilnetwork/Files/liitetiedosto2/ILsuositus_EN.pdf
https://wiki.oulu.fi/display/tor/Toolbox+of+Research
https://wiki.oulu.fi/download/attachments/8290760/esiteToR.pdf?version=1&modificationDate=1367913232387
http://www.statsbiblioteket.dk/liber2010/presentations/posters/Janni_Sassali.pdf
http://valtioneuvosto.fi/ajankohtaista/tiedotteet/tiedote/en.jsp?oid=289786
CA1775