E1445 – 高等教育における図書館サービスの個人化<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.239 2013.06.20

 

 E1445

高等教育における図書館サービスの個人化<文献紹介>

 

Priestner, Andy; Tilley, Elizabeth eds. Personalising Library Services in Higher Education: The Boutique Approach. Ashgate Publishing, 2012. 243p. ISBN-13: 978-1-4094-3180-0. e-ISBN: 978-1-4094-3181-7.

 本書は2011年3月に開催された国際シンポジウム「高等教育における個人化図書館サービス(Personalised Library Services in HE)」の発表をまとめたもので,最近の英国の大学図書館における経済状況の悪化を反映した組織の統合・再編成やサブジェクト・ライブラリアン削減に対するサブジェクト・ライブラリアンからの異議申し立てと捉えることができる。編者のプリーストナー(Andy Priestner)はケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネス・スクールの情報図書館サービスマネージャー,もう一人の編者であるティリー(Elizabeth Tilley)はケンブリッジ大学英文学科図書館員であり,先述の国際シンポジウムを組織した人物でもある。15名の執筆者はほとんどが英国の大学図書館員だが,ロシア,オーストラリア,米国の大学図書館員も寄稿している。

 編者の提唱する“ブティック・アプローチ(The Boutique Approach)”は,1990年代にホテル業界に出現した,サービスの統一性や一貫性よりもサービスのユニークさや個性を重視するブティック・ホテルから着想を得たものである。本書の目的は大学図書館サービスにおいてこのブティック・アプローチが実行可能かどうかを検証することにある。

 本書は第1章から第3章までと,ケーススタディをまとめた2つのセクションの大きく3つの部分から構成されている。

 第1章はブティック・ライブラリー・サービスの概論に当たり,ブティック・ライブラリーのモデルとサービスを構成する8つの標準的な要素について解説している。ブティック・ライブラリーのモデルは,個人向けのサービスが利用者にとって極めて重要であるという,利用者中心のモデルである。このモデルはブティック・ライブラリー・サービス,協働活動,集中管理活動という3つの要素から構成され,これらの構成要素は時間が経てば変化するものとされている。そのため,構成要素間はアンバランスなものとなるが,そのことは単に現行のサービスがどの構成要素に依存しているかを示すベンチマークに過ぎないという。また8つの標準的な要素とは,主題専門化,顧客中心,注文への完璧な対応,流行の設定と反応,高度な自律性,ユニークなサービスとリソース,個人化,便利な場所とされている。これらはブティック・ライブラリー・サービスの設計を行う指針であるとともに,個人向けサービスの浸透性を測定する指標ともなっている。第2章では個人レベルのコミュニケーションの課題を検討し,図書館員と利用者との直接の接触や図書館員が“お客さま”をもてなすホストとしてふるまう価値を強く主張する。第3章ではインフォーメーション・コモンズが米国の大学図書館における個人向けのサービスやそれによるスペースの変化に与えたインパクトを考察する。

 ケーススタディの最初のセクションでは,モスクワ・マネジメント・スクールやロンドン・スクール・オブ・エコノミクス等の4つの事例が取り上げられている。それに続き,第4章ではロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の経験に基づいて,要求主導型の電子書籍の選書(Demand-Driven Acquisition:DDA)やディスカバリー・サービスの提供等の電子図書館サービスについて検討する。第5章では「特注」の教育アプローチについて,第6章では研究活動へのブティック・アプローチの適用について考察する。

 ケーススタディの第2セクションでは,ケンブリッジ大学ジャッジ・マネジメント・スクールやノッティンガム・テント大学等の4つの事例が取り上げられる。第7章は個人向けサービスのマーケティングを扱い,サービス改善を目的とした市場調査とセグメンテーションの実施を勧める。第8章はブティック・ライブラリー・サービスが余りにも経費を要するという批判について課題を調査し,その批判に対する反論を行っている。第9章ではブティック・ライブラリー・サービスにおけるインパクトの測定方法について考察する。第10章では個人向けサービスの提供と管理,サービスの実際的なバランス,「個人主義の時代」に図書館員がとるべき理想的な立ち位置について調査する。

 図書館サービスひいては図書館組織の集中化と分散化の問題には最適解がなく,経済情勢の悪化の際には常に議論されてきた。新しい利用者サービスモデルであるブティック・ライブラリー・サービスに対しては,図書館組織の集中化を進めているオックスフォード大学図書館の関係者から「負の発展」ではないかという批判も見られるが,本書は全体として図書館サービスの戦略計画を検討するうえで参考となる材料を豊富に含んでいる。特に本書の事例で多く取り上げられている人文社会系の図書館・室等に勤務する大学図書館関係者に一読をお勧めしたい。

(筑波大学附属図書館・加藤信哉)

Ref:
http://www.ashgate.com/isbn/9781409431800
http://personalisedlibraries.wordpress.com/symposium-30-march-2011/
http://personalisedlibraries.files.wordpress.com/2011/01/boutiquelibraries.pdf