カレントアウェアネス-E

No.223 2012.09.27

 E1339

文書遺産保護ワークショップ及び2011年タイ洪水被災現地報告

　2012年8月29日～30日，タイ国バンコク及びパトゥムターニー県において「パトゥムターニー県における地域の文書遺産保護のための洪水災害対策ワークショップ（Workshop on Flooding Disaster Preparedness and Response for the Protection of Documentary Heritage of Local Communities in Pathum Thani Province, Thailand）」が開かれた。主催は東南アジア教育相連合組織考古学・芸術地域センター（SPAFA）で，国立国会図書館（NDL）から筆者が講演を行い，収集書誌部資料保存課の村上直子が実技研修を行った。以下，ワークショップの概要と2011年秋に3か月以上続いたタイ洪水による資料被災状況を報告する。

　SPAFAは，東南アジア11か国の教育省の連合組織傘下のセンターで，東南アジアの遺跡や伝統芸術を保護し，その価値を広め，各国間の相互理解と協力体制強化の活動を進めている。2012年に開始されたSPAFA五か年計画の三大主要プログラムのひとつ「熱帯地域の資料保存」は，東南アジアの多様な文化遺産の保存について知識の共有や理解の促進を目指している。今回のワークショップはそのパイロットプロジェクトとして，NDL及びIFLA/PACアジア地域センターの協力を得て開かれた。

　8月29日のバンコクでのワークショップには，約70名の参加があった。タイ国教育省次官による開会挨拶で「昨年の洪水で，図書館や寺院，一般家屋の文化遺産が被害に遭った。資料防災対策が十分になされていなかったためと考えられる。パトゥムターニー県の貴重な資料が再び洪水被害に遭う可能性がある。今回，地域の人々も参加してワークショップが開かれるのは意義がある。みなで文化遺産保護を考えるきっかけとなってほしい」との期待が語られた。続いて筆者が「図書館資料の防災と東日本大震災被災地支援」と題し，資料防災計画及び当館による被災資料救済支援について講演を行った。資料防災策，資料救済の費用，被災資料の冷凍等について質問があり，資料防災策に関連し，日本における歴史資料ネットワーク（CA1743参照）の取組みを紹介した。

　8月30日にはサーラーデーンヌア寺院（パトゥムターニー県）を会場に実技研修を行った。図書館員を中心に20名の参加があり，村上を講師に，図書のカビ除去，小規模水損書籍の乾燥，一枚物資料の洗浄・乾燥について実演及び実技研修を行った。

　ワークショップ前にはバンコクに隣接するパトゥムターニー県の学校図書館と寺院を訪問し，昨年の洪水による資料被災について聞き取りを行った。

　この中高一貫校の図書館では洪水警報が出た際に建物の2階に資料約7,000冊を避難させていた。講演参加者であるタマサート大学ランシット中央図書館（パトゥムターニー県）の司書の話では，資料は2階以上で所蔵していて無事だったが，1階の閲覧室のテーブルや椅子はすべて濡れてしまったとのことであった。また，スコータイ・タマシラット公開大学図書館（ノンタブリー県）の司書は，資料は1階から2階に避難させたので濡れなかったが，女性職員が多いため数日かけ資料を運ぶのは重労働だったと語った。

　チャーン寺院では，経典で水損したものがあったが，そのまま自然乾燥していた。サンラーン寺院では，急に水位が上がったため資料の避難が間に合わず，水損した経典のうち特に貴重なものは自然乾燥後捨てずに保管していた。サーラーデーンヌア寺院では，資料は2階建ての収蔵庫等にあったため水損は免れたが，敷地内の集会場の図書雑誌コーナーの資料は3か月間水に浸かって腐ってしまい，一般的な図書や雑誌であったことから廃棄して，住民から新たに寄贈を受けているとのことであった。

　昨年大規模な洪水のあったタイで，今年の雨期前にこのようなワークショップが開催され，熱心な参加者による情報共有がなされた意味は大きい。SPAFAでは今回のワークショップの成果をハンドブックにまとめ，他のASEAN諸国でも研修を行えるようにしたいとのことであった。東南アジアにおける災害からの文化遺産保護が一層進むことを期待したい。

（収集書誌部資料保存課・川鍋道子）

Ref:
http://thaigakkai.org/links/download/thai-library.pdf
http://www.seameo-spafa.org/
http://www.ndl.go.jp/en/publication/ndl_newsletter/184/841.html
CA1743