カレントアウェアネス-E
No.179 2010.09.16
E1099
デジタル情報:秩序かアナーキーか<文献紹介>
Woodward, Hazel; Estelle, Lorraine eds. Digital Information: Order or Anarchy?. Facet Publishing, 2010, 224p.
デジタル情報は学術コミュニケーションをどのように変えてしまうのだろうか。現在の学術コミュニケーションの比較的秩序あるシステムは生き延びるだろうか,それとも技術が提供する可能性は,混乱とアナーキーとを生み出すのだろうか。このような問いに答えようとした論文集が本書『デジタル情報:秩序かアナーキーか』である。
本書は7章からなり,第1章が序論,第2章から第4章までがデジタル時代における学術コミュニケーションのプロセスと進化,第5章がコレクションのデジタル化,第6章が資源の発見,第7章が著作権を扱っている。
編者である英国情報システム合同委員会(JISC)コレクション最高経営責任者のエステル(Lorraine Estelle)と英国クランフィールド大学図書館長兼大学出版部長のウッドワード(Hazel Woodward)は,第1章「序論:デジタル情報,状況の概観」で,大学図書館,公共図書館,国立図書館,図書館員,書店,出版産業のそれぞれの将来について概観している。
それに続いて,米国ユタ大学マリオット図書館副館長のアンダーソン(Rick Anderson)は,第2章「学術コミュニケーション:図書館からの視点」で,図書館と出版社にとって転機となる情報の探索と発見,図書館コレクション,価格設定の3つの点を確認し,これらのトピックを巡る将来のさまざまなシナリオを検討し,大学・研究図書館の基本的任務の変化に注意を向けている。英国の学会・専門協会出版協会事務局長のラッセル(Ian Russell)は第3章「学術コミュニケーション:出版社の視点」で,出版社が秩序ある進歩を保証するには,情報の発見,アクセス,構造化,相互運用性,リンク付け,識別,出所・バージョン管理,保存等が課題となると述べている。オーストラリア国立大学名誉フェローのスティール(Collin Steele)は,第4章「電子書籍と学術コミュニケーションの将来」で,学術図書のデジタル配布の仕組みが増えているにもかかわらず,学術の保守主義と研究評価の基準によって電子出版物が無視されていると強く主張している。
一方,JISCデジタル化計画マネージャーのダニング(Alastair Dunning)は,第5章「過去をデジタル化する:公共セクターによるデジタル化の次の段階」で,公共セクターによる助成がもたらしたコレクションのデジタル化について述べるとともに,事業の持続性を保証するために戦略的事業モデルを展開する必要があると指摘する。
英国ハダースフィールド大学の電子資源マネージャー兼リポジトリ管理者のストーン(Graham Stone)は,第6章「資源の発見」で,デジタルコンテンツの利用者の期待に沿う,情報発見のワンストップショップ・アプローチがまだ提供されていないと指摘し,図書館や出版社はインターネット上の「情報を探す」利用者の変わりつつある要求に,緊急に対応する必要があると警告している。
オランダのSURF財団法律顧問のモシンク(Wilma Mossink)と前出のエステルは,第7章「デジタル環境下で誰がコンテンツを所有するか」で,知的財産権を巡る問題と現在の取組みについて触れ,著者とその出版社の権利は,創造的産業を保証するために保護されなければならず,それと共に教育セクターに対してはコンテンツの革新的利用と新しい知識の創造を保証するために方針転換が必要であることを強調する。
本書はデジタル革命が学術コミュニケーションに及ぼす影響を扱っているが,出版社や書店,公共図書館や国立図書館に関連する部分が少なくない。また,このテーマをできる限り広い視点から取り上げるため,世界中から適任の執筆者を選択し,出版人や法律家をその中に含めたという編者の意図はかなり成功しているといえよう。
(東北大学附属図書館・加藤信哉)
Ref:
http://www.facetpublishing.co.uk/title.php?id=680-0&category_code=835
http://www.facetpublishing.co.uk/downloads/file/sample_chapters/Woodward-&-Estelle-TOC.pdf
http://www.facetpublishing.co.uk/downloads/file/sample_chapters/Woodward-&-Estelle-ch1.pdf