CA986 – 蔵書管理方針とコスト:英国図書館の場合 / 古川浩太郎

カレントアウェアネス
No.186 1995.02.20


CA986

蔵書管理方針とコスト−英国図書館の場合−

近年,図書館の運営にも原価管理をはじめとする経営学的な手法を採り入れることの意義が主張されるようになっている。ここでは,蔵書管理にLCC(ライフサイクルコスト=生涯費用)概念を導入する試みを行った英国図書館(BL)の事例を紹介することとしたい。

LCCとは,資産の保有期間に生ずる全ての支出を計算するために用いられる概念であり,例えば建築の分野においては,建築物の企画設計から建築,運用管理,廃棄処分に至る各段階のコストを資本金利や物価変動の影響をも加味しつつ総体的に捉える目的で導入されている。BLは1989年,「生き残りのための選択」(Selection for Survival)と称する資料収集及び保管政策の見直しに踏み切り,その中でLCC概念を蔵書管理に適用することを試みたのである(CA689参照)。その背景として,「小さな政府」を標榜する保守党政権下で公共部門への財政支出が抑制されてきた事実を見過ごすことはできまい。一方では,増加し続ける蔵書数(現在セント・パンクラスに建設中の新館の書庫も,開館後遠からずして満杯になると予想されている),高騰する出版物価格,海外為替相場におけるイギリスポンドの下落による外国資料購入費の実質的削減等の状況がある。これらの要因が積み重なってBLの財政を圧迫している現状に臨んで,費用対効果をより重視する方向へとその蔵書管理政策を見直す必要が生じたのである。

この見直し作業は,まず図書館資料の収集から整理,保管を経て廃棄に至るライフサイクルを確定することから着手された。しかし,歴史を有する多数の図書館の集合体としてスタートした経緯を持つBLの場合は,文献提供センター(DSC),科学参考情報サービス(SRIS),人文社会科学局(H&SS)の3機関で個別に資料管理がなされていたこと等により,ライフサイクルの流れは複雑なものとならざるを得なかった。これに次いで,各部門における業務行程ごとに単位費用の算定を行う。そして最終的に期間tにおける選書から長期的な保管に至るまでのコストの総和K(t)が計上されるのである。これは以下のような数式で表示される。

K(t)=s+l+a+c+pl+hl+p(t)+ht
 s :選書費
 l :資料購入費
 a :受入,整理経費
 c :目録作成費
 pl :当初保管費
 hl :新規取り扱い経費
 p(t):期間tにおける保存経費(逓減)
 ht :保管費(tにほぼ比例)

この式からまず明らかになるのは,受入に要する経費と保管に要する経費との関係である。具体的な結果の一例としては,DSCにおける文献提供を目的とする資料と,H&SSに所蔵される参考調査用の資料との間に大きな違いが見られたことがあげられる。前者の場合は,これをオリジナルな形で保存する義務はない。またこれらに関する目録は,利用者のアクセスよりも蔵書管理の便を図って作成されている。これに対して,後者の場合は資料そのものを保存する必要があり,また目録は利用者の検索本位に作られている。こうした前提のもとに経費を算出してみると,例えば単行書形態の資料を25年間以上保存する場合,前者においては資料の整備,保管にかかる経費が全体の54%を占めたのに対して,後者においては資料の収集に付随する経費が全経費の74%を占める結果となった。

以上から言える点は,第一に図書館資料の受入業務と保存業務が密接に連関を保つべきこと,第二に財源消費の観点から両者が相互に及ぼし合う影響について,より効率的に測定,精査すべきことである。すなわちLCC概念を導入することによって,調査研究をサポートするために必要なあらゆる種類の図書館資料を揃えるために必要な経費と,蓄積されていく蔵書を維持管理する経費との間に最適な均衡を保つことができるのである。無論,資料の保存が義務づけられているBLの場合と,資料の廃棄が可能な他の図書館とではこの均衡点をどこに求めるかは異なる。また,資料の受入・保管・廃棄のサイクルをどのように効率的に運用するかは,個々の図書館のスタッフの技量と経験に委ねられる面も大きいと言えよう。

LCC概念を用いて財源と書架スペースの制約のもとにおける蔵書の効率的な管理を目指すBLの試みは,優れたものとして評価することができる。しかし,原価管理等の手法を導入すること自体は,企業経営の場においては最早特段論ずるには値しない事項である。その意味では,図書館へのLCC概念の適用は少しく遅きに失したとも言うべく,今後の普及,活用が待たれる。他方,図書館に限らず公的財源に依拠する非営利組織の運営は,効率性の追求のみでは完結し得ない点も事実である。従ってBLの場合を含めて,蔵書管理の効率化と同時に,例えば図書館サービスの水準を確保すること等の側面をも併せて考慮した,総合的な運営を行うことが要求されよう。

古川浩太郎(ふるかわこうたろう)

Ref: Stephens, Andy. The application of life cycle costing in libraries. IFLA J 20 (2) 130-140, 1994