カレントアウェアネス
No.182 1994.10.20
CA968
東欧・中欧への学術雑誌寄贈運動
約45年間続いたソビエト連邦の東欧及び中欧の支配は，経済，市民社会を破壊し，人権侵害を引き起こした。国立図書館や大学図書館においては，西欧の学術書や専門雑誌に対するアクセスがほとんど否定された。そして，ソビエト国家の崩壊に及んでも，事態は改善されず，経済的貧困から，図書館は，学術雑誌の定期購読のキャンセルに追い込まれた。
ニューヨークの社会調査新大学院のマック（Arien Mack）教授は，1990年に，資料の不足を訴えるハンガリー人学者の発言をきっかけに，自らが編集する雑誌Social Researchを向こう3年間，東欧及び中欧の図書館に，毎号15部ずつ寄贈する計画を思いたち，同時に，他の学術雑誌に対しても，これと同様の内容の寄贈を呼び掛けた。これが「東欧・中欧学術雑誌寄贈プロジェクト」（East and Central Europe Journal Donation Project）の始まりである。
マック教授は，まず，学者仲間や友人である雑誌編集長に手紙で賛同を依頼した所，反応はすこぶる良好で，短期間のうちに，40タイトルを越える雑誌が集まった。著名な人文科学，社会科学の分野の学術雑誌で，例えば，The American Journal of Political ScienceやAmerican Journal of Sociology 等が含まれている。数か月の後には参加雑誌は100タイトル以上にまで達した。このように半ば偶然に始まった寄贈プロジェクトは，ソロス基金，メロン基金，米国広報局，全米諸学会評議委員会，全米大学出版会協会等の財政その他の援助を受けて規模を拡大していった。
学術雑誌の受け入れ先をどのように選択し，どういう図書館人と交渉すればよいのかが問題となった。幸い，社会調査新大学院の交換教授制度や共同調査プロジェクトを利用して，当該国の学者の意見を聞くことができ，さらに，セーバー財団，市民教育プロジェクトやソロス基金の協力により，図書館リストを作成し，充実させてゆくことができた。
現在，このプロジェクトの下には600タイトルの雑誌が寄せられ，現地の200以上の図書館に送られている。これまでの所，アルバニア，アルメニア，ブルガリア，チェコ，クロアチア，ハンガリー，マケドニア，モルドバ，ポーランド，ルーマニア，スロバキア，スロベニア，バルト共和国，ベラルーシ，グルジア，ロシア及びウクライナの各国が対象とされている。l993年の実績は，トータルで2万部，学問分野は，人文・社会科学から芸術・文化にまで及び，自然科学の比重も増えてきた。全ての範囲を述べることはできないが，法律学の分野を見ると約30タイトルの雑誌があり，重要な法律大学院の雑誌である Harvard Law Review，Yale Law Journal，Columbia Law Review，University of Chicago Law Review が揃っている。さらに，各専門分野の都市法では，Fordham Urban Law Journal，法と経済学では，Journal of Law and Economicsが含まれており，細部はともかく，これらの内容はカレントで，米国の法律学の最高水準のものばかりである。日本で出版されたものとしては，財団法人日本国際問題研究所の Japan Review of International Affairs 及び White Papers of Japan がある。
プロジェクトの実際の運営にあたっては，受け入れ図書館との情報交換を密にして，その地域と図書館にとって最も必要なものをリクエストさせ，寄贈を効果的なものとする工夫がされている。そして，同プロジェクトの支部は，イギリス，フランスに設置され，さらにドイツやイタリアにも早晩できる予定である。
プロジェクトの将来の課題は，現在の限定的な雑誌寄贈の拡大である。寄贈者及びスポンサーの確保，雑誌の選定，受け入れ図書館との連絡網の整備という従来からの問題とともに，郵送費節減のためにマイクロフィッシュやCD-ROMという代替物が考えられてはいるが，受け入れ図書館の機器設置費用も考慮にいれなければならず，解決を要する問題が山積している。
山岡公一（やまおかこういち）
Ref: Mack, Arien. The East and Central Europe Journal Donation Project. Serials Review 20 (2) 7-16, 1994
Desruisseaux, Pau1. Scholar's remark leads to journal donations for Eastern Europe. Chron High Educ A28, 1993.6.23
