CA905 – 件名とフェミニズム:「女性」に関するLCSH / 中井万知子

カレントアウェアネス
No.170 1993.10.20


CA905

件名とフェミニズム−「女性」に関するLCSH−

1960年代後半から70年代にかけて,世界中で噴出したさまざまな権利意識の高揚を背景に,バーマンは71年の著書Prejudices and Antipathies(偏見と反感)において『米国議会図書館件名標目表(LCSH)』に見られる多くの差別的要素のある件名を批判の槍玉にあげた。人種,民族,国籍,信条,階級,障害,そして性による差別。たとえば“Women as accountants(会計士である女性)”は,会計士が男性の職業で,女性の会計士は奇異であると暗示する件名であり,“Delinquent women(非行女性)”は,明らかに女性を見下した表現の件名である,などなど。LCSHはこのような批判にどう応えていったのか?差別は解消されたのか?ロジャースは「私たちはすでに平等か?」と題する論説で,LCSH 8版(75年)から14版(91年)までの女性に関する件名の変遷をたどり,現在も残る問題点と解決策を提示している。

確かに20年前と比べれば改善は明らかである。女性の社会的役割の著しい変化は,その活動を主題とする文献量の増大を意味し,女性に関するLCSHは飛躍的に豊かになった。たとえば,件名“Women(8版ではWoman)”のもとに「をも見よ参照」としてあがっている件名の数は,8版16件,9版(80年)25件,10版(85年)35件,14版53件(14版ではBT,NT,RTと表示)。数ばかりでなく,8版ではあがっていた“Charm(魅力)”,“Family(家族)”といった「をも見よ参照」が9版では姿を消し,LCSHの意識構造の変化が窺える。同じく9版で,“Women as accountants”は“Women accountants(女性会計士)”に,“Delinquent women”は“Female offenders(女性犯罪者)”に改められ,“Feminism”も新たに件名として登場した。

その原動力となったのは,米国図書館界の変革への意欲である。74年にはALAのもとに「件名の性差別に対する委員会」が設置されLCに対処を迫り,委員会のメンバーであったマーシャルが編纂したシソーラス(On Equal Terms:1977年)はLCSH改善のモデルを提供した。技術的な観点から見れば,目録機械化とカード目録凍結の流れも改善に寄与するところがあったと言える。当初LCが対応を渋った最大の理由は,件名を訂正する場合にカード目録の手当てにかかる膨大な手間ひまだったからである。

しかし,現在も残る問題は容易に解決できる性格のものではない。男性=一般人という通念は,LCSHにもしっかり根を下ろしている。“Women engineers”という件名は存在しても,“Men engineers”は存在しない。男性技術者は“Engineers”である。これを,“Engineers,women”と倒置し,性差より職業を強調してはとの提案もある。しかしLCSHは倒置形を減らす方針であるし,同じタイプの件名は数多く,訂正はやはり大ごとである。そして実際「女性に関する件名」を利用する人々にとっては,Womenを先頭語とした件名の方が主題の集中にはるかに便利である。性別役割分業は否定したいが,女性研究のためより有効な検索手段を保障したいというのは一種のジレンマであろうか。

同様の問題は日常の件名作業の場合にもある。カタロガーは,差別的偏見に凝り固まった文献に対しても件名を付与しなくてはならない。平等な件名が必ずしもその文献の主題を正当に表わさない場合もあり得る。77年当時マーシャルは平等な用語によって利用者を教育することが図書館の重要な役割であると主張した。ロジャーズはその主張に理解を示しつつも,アクセス手段の提供こそ図書館の第一の役割であり,何物によってもそれを犠牲にしてはならないと論じる。一時の過激さからロジャーズの言う「バランス」へ。この変化は,一定の成果に基づくものであると同時に,社会の変化とともにある図書館の姿を感じさせるものであると言えよう。

こうした批判にさらされながら,巨大なLCSHは「化石化」を免れようとしている。一方,日本における件名は,「安定性」をのみその存在証明としていると言えよう。『国立国会図書館件名標目表』は,女性を表わす名辞を「婦人」に統一して主題の集中をはかっている。異論はあるが,見直しは具体化していない。

中井万知子(なかいまちこ)

Ref: Rogers, Margaret N. Are we on equal terms yet ? : Libr Res & Tech Servi 37 (2) 181-196, 1993
Berman, Sanford. Prejudices and Antipathies. Scarecrow, 1971
Marshall, Joan K. On Equal Terms. Neal-Schuman, 1977