CA818 – 電子情報市場にみるEC内の格差 / 倉橋哲朗

カレントアウェアネス
No.155 1992.07.20


CA818

電子情報市場にみるEC内の格差

今年末の市場統合を控え,ECは大規模な単一市場の実現に向けて着々と歩みつつある。それに合わせて,EFTA(欧州自由貿易連合)諸国,東欧をも含めた,さらなる規模の“大欧州経済圏”誕生の可能性を秘めてのダイナミックな動きも見られる。楽観視はできないがEC統合は今まさに,深化と拡大の両面で進んでいると言える。

そもそもEC統合の背景には,70年代の2度の石油ショックを主因とする経済停滞やハイテク分野等における日米との国際競争力ギャップに対する危機感の高まりがあり,その目的には全ECレベルでの資源配分を円滑に調整しながら,市場の拡大による競争力の向上や「規模の経済」の利益を追求するという経済的側面が強い。情報活動の分野においても,先端技術の開発はもとより,EC内における情報サービスの高度化や情報流通の効率化が一層強く求められるのは必至である。

ECはこれまで,EC委員会(CEC)の第13総局(電気通信担当)が中心となって情報通信分野の強化を目指してきた。電気通信市場の面では,'87年発表の電気通信機器及びサービスの提供に向けたEC域内市場の開発に関する緑書(グリーンペーパー),その実施にあたっての具体的取り組みとスケジュールを示した行動計画('88)以降,端末機器市場の自由化('88)など競争促進のための市場整備を推進してきた。一方,標準化の面では,ETSI(欧州電気通信標準機構)を設立('88),また新規サービス事業者やユーザーのためにネットワークへのアクセス条件の開示・統一をする意図から,オープン・ネットワーク・プロビジョン(ONP)の適用を決定した('90)。

ECの情報市場政策であるIMPACT計画は1988年に策定され,当初1989-1990年の2年間のプログラムとしてスタートし(予算3600万ECU),情報市場観測所(IMO)の設立,市場における技術・行政・法制度上の障壁の克服,公共,民間部門の協調関係の改善,旅行案内・特許や運輸情報の整備・イメージバンク等に関する試運転デモ計画の開始,CECの主力データベースサービスであるECHOを通じての欧州情報サービスの利用促進,図書館支援策の6つをその柱としてきた。これら一連のプログラムの成果はIMPACT2(1991-1995,予算6400万ECU)に引き継がれ,市場監視の強化,行政・法制度上の障壁の克服,よりユーザー・フレンドリーな情報サービスの開発や利用者教育の強化,戦略的な情報プロジェクトの支援という4つを柱に,水平的な市場開発を推進している。

この他の研究開発計画としては,競争前段階の基礎研究中心のESPRIT(欧州情報技術研究開発戦略),高品位テレビや次世代半導体といった先端技術の開発を進めるEUREKA(欧州先端技術共同体構想),'95年までに統合広帯域ISDN通信網(IBC)の欧州への導入を目指すRACE(欧州先端通信技術研究開発計画)などがよく知られるところである。

これらにとどまらずECの情報計画は多岐にわたり,成果も上げているが,その反面,これまでのEC諸国内の情報市場の動向やその発展過程などからみて,EC内の情報市場における格差の存在も明らかであり,バランスのとれた成長の難しさを感じさせる。EC諸国の一人当たりGDP(国内総生産)などの経済統計を比較すると,経済力においてECは2つのグループに大別できる。ドイツ,フランス,イギリス,イタリア,それにベネルクス3国の先進国グループと,アイルランド,スペイン,ギリシャ,ポルトガルという経済的に立遅れたグループ(以下LDEs)である。一人当たりGDPでEC平均を100とすると,先進国グループはすべて100以上であるのに対して,LDEsの平均は約61という低さである('89)。またLDEsにおいては,先進国グループに比してサービス産業就業者数の割合が小さい。

この2つのグループ間の格差は,EC内の電子情報サービスのメディア別シェアにも顕著に表われている。まずASCII仕様のデータベースの製品数におけるシェアでは,先進国グループの91%に対してIDEsの9%となっており,国別ではイギリスが34%でトップ,以下旧西ドイツ20%,フランス13%,イタリア10%である('88)。

次にビデオテックスのユーザー数の割合は,先進国グループの99%に対してIDEsの僅か1%と圧倒的な差がある。フランスが90%,年間の接続時間でも80%以上(8600万時間)と断然トップである('89)。これはフランス政府がMINITEL端末を開発し,広く利用者にTELETELシステム(汎用のビデオテックスサービス)を通じて電子電話帳など種々の情報提供を実施すると共に,サービス提供事業者に対してはキオスク方式と呼ばれる料金制を採用して売り上げの一部を還元するなど,国に情報政策として積極的にプロジェクトを推進しているためである。

CD-ROMの発売タイトル数のシェアは,先進国グループが93%(旧西ドイツ27%,イタリア25%,イギリス23%など),LDEsがスペイン,アイルランドの各3%を合わせて6%となっているが,CD-ROMドライブ設置台数やCD-ROMの売上高ではイタリアがそれぞれ63%,67%と大きなウェイトを占めており,一方LDEsのシェアは1%にも満たず,統計上には表われていない('88)。

このようにECの電子情報市場においてLDEsの果たす役割があまりにも小さいことの要因には,先進国グループとの経済発展状態の歴然とした差があることは言うまでもないが,情報市場の発展を阻害する,LDEs自らが抱える共通の要因があることも事実である。それらは相互に密接に関連しているが,列挙すると,

  • 各国の情報政策としての情報産業育成の失敗
  • 情報の持つ価値に対する認識不足
  • 市場規模及び企業規模の小さいこと
  • テクノロジーの遅れ
  • 公共部門の持つ膨大な量の情報を民間に伝達する際の不効率
  • 情報スペシャリスト及びそのための教育・訓練機会の不足
  • 情報市場についての確かなデータの欠如
  • 多言語社会の障壁(特に非英語理解圏)

またLDEs諸国でも,例えばギリシャでは電気通信インフラの整備が遅れているなど状況は国により異なっている。

しかし最近,LDEs各国で個々に重要な進展がみられるようになってきた。例えばスペインでは,依然として公共部門による作成・提供の比率が高いとはいえ,データベースの伸びは目覚ましいし,ビデオテックスにおいてもキオスク方式によるイベルテックス(Ibertex)は急速に普及してきている。アイルランドでは,フランス政府との共同事業としてビデオテックス開発プログラムを進めている。さらに,LDEs諸国に共通して言えることだが,企業活動における戦略的情報システムの構築の高度化が進んでおり,POS(販売時点情報管理システム)やその金融における一形態であるATM(現金自動支払い機)の普及,VAN(付加価値通信網)の導入などによって,ネットワーク化されたリアルタイム情報を活用することが可能になってきている。それは多様化する市場ニーズの迅速・的確な把握を可能にすると同時に,広く国民に情報価値の認識の高まりを生む効果を有するだろう。

またECはSTAR計画を中心に,EC域内の後発地域における高度通信サービス・通信網の開発と導入を促進しているが,これもその地域のニーズに即した形で,しかもユーザー・フレンドリーな情報サービスを目指すならば,LDEs諸国の電子情報市場発展に及ぼす効果は非常に大きいと言える。

情報サービスは国の情報政策と密接にかかわっている。その意味で,EC内の情報市場における格差是正のためには,LDEs諸国の国内政策と共にECの情報政策の重要性がこれから一層高まってくるに違いない。今後の動向に注目したい。

倉橋哲朗(くらはしてつろう)

Ref: Casey, Michael. The electronic information industry in Europe. Journal of Librarianship and Information Science 23 (1) 21-36, 1991
IMPACT2 – promoting information services in Europe. Aslib Information 20 (2) 58, 1992
データベース白書1991 データベース振興センター 1992.p.134-145