カレントアウェアネス
No.138 1991.02.20
CA722
科学論文タイトルの新しい形
科学論文のタイトルに“断定文タイトル”assertive sentence title(AST)が最近使われるようになった。このASTは結論を断定した完全な文である点が従来のタイトルとちがっている。“DNAは遺伝物質である”というタイトルはASTである。“遺伝物質としてのDNA”や“DNA,すなわち遺伝物質”はASTではない。
生物学(1514〜1947年),遺伝学(1865〜1955),分子遺伝学(1913〜1963)各分野の論文160タイトルを調査したところ,ASTは1件もなかった。Proc. Nat. Acad.Sci, U.S.A(PNAS)中の生物学分野について1960〜1969年の2,582タイトルを調査した結果ASTは1件も見当らなかった。1970年に429論文中3件(0.7%)出現した。1989年には約34%に上昇している。
1974年に創刊された分子生物学の雑誌Cellの中のASTは1979年まではPNASと同じような傾向であったが,1980年で24%,1986年以降で45%に増加している。
1982年と1989年の2年間分についてJ. Am. Chem,Soc., J. Chem. Phy., J. Mol. Biol., J. Biol. Chem., J. Bacterio., Nature, ScienceなどのASTを調査した。最初の2誌(化学関係)には分子生物学関係の論文を掲載しているにもかかわらずASTは見当らなかった。J. Mol. Biol.など生物系のものでは40〜45%も出現している。この数字からAST採用には編集者が大きな影響力をもち,また,化学者より生物学者がより好んでASTを採用していることがわかる。
このASTがなぜ1970年代に使用され始め,生物学分野に多いのか。推測するところ,1965年にワトソン(James Watoson)が著書The Molecular Biology of the Geneの第2章で“細胞は化学の法則に従っている”という章タイトルを使ったからである。人気上昇の理由は,科学が目標追求型の仕事でなければならない,とする圧力である。ASTは研究成果の報告とともに,研究が成功したことを広告する役目も果している。すなわち,論文は読む価値があり,また,研究は成功だったことを雑誌や,読者や,研究助成機関に印象づける役目を果たす。
ASTを使わない論文は,タイトルだけでなく論文内容から判断することを利用者に求めている。対照的にASTは証明できないものを証明済みであるかのように断定し,後に誤りであるとされた主張でも永くタイトルに記録して当該論文の評価を落とし,試験的な結論を大胆にのベるなどの問題をかかえている。論文の内容をただ1行に要約してつまらないものにしてしまうなど,困った習慣がはやったものである。
山口義一(やまぐちぎいち)
Ref: Rosner, J.L. Reflection of science as a product. Nature 345, p108, 1990. 5. 10