カレントアウェアネス
No.134 1990.10.20
CA696
東欧諸国の図書館への援助
ベルリンの壁の崩壊に端を発した東欧諸国の変革の嵐は一応の落ち着きを見せ,各国それぞれに民主化への道を歩み始めた。しかし,政治変革により思想上の壁は取り払われ自由の嵐は吹き始めたものの,文化機関の予算不足は相変らずであり,図書館や学問の世界における本の不足は深刻である。旧体制は,西欧の書籍については社会科学のみならず文学,科学,医学の分野までも収集を禁じてきた。たとえば,ポーランド科学アカデミーが1986年に輸入を許されたのはわずか300タイトルにすぎない。特に地方の図書館には,西欧文学などほとんどみつからないし,主要な研究図書館のコレクションにすら大きな空白がある。大学では授業に必要な最新の経済学や科学の教科書が足りず,中学校では英語教育のための教材が足りない。不足しているのは資料の購入,輸送費用ばかりではない。タイプライター,コピー機械,パソコン,マイクロリーダー等,図書館に必要な機器類も不足している。
こうした窮状をみかねた西欧の各国政府は,民間と協力,本の輸送援助を申し出た。カナダ政府も出版社へ紙を寄贈している。アメリカでも地方図書館や大学は,姉妹機関関係を結ぶなどして援助の手を差し伸べている。マサチューセッツ州のセーブル財団は,アメリカの出版社が在庫の中から本を寄贈し税控除が受けられるよう,ハンガリーやチェコに財団を設立した。
こうした小規模財団の努力に比し,アメリカ政府は財政難を理由に何の援助活動もしていない。たった一握りの人々の献身的な努力に頼っているだけである。チャウシェスク打倒の革命の中で,ブカレスト大学中央図書館の50万冊の蔵書が灰燼に帰した時,立ち上ったのはルーマニア出身の2人の図書館員だった。彼らは米国図書館協会を説き,大学出版局や民間の協力を得て3万2,000冊の本をルーマニアに送った。その際米国広報庁(USIA)が輸送費用3万ドルを負担した。しかし,アメリカ議会の海外援助プログラムでは,援助先が特定国に固定化しているため,USIAは他の東欧各国への本の援助はほとんどできないでいる。
個人のささやかな寄贈や小規模な援助ですら,東欧各国にとってはいかに貴重で,光明であるかをみる時,こうした大国の対応はもどかしい。
千代由利
Ref: The New York Times 1990. 5. 21