カレントアウェアネス
No.333 2017年9月20日
CA1904
小さな図書館の挑戦
-「猫ノ図書館」開設とねこ館長-
奥州市立胆沢図書館:渡辺貴子(わたなべ たかこ)
はじめに
猫本コーナー「猫ノ図書館」は、岩手県奥州市立胆沢図書館内にある「猫本」(猫が出てくる本)だけを集めた常設コーナー(780冊)で、2017年2月22日(猫の日)(1)に開設した。また、コーナーの顔として「ねこ館長」を市内から公募し、来館者投票により「むぎ」を任命した。主な任務は写真やSNSを活用した画像による活動である。
図1 猫ノ図書館 ねこ館長 むぎ 出勤時の様子1
図2 猫ノ図書館 ねこ館長 むぎ 出勤時の様子2
1. 以前の状況
奥州市立胆沢図書館は、市内公立図書館4館1室の1つである。施設は建物が田畑の中に点在する散居集落の中に位置する胆沢文化創造センター(文化会館、郷土資料館との複合施設)内にあり、蔵書は約7万冊である。
2014年以降、当館の入館者数や貸出冊数など図書館の利用が低迷した。例えば2013年度に年間7万7,000冊だった貸出総数が2015年度には6万7,000冊と、2年間で1万冊ほど減少した。
減少要因として、少子化や人口減少など一般的な要因が挙げられるが、どれも明確な要因とはなり得ず、利用者にとって胆沢図書館の魅力不足が要因ではないかと考えた。図書館の魅力とは何か。立地条件や蔵書数などは市内のより大きい図書館には到底敵わない。閑散とした状態が当たり前となり、このままでは働く職員のモチベーションの低下にも繋がり、結果、図書館本来の機能が損なわれてしまうと危惧し始めた。
2. 猫ノ図書館を作るきっかけ
2015年11月、図書館の利用の低迷に歯止めをかけるには、どうするべきか思案し方針を検討した。まずどこの図書館に行っても同じ本しかないという利用者の言葉から、蔵書7万冊の中で特色を見出し活かすことを思いついた。特色を創り出せば独自性と話題性に繋がり、図書館へ人を呼ぶきっかけになる。この時思いついた胆沢図書館の特色こそが、猫関連本である。思いついたきっかけは以下の4点である。
- (1) 世の中が空前の猫ブームであった。一般社団法人ペットフード協会が発表した実態調査(2)では、猫のペット数が犬を逆転する勢いであった。猫による経済効果を指す「ネコノミクス」という言葉も『現代用語の基礎知識』2017年版に取り上げられた。
- (2) 2007年11月の企画展で猫関連展示が好評であった。その時の展示冊数は約400冊と、猫が登場する本は意外にも多かった。
- (3) 2016年は、日本一有名であろう猫本『吾輩は猫である』の著者夏目漱石の没後100年、翌年が生誕150年の節目であった。
- (4) 「猫の書店」はあるが、「猫の図書館」は公立図書館に存在しない。一時的な展示コーナーはあったが常設コーナーはない。
これらを踏まえ、自称「公立図書館で日本初?の常設の猫本コーナー」を創ろうと考えた。
3. 最初の構想
2015年11月から、猫本を通して読書活動を促進し、以て図書館利用を拡大するため「猫ノ図書館」の構想を練った。その際、主に以下の5点について検討した。
- (1) どのような猫本を集めるか。
- (2) 設置場所をどこにするか。
- (3) どのようなコンセプトで運営するか。
- (4) 和歌山電鉄貴志川線貴志駅の「猫のたま駅長」(3)に倣い、「猫の図書館長」を任命するか。
- (5) オリジナルキャラクターを作り、猫の図書館グッズを展開するか。
いずれも猫関連のトピックによる来館者数の増加を期待したものである。
4. 猫ノ図書館実現への試行錯誤
猫ノ図書館開設のため、企画書(案)を作成し、館内職員会議で検討、修正したのち、奥州市協働まちづくり部の図書館担当課との協議を経て、成案とした。また、図書館予算は限りがあるため、既存予算の組み替えで対応することにした。そして、利用者の反応を見るために、試行的にコーナーを開設した。2016年2月22日(猫の日)と8月8日(世界猫の日)(4)にあわせて展示をしたところ、コーナー来訪者数は不明であるが、男女問わず幅広い層から称讃を得た。また、猫本の寄贈があったり、市外からわざわざ来館する利用者がいたりするなど、予想以上の嬉しい反響があった。
だが、全てが成功したわけではない。特別感を演出するため、猫本に猫マークの蔵書印を押印し、貸出の際図書館利用券(リライトカード)へ猫マークを印字することなどを検討したが、キーボード上の文字しか印字できないことが判明したことから実現できなかった。また、「猫の図書館長」の就任は国内の公立図書館で先行事例は無く、私設図書館の「ねこのわ文庫」(和歌山県)(5)や長野県喬木村の村立椋鳩十記念館・記念図書館(6)の事例のみだった。生き物を公立図書館で取り扱う問題、例えば猫アレルギーへの対応や猫にストレスを与えるといった動物保護の観点からの課題などに直面し、こちらも敢え無く断念した。
5. 猫ノ図書館オープンまでの日々
猫ノ図書館開設プロジェクトは2016年2月から始まった。参考事例として、ねこのわ文庫、猫本のネット書店「書肆吾輩堂」(福岡県)(7)、猫本専門「神保町にゃんこ堂」(東京都)(8)があった。特に神保町にゃんこ堂については、「町の小さな「売る気のない本屋」が猫本で生き残りをかける」という記事(9)を読み、似たような境遇と、猫本を他の書籍とは明確に区別し、 書店内に小さな書店をオープンするというコンセプトに共感した。大手書店やネット書店に負けない「これからの本屋」の姿を垣間見た気がした。同じ本を扱う立場として図書館も見習うべきと感じ、神保町にゃんこ堂と書肆吾輩堂についての出版物(10)を読み、出店までのプロセスや猫本の紹介の仕方を学んだ。これらの本に書かれていたお薦め本はただちに発注した。猫本の受入に伴い、固定的であった発注先の購入書店等を拡大するなど発注方法も一から見直した。また、選書の際、猫本の収集を強化するとともに、猫ノ図書館を通して「命の尊さ」「思いやり」の気持ちの育成、世代を超えた交流「ネコミュニケーション」(11)のきっかけ作りを行うなど、少しずつではあるが具体的なイメージを構築した。
2016年10月の蔵書整理期間に排架作業を行い、猫ノ図書館の一部を開設した。本の表紙を見せる面出しも取り入れたが、書棚3列に約400冊を排架しスペースの余裕がなかったため魅力ある棚づくりには程遠かった。当然利用も少なく、神保町にゃんこ堂に改善のために助言を得るべく、2016年12月に同店を訪ねた。
6. 神保町にゃんこ堂の助言
神保町にゃんこ堂は、神保町の小さな本屋姉川書店内にある。常時400種類2,000冊以上の猫本を取り揃え、全て表紙が見えるようディスプレイしている猫好き御用達の書店である。また、猫写真家の写真パネル展示を書棚で行っている独創的な本屋でもある。にゃんこ堂では「猫店長」が居る。店内不在だが書棚に写真を飾り、facebookのアイコンに登場してPRに一役買っている。神保町にゃんこ堂を創ったアネカワユウコ氏に対面し、店内を案内していただいた。そして、猫ノ図書館のアドバイザーになっていただくようお願いし、助言を仰いだ。
アドバイスを受けた点は次のとおりである。
- (1) お薦め本はゴールデンゾーン(3段目)に並べる。目線の高さに面出しをしたり、パネルを貼ったりすると、視線が行きやすくよく利用される。
- (2) 大小の本を重ねて立てかけても良い。
- (3) 簡単なPOPをつける。
- (4) 帯を有効に使う(帯が表紙の一部になっている場合がある。また、帯のコメントを活用する。)。
- (5) 本物の「ねこ館長」を公募する。神保町にゃんこ堂に倣いSNSでのPR活動を行い、話題性を高めるのが狙いである。何より猫ノ図書館を覚えてもらいやすい。
図書館に戻ってから早速面出しを行い、神保町にゃんこ堂から送られた猫写真家五十嵐健太氏の写真パネルを使って書架を修正したところ、コーナーが魅力ある棚に激変した。
図3 猫ノ図書館 書架の様子(2017年7月現在)
また、2017年1月に奥州市内の成猫を対象として、ねこ館長を募集した。公募要項や奥州市および当館の広報で、ねこ館長は画像のみの活動であることを周知した。予想以上の数の応募があり、また、ねこ館長募集の情報がインターネット上で拡散し、新聞社の取材(12)も増え話題となった。ねこ館長は来館者の投票により決定した。開票速報は奥州市のfacebookなどで発信した。
7. 猫ノ図書館グランドオープンと今後の展望
2017年2月22日、猫本約600冊を揃えて猫ノ図書館はグランドオープンを迎えた。オープン初日、平日にも関わらず猫ノ図書館を一目見ようという利用者と多くの報道陣で溢れ、館内はかつてない熱気に包まれていた。猫本コーナー「猫ノ図書館」の珍しさや本物の「ねこ館長」への期待が大きいことが窺えた。当日は、サラリーマン猫写真家あおいとり氏によるパネル展や、豪徳寺(東京都世田谷区)の招福猫児(まねぎねこ)設置式、猫本コレクション『吾輩ハ猫デアル(復刻版)』配架式を実施した。また、初日のみ、ねこ館長が出勤し、胆沢図書館長から辞令交付を受けた後、テープカットを行った。後日テレビ局や新聞社、利用者など、あらゆる方面から問合せや取材が殺到し、前述の通りねこ館長は館内不在で画像でのPR活動のみと説明するのに苦慮した。
グランドオープン後も県内外からの問合せや来館が絶えず、日々猫ノ図書館に多くの利用者が訪れている。当館にはカウント機がなく、目視のため正確な来場者数は把握できないが、2016年度の貸出総数は前年比で3,700冊ほど増加した。
そして、大きな変化は、これまで図書館に来たことのない人の来館が増えたことである。コーナー開設時のコンセプト「図書館に足を運ぶきっかけを作る」は成功したと言えよう。
今後の展望としては、写真パネル展や絵本原画展などのイベントの開催や館内配布の情報紙「猫ノ図書館にゃーす」の発行、猫ノ図書館専用の読書通帳、ねこ館長によるSNSでの継続したPR活動、猫本の継続収集を行う予定である。猫本は予算の許す範囲で、あらゆるジャンルの新刊本のみならず、絶版本や貴重書も収集保存しながら、利用者へ提供していきたい。
また、猫ノ図書館を通して「命の尊さ」「思いやり」の気持ちの育成と世代を超えた交流「ネコミュニケーション」のきっかけ作りを行いたい。そして、猫ノ図書館をきっかけに本と人を繋ぎ、人と人を繋ぎ、まちづくりに発展させていくことは、地域の活力に繋がると筆者は考える。図書館は地域に必要不可欠なコミュニティの核となる役割を担う場所でありたい。小さな図書館の挑戦は始まったばかりである。
(1)猫の日は、1987年に「猫の日制定委員会」が2月22日に制定した。
“猫好きの学者、文化人らがつくる「猫の日制定委員会」がこのほど(窓)”. 日本経済新聞, 1987-02-11, 朝刊, p. 27.
(2)“平成28年(2016年)全国犬猫飼育実態調査 結果”. 一般社団法人ペットフード協会. 2017-01-17.
http://www.petfood.or.jp/topics/img/170118.pdf, (参照2017-07-26).
(3)“我が輩は猫駅長である。”. 和歌山電鐵株式会社.
http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/sstama/, (参照2017-07-26).
“ネコノミクスが福を招く?たま駅長、猫島観光、ネコゲーム”. 産経ニュース. 2016-02-11.
http://www.sankei.com/premium/news160211-prm1602110004-n1.html, (参照2017-07-14).
(4)“World Cat Day: no need to expel Kitty”. IFAW. 2014-08-08.
http://www.ifaw.org/united-states/news/world-cat-day-no-need-expel-kitty, (accessed 2017-07-26).
(5)“ねこのわ文庫”. facebook.
https://ja-jp.facebook.com/nekonowabunko/, (参照2017-07-26).
“ねこのわ文庫 猫好きのための図書館オープン”. 毎日新聞. 2016-05-08, 朝刊, p. 13.
http://mainichi.jp/20160508/ddm/013/040/016000c, (参照 2017-07-14).
(6)“喬木村立椋鳩十記念館・記念図書館”. facebook.
https://ja-jp.facebook.com/takagi.mukutosyo/, (参照2017-07-26).
“迷い猫「ムクニャン」館長就任で恩返しニャーン 来館者に人気 長野の椋鳩十記念館”. 毎日新聞. 2016-04-08, 朝刊, p26.
http://mainichi.jp/20160408/ddm/041/040/111000c, (参照2017-07-14).
(7)書肆吾輩堂.
http://wagahaido.com/, (参照2017-07-26).
“猫が出てくる本の専門店2周年「ツンデレさたまらない」”.朝日新聞. 2015-02-21, 朝刊, p. 2.
http://www.asahi.com./articles/ASH2B4FNRH2BTIPE00M.html, (参照2017-07-14).
(8)猫本専門 神保町にゃんこ堂(姉川書店内).
http://nyankodo.jp/, (参照2017-07-26).
(9)アネカワユウコ.“町の小さな「売る気のない本屋」が猫本で生き残りをかける”. YOMIURI ONLINE. 2015-10-15.
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20151014-OYT8T50157.html, (参照2017-07-05).
(10)大久保京. 猫本屋はじめました. 洋泉社, 2014, 255p.
神保町にゃんこ堂 アネカワユウコ. にゃんこ本100選 ~猫本専門「神保町にゃんこ堂」の厳選ガイド~. 宝島社, 2016, 190p.
(11)大久保京. “わだば猫本屋になる”. 猫本屋はじめました. 洋泉社, 2014, p. 57-58.
(12)“専門コーナーPRへ求む猫館長”. 岩手日報. 2017-01-12.
“来館者アップへ「ねこ館長」奥州市立胆沢図書館が公募”. 朝日新聞. 2017-01-13. 朝刊. p. 24.
““猫本”聖地準備着々と 来月22日オープン 小説や漫画など541冊 独自性強調し利用促進 「ねこ館長」も募集中”.胆江日日新聞. 2017-01-14. p. 9.
[受理:2017-08-08]
渡辺貴子. 小さな図書館の挑戦-「猫ノ図書館」開設とねこ館長-. カレントアウェアネス. 2017, (333), CA1904, p. 2-4.
http://current.ndl.go.jp/ca1904
DOI:
https://doi.org/10.11501/10955540
Watanabe Takako
Challenge of a Small Library -“Cat Library” Opening and the Cat Chief Librarian