CA1802 – 動向レビュー:2050年の情報専門職とその養成 / 田窪直規

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カレントアウェアネス
No.317 2013年9月20日

 

CA1802
動向レビュー

 

 

2050年の情報専門職とその養成

 

近畿大学司書課程:田窪直規(たくぼなおき)

はじめに

 筆者の任務は、2012年10月に刊行された“Information Professionals 2050: Educational Possibilities and Pathways”という文献(以下IP2050と表記する)(1)を起点として、2050年の情報専門職とその養成について論じるというものである。

 以下、1章で当論の起点となるIP2050を紹介する。2章でこの文献をも意識しながら筆者の考えを述べ、「おわりに」で当論のまとめを行う。

 

1. IP2050の概要

 IP2050は、2012年6月に開催された、ノースカロライナ大学チャペルヒル校情報図書館学校(School of Information and Library Science)80周年記念シンポジウムにおけるペーパーをまとめた会議録(proceedings)である。

 このシンポジウムは、教育のトレンド、図書館とアーカイブズ(文書館)のトレンド、情報産業のトレンド、情報のトレンドの4つのパートに分かれて、それぞれ4名・組のパネリストが発表を行うという、パネル・ディスカッション形式で開催された。IP2050には、発表ペーパー16本(4パート×4名・組)と各パートのまとめのペーパー4本の計20本が収録されている。これらを紹介しだすと、それだけで筆者に許された紙数を超えるので、以下IP2050の序論(2)と結論に焦点を絞って、この文献を簡略に紹介する。

 

1.1 IP2050の序論より

 ここでは、このシンポジウム(もしくはこの文献)の意図、この大学の情報図書館学校および、図書館学校(library school)(司書(librarian)養成のための専門職大学院(professional school))の情報学校(i-School)化について述べる。

 このシンポジウムは、専門職大学院教育の見直しという流れと、情報専門職を取り巻く環境の変化のなか、2050年(次の半世紀)を意識して、次世代の情報専門職教育の青写真を作成するという意図のもと、開催されたという。

 この大学の情報図書館学校は、図書館学校の系列に属している。ここは米国における司書養成のリーダー的な役割を果たしてきたが、過去25年間でMSIS(Master of Science in Information Systems)などのプログラムを開発し、ビジネス、産業、政府の情報管理(information management)のニーズにも対応してきたという。

 図書館学校は少なくとも過去40年に、幅広い情報専門職の養成に乗り出し、情報学校化しつつあるという。具体例としてあげられている情報専門職は、司書、アーキビスト、学芸員のほか、インフォメーション・アーキテクト(3)、データ分析者、データベース管理者(administrator)、ウェブ開発者、オントロジ専門家(ontologist)、ユーザビリティー技術者(engineer)、ソーシャルメディア戦略家、データ・キュレーター(4)、CIO(Chief Information Officer)である。

 情報専門職とは、おおよそ、司書やドキュメンタリスト、サーチャーなど、情報源と利用者の間に介在して情報提供サービスを行う職にあるものを指すといえよう(5)。この意味では、上には記されていないが、企業などの知的財産情報担当者も、情報専門職とみなしうる。一方、上で記されているものには、ここで述べた意味での情報専門職の域を超えるものもあり、このようなものを本当に情報専門職と呼んでよいのか疑問である。そこで以下では、このようなものをも意識する場合には、「情報専門職なるもの」と記す。

 

1.2 IP2050の結論より

 結論では、まず将来について、情報専門職の行う機能の多くは新しくなるが、人々を情報につなげるニーズはなおも存在すると予想している。

 上記の予想の後、16本の発表ペーパーのうち15本のペーパーをそれぞれ数行で紹介し、将来を確信するのに役立つものとして、発表で繰り返されたという次の4つのテーマなるものを紹介している。1つめは、情報専門職がリスク・テーキングを行い、起(企)業家精神(entrepreneurship)と機敏さ(agility)を身に付ける必要性である。2つめは、情報専門職と情報仲介組織(information agencies)間の境界の不明確化(blurring)に伴う、他と連携しないやりかた(silo)の打破である。3つめは、我々の分野における学際性(multidisciplinarity)と変化する情報世界の要求に合うための、共同作業の必要性である。4つめは、先を見越した行動(proactive)である。

 

2. 筆者の考える2050年の情報専門職とその養成

 当章では、2050年の情報専門職とその養成などについて筆者が考えるところを、上記の4テーマに言及しつつ記す。

 

2.1 2050年を予測することの困難さと当論の立場

 中期的なスパンであれば、図書館情報学関連の予測を確度高く行ってきたと、筆者は自負している(6)。しかし今回は、現在(2013年)から37年後の2050年という長期のスパンで予測を行うものである。基本的には、このような長期予測を確度よく行うのは、不可能と考えた方がよい。実際IP2050の結論には、2050年の情報世界を予想するのはばかげているという旨の記述すらみられる。

 そこで以下では、2050年の予測を放棄し、2050年の情報世界がどうであっても活躍可能な情報専門職とその養成という立場から論じる。その際に、実務・実学指向か本格学問指向かという2分法的な視点を用いるが、これは独創的なものではなく、いささか陳腐なものといえる(7)。しかしながら、内容的には独創的な面があるので、この点は寛容願いたい。

 

2.2 実務・実学指向から本格学問指向へ

 図書館学校が司書養成の場というのであれば、これは大学院というより、大学を卒業したレベルの人を対象とする専門学校であろう。情報学校も同様であり、IP2050の序論に、ここが様々な情報専門職なるものの養成の場となっていることが記されている。

 専門学校的な大学院では、基本的に実務・実学教育が重視されよう。というのは、現場ですぐ役に立つ人材を養成せねばならないからである。しかし、実務・実学教育による即戦力には、情報環境の変化に応じて、自力で道を切り開く力があるかどうかは不明である。筆者は、「直ぐ役に立つ人間は直ぐ役に立たなくなる」という至言(8)を想起する。

 図書館情報学は、司書などの情報専門職養成と深く結びついており、実学的性格を有するとされてきた。しかし筆者は、将来において(も)活躍できる情報専門職を養成するためには、図書館情報学は実学性を薄めるべきであり、養成の場は、理論性、体系性などを重視する、本格学問指向で教育を行うべきだと考えている(9)。そうすると学生は、基本的に実務・実学教育に接しないのだから、即戦力にはならないであろう。だが応用力豊かに育つはずである。そうであれば、2050年の情報環境は不明であるものの、彼(女)らは、これの変化に応じて、自力で道を切り開くことができるはずであるし、IP2050の結論の4つめのテーマである「先を見越した行動」をも取れるはずである。

 以下、本格学問指向と応用力という点から、情報専門職とその養成もしくは求められる図書館情報学について論じる。

 

2.3 今後の情報専門職とその養成のありよう

 ここでは、情報専門職を組織に属するもの、フリーランサー、起(企)業家の3つに分けて記す。

 

2.3.1 組織に属する情報専門職

 まず、組織に属する情報専門職を取り上げる。この例として企業に属するものに注目すれば、筆者は、不況時に真っ先に切られる存在から、そのような時にこそ頼りにされる存在になるためにはどうしたらよいかという点から、戦略的に情報専門職と図書館情報学のありようを考えるべきだと思っている。

 情報専門職のありようについては、ユーザーを中心に置いて、ユーザーが求める情報であれば、図書館的な情報も“へったくれ”もなく、あらゆる情報を統合的に、それもニーズに合った形で、ジャスト・イン・タイムで提供できる情報専門職に脱皮すべきとみている。そうすれば、組織は彼(女)らを手放せないであろう。

 上であらゆる情報と述べたが、その情報源は以下の4種に分類できよう。(1)従来の図書館情報学の守備範囲である図書・雑誌、データベース、Webなど(含、知的財産の情報源)、(2)レコード・マネジメントとアーカイブズ学の守備範囲である文書類、(3)ナレッジ・マネジメントの守備範囲である人の知識、(4)博物館学の守備範囲である“モノ”。

 図書館情報学サイドの情報専門職を中心に置いた場合、上記から分かるように、彼(女)らには、他の学問分野の情報専門職、すなわちレコード・マネージャーおよびアーキビスト、ナレッジ・マネージャー、学芸員などとの協働が求められる。この点からは、IP2050の結論にある2つめと3つめのテーマに記されている「他と連携しないやりかたの打破」と、「共同作業の必要性」という指摘は重要になる。

 図書館情報学のありようについては、上述の4情報源(及び4分野)の位相関係を明確にし、さらにその上で論じた情報専門職のありようをも意識して再構築されるべきだと考えている。それも実学指向ではなく、理論性・体系性などを重視する本格学問指向に基づいてである。このような図書館情報学によって、情報源の位相関係の知識を想像/創造力豊かに応用して、ユーザーを中心に置く情報提供のできる人材養成が可能になろう。

 なお、企業に属する情報専門職を例に述べたので、ここで論じた情報専門職は、企業の情報部門担当者もしくは専門図書館司書と、理解した読者がいるもしれない。しかし、ここで論じた情報専門職のありようとこれを養成するための図書館情報学のありようについては、すべての組織に属する情報専門職、例えば大学図書館司書や公共図書館司書についてもあてはまることと考えている。

 

2.3.2 フリーランスの情報専門職

 ついで、フリーランスの情報専門職について論じる。情報専門職的な能力を活かして、フリーランス的に活動している人々がいる。索引・抄録を作成したり、代行検索やレファレンス・サービスを行ったりする人々である。しかし、前者は文献データベース会社の下請け的な仕事となり、後者は企業がサーチャーなどを抱える費用を削るための外注のニーズに合うものといえ、これらの仕事は高収益につながるかは不明である。

 筆者は、情報専門職がフリーランサーになるのであれば、情報を専門とするコンサルタントを目指してはどうかと考えている。今まで強調してきたような図書館情報学によって養成された人材であれば、企業の抱える課題を解決する情報を、様々な情報源から企業ニーズに合った形で、ジャスト・イン・タイムで提供できよう。あるいは、このような情報提供が可能な情報システムの構築に関するコンサルティングができよう。提供された情報もしくは構築された情報システムにより、企業が数億円の利益を上げることができれば、数千万円の報酬を得ても不思議ではない。

 

2.3.3 起(企)業家となる情報専門職

 経営センスのあるフリーランサーであれば、起業する情報専門職となり、コンサルティング会社もしくはシンクタンクを設立するかもしれない。そこで最後に、起業し、企業家となる情報専門職について論じる。

 Googleというシステムが現れた時、筆者は唖然とした。図書館情報学で教わる自動検索、自動抄録、KWIC的な検索語の文脈表示機能、インパクト・ファクターなどの考え方が、この検索エンジンには想像/創造力豊かに応用されている。それにもかかわらず、このシステムを開発したのは、図書館情報学を専攻した人物ではなく、コンピュータを専攻した若者だという。

 Googleという会社の使命を読み、筆者はさらに唖然とした。「Googleの使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすることです」(10)と記されているではないか。図書館情報学を専攻した人物以外、いったい誰がこのような会社を設立できようか、と思わせる使命である。

 Googleの教訓は、本格学問指向教育により、情報専門職的な知識・能力を想像/創造力豊かに応用できる起(企)業家を戦略的に養成すべきことを、われわれに教えてくれる。多くの起(企)業家を輩出できれば、その中からGoogleの開発・設立者のように、世界を変える大起(企)業家が現れるかもしれない。

 戦略的に起(企)業家を養成するのであれば、図書館情報学の学科、大学院は、起業もしくは企業経営に役立つ科目、例えば経営管理、マーケティング、ファイナンスなどの科目をも開講すべきであるし、IP2050の結論の1つめのテーマとして記されている「リスク・テーキングを行い、起(企)業家精神と機敏さを身に付ける必要性」は重要な指摘となる。

 

おわりに

 当論では、まずIP2050を簡単に紹介した。ついで情報専門職とその養成などについて、実務・実学指向教育を批判的にとらえ、非実学的な本格学問指向教育による応用力豊かな人材の養成という観点から、戦略的視点をも交え、さらにIP2050の結論で示された4つのテーマをも引きつつ、筆者の主張を展開してきた。

 筆者の主張するような人材の養成は容易ではない。しかしこれに成功すれば、2050年には、情報専門職は今よりずっと注目を浴びていよう。

 

(1)Marchionini, Gary et al. eds. Information Professionals 2050: Educational Possibilities and Pathways. School of Information and Library Science, University of North Carolina at Chapel-Hill, 2012, 157p.
http://sils.unc.edu/sites/default/files/publications/Information-Professionals-2050.pdf, (accessed 2013-05-17).

(2)目次には序論としか記されていない。だが本文には、序論ではなく次のタイトルがつけられている。“Information Professionals 2050: Educating the Next Generation of Information Professionals”なお結論は、目次も本文のタイトルも同じく結論である。

(3)主にWebを対象とする、情報を分かりやすく、探しやすくするための技術者。このような技術者には、グラフィック・デザインやビジュアル・コミュニケーションの技術が必要とされる。
“情報アーキテクチャ”. ウィキペディア. 2013-03-19.
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%A3, (参照 2013-05-17).

(4)重要なデータを選択し、長期保存したり再利用できるようにする技術者。
“Data curation”. Wikipedia. 2013-02-15.
http://en.wikipedia.org/wiki/Data_curation, (accessed 2013-05-17).

(5)情報専門職については、以下の文献を参照。
日本図書館情報学会用語辞典編集委員会編. 図書館情報学用語辞典.第3版, 丸善, 2007, p. 109.
桂啓壯. “情報専門職”. 図書館情報学ハンドブック. 図書館情報学ハンドブック編集委員会編. 第2版, 丸善, 1999, p. 149-153.

(6)筆者の予測については、例えば以下の文献を参照されたい。
田窪直規. “電子図書館から電子メディア空間へ、そしてその意味するところ”. 電子図書館の未来. BS DATA. 勉誠出版, 1995, p. 23-30, (人文学と情報処理, 9).
田窪直規. “実体としての図書館から機能としての図書館へ: 韓国先端科学技術大学(KAIST)の科学図書館”. 図書館情報学の創造的再構築: 藤野幸雄先生古稀記念論文集. 藤野幸雄先生古希記念事業委員会編. 勉誠出版, 2001, p. 60-71.

(7)陳腐なものといえるくらい類似視点の先行研究があるのなら、本来、これらを引きつつ、もしくはこれらとの類似性と差異性を明確にした上で、論を展開するべきである。だが、それを行うと許された紙数をはるかに超えるので、当論ではこの作業を断念せざるをえなかった。

(8)小泉信三. 讀書論. 岩波書店. 1950, p. 12.

(9)実は、筆者は25年前にも、同様な論調で司書養成について論じたことがある。
田窪直規. 即戦力にならない司書を!. みんなの図書館. 1988. 139, p. 16-27.

(10)Google. “Googleについて”. Google.
http://www.google.co.jp/intl/ja/about/, (参照 2013-05-17).

 

[受理:2013-07-12]

 


田窪直規. 動向レビュー:2050年の情報専門職とその養成. カレントアウェアネス. 2013, (317), CA1802, p. 13-16.
http://current.ndl.go.jp/ca1802

Takubo Naoki.
<Trend Review> The Information Professionals and the Educational Programs in 2050.