CA1676 – ウィキペディアにおける情報の質(IQ)向上の仕組み / 石澤文

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カレントアウェアネス
No.298 2008年12月20日

 

CA1676

 

ウィキペディアにおける情報の質(IQ)向上の仕組み

 

はじめに

 2008年3月、無料オンライン百科事典ウィキペディア(Wikipedia ;CA1510参照) (1)に登録されている記事の総数が、250言語あわせて1,000万件を超えた(2)

 ウィキペディアは、ウィキ(Wiki)と呼ばれる協同作業支援システムを利用している。通常のウェブブラウザと単純なマークアップ言語による、きわめて低コストの協同的コンテンツ作成を実現したこの技術は、誰もがいつでもウィキペディアの編集者となることを可能にした。しかし、参加への障壁の低さは、ウィキペディアを世界最大のオンライン百科事典へと成長させた一方で、記事内容の信頼性に対する疑いを招いている。つまり、専門家以外の人物や悪意を持った人物が誤った情報を書き込んでしまうのではないか、という懸念である。

 

レファレンス・ツールとしてのウィキペディア

 各種オンライン・データベースやOPAC、Googleを代表とする検索エンジンなど、インターネットは、レファレンス・サービスを提供する上でいまや欠くことができない。ウィキペディアも、記事数や検索エンジンでのヒット率の上昇とともに、日常的なレファレンス・ツールとしてすっかり定着した観がある。特に、伝統的な事典類には収録されにくい、サブカルチャー分野などの項目の充実は大きな利点である。

 しかし、ウィキペディアは事物の概要をつかみ、参考文献の手がかりを得るのには便利だが、記述をそのまま用いる場合には記事内容を十分に吟味する必要がある(3)。ウィキペディアの信頼性は確立されておらず、レファレンス・サービスにおいてアカデミックな権威付けがなされた百科事典と同等に扱うことはできない。

 また、一部の大学機関は学生のレポート課題におけるウィキペディアの引用禁止を言明しており、それをウィキペディア自体も支持している(4)(5)

 

ウィキペディアの信頼性に関する調査

 しかし、複数の研究によって、ウィキペディアにおける情報の質(Information Quality:IQ)が思いのほか高いことが明らかにされた。特に話題を集めたのが、伝統的な百科事典”Encyclopaedia Britannica”との比較調査である(6)。科学分野の記事42項目内の分析の結果、指摘された重大な誤りは両者ともに4か所、比較的軽微なものがウィキペディア162か所、ブリタニカ123か所と、大差は見られなかった。また、研究者たちにウィキペディアの記事の信頼性を評価してもらったところ、それぞれの専門分野に関する記事の評価が、分野外のランダムに選ばれた記事よりも高かった、という研究結果もある(7)

 

ウィキペディアにおけるIQ向上の仕組み

 では、ウィキペディアにおけるIQの向上の仕組みとはどのようなものであろうか。ストビリア(Besiki Stvilia)らは、ウィキペディア英語版から無作為抽出されたデータをもとにケース・スタディを行い、その仕組みについて分析している(8)

 

IQ保証エージェントの位置づけ

 ウィキペディアでは、どのような編集を行うかはユーザー個々人の自由な選択に任されている。人々は、新しい記事の作成や既存の記事の修正など、IQを向上させる行為を行うこともあれば、IQを故意に低下させる「荒らし」行為を取ることもある。その中で、IQを向上させるエージェントとして模範的な行動が期待されるユーザーが「管理者」(administrator)である。ちなみに、ウィキペディアの主だった参加形態は表のとおりである。

 

表 ウィキペディアにおける主な参加形態と権限(9)
表
*印は、管理者の中で追加権限を与えられた「ビューロクラット(bureaucrat)」のみの権限である。

 

 管理者には、効率的にIQの向上に取組めるように、ページの保護・削除や投稿のブロックなどの権限が与えられる。さらにビューロクラットになると、管理者権限の付与や他の利用者名の変更なども可能になる。ただし、管理者になるためには、他の登録ユーザーらによって、過去および現在の活動が評価され、権限を与えるのに適した人物として承認されなければならない。また、ウィキペディアの方針やユーザーらによって培われた慣習を破るような管理者は、他のユーザーからの報告に基づき、解任させられることもある。

 ウィキペディアにおけるIQの向上のための取組みは、基本的にユーザーの自発的意志に基づいているが、それらを効率的に進めるために、模範的なIQ保証活動の担い手がユーザー自身によって選ばれているのである。

 なお、こうしたユーザー自身によるIQの向上の取組みは、過去の記述や修正が編集履歴として残され、ユーザーに対して公開されるという、ウィキペディアのシステムを前提としている。これにより、ある編集の是非をユーザー間で議論することや、荒らし行為にあったページを以前の版に戻す「差し戻し」が可能となっている。また、履歴情報には書き込みを行ったユーザーの利用者名またはIPアドレスも含まれるため、ユーザーの優良・不良の判断を行う際にも参照される。

 

IQ水準の統制

 また、ウィキペディアは、全体のIQのレベルを統制するために以下の2つの仕組みを有している。

  • 「秀逸な記事(featured articles)」ステータスの付与・除去
  • 記事削除

 秀逸な記事とは、ウィキペディアによって最良と明示された記事を指し、正確性、中立性、出典の明記などからなる「秀逸な記事の目安(featured article criteria)」(10)に合致するかどうか、ピア・レビューを経て決定されるものである。この決定プロセスのなかで、ウィキペディアの記事が目標とすべきIQの水準が提示される。

 反対に、IQの最低ラインを示すことによって、ウィキペディア全体のIQの水準を保とうとするのが記事削除である。ユーザーによって記事の削除が提起されると、実際に削除されるまでの猶予期間が与えられ、原則としてユーザー間の合意形成が求められる。

 また、それぞれの判断の基となる、秀逸な記事の目安や削除の方針(deletion policy)も、こうしたユーザーによる合議を通じて形成され、ウィキペディアの特徴に合わせて進化してきた。

 

ノートページ(discussion page)

 ウィキペディアは集団的な編集作業を支えるため、ウィキプロジェクトやスタイルマニュアル、テンプレートといった協同作業のためのシステムの数々を発達させてきた。なかでも、ユーザー間のコミュニケーションを目的とするノートページは、IQの向上の取組みを行うユーザーに恒常的に利用されている。ノートページは、IQに関するユーザー間の対話や提携を助ける重要な機能を果たしている。また、ある記事についての質問のやりとりは、記事の補足として重要な情報源となり、それらの蓄積はFAQ形式の知識ベースとしても活用できる。コミュニケーションのルールや慣習はノートページの議論を通じて確立され、新参のユーザーはノートページからそれらを学習することができる。

 秀逸な記事のノートページが質量ともに一般の記事を上回っていることは、ノートページがIQの向上に果たす役割の大きさを物語っている。

 

ウィキペディアのIQ保証モデル

 上で見たようなウィキペディアのIQ保証の仕組みは、従来の百科事典の編集作業とは大きく異なっている。オープン・アクセス以前の協同的なコンテンツ作成においては、作業を大人数で分担したところで、最終的には、比較的少数の権威者グループによるチェックを必要としていた。しかし、自己選択を尊重するウィキペディアでは、特別の権限を与えられた管理者でさえ、あくまでもユーザーの一部として存在する。自己選択の尊重は作業分担のコストを大幅に削減し、お互いの編集に対する平等性はユーザーを対立よりも合意形成に向かうように促している。

 また、コンテンツ作成とフィードバックのプロセスが統合されているウィキペディアでは、誤りを未然に防ぐかわりに、よりすばやく低コストで誤りを修正することに焦点があてられている。ウィキペディアでは、ユーザーの編集によって新たな誤りが日々生み出されていくが、誤りに気づいたユーザーがそれを即座に修正することが可能である。すなわち、ウィキペディアの公開性は、その信頼性に対する疑義を生み出す原因であると同時に、IQの向上の要ともなっているのである。

 

おわりに

 集合知を活用した百科事典の試みは、ウィキペディア以外にも広がっている。“Britannica Online”(11)CA1022E802参照)やGoogle社が公開した“Knol”(12)では、著作者の特定や専門家を執筆者として確保するなど信頼性の確保に努めつつ、一般の投稿に対しても一定の門戸を開きつつある。

 逆にウィキペディアでは、信頼ある編集者による記事のみを公開することや記事の即時反映を制限することによって、IQ問題を軽減しようという検討もなされている(13)。しかし、編集の公開性や平等性を尊重することによって発展してきたウィキペディアにおいて、それがユーザーに受け入れられるかどうかは明らかでない。

主題情報部人文課:石澤 文(いしざわ あや)

 

 

(1) Wikimedia Foundation. Wikipedia.
 http://www.wikipedia.org/, (accessed 2008-10-02).

(2) Wikimedia Foundation. “Wikipedia Hits Milestone of Ten Million Articles Across 250 Languages”. Wikimedia Foundation.
 http://wikimediafoundation.org/wiki/Press_releases/10M_articles, (accessed 2008-10-02).

(3) 兼宗進. デジタル・レファレンス・ツールとしてのWikipedia. 情報の科学と技術. 2006, 56(3), p. 103-107.
 http://ci.nii.ac.jp/naid/110004668714/, (参照 2008-10-02).

(4) Chen, Lysa. “Several colleges push to ban Wikipedia as resource”. The Chronicle.
 http://media.www.dukechronicle.com/media/storage/paper884/news/2007/03/28/News/Several.Colleges.Push.To.Ban.Wikipedia.As.Resource-2809247.shtml, (accessed 2008-10-02).

(5) 時実象一. (私の視点)ウィキペディア 安易な引用はやめよう. 朝日新聞. 2007-07-24 朝刊, p. 15.

(6) Giles, Jim. Internet encyclopaedias go head to head. Nature. 2005, 438(7070), p. 900-901.

(7) Chesney, Thomas. An empirical examination of Wikipedia’s credibility. First Monday. 2006. 11(11).
 http://www.uic.edu/htbin/cgiwrap/bin/ojs/index.php/fm/article/view/1413/1331, (参照 2008-11-21).

(8) Stvilia, Besiki et al. Information Quality Work Organization in Wikipedia. Journal of the American Society for Information Science & Technology. 2008, 59(6), p. 983-1001.

(9) 表の作成にあたっては以下を参考にした。
 Stvilia, Besiki et al. Information Quality Work Organization in Wikipedia. Journal of the American Society for Information Science & Technology, 2008, 59(6), p. 988-991. ; 山本まさき. “ウィキペディアの管理者とは”. ウィキペディアで何が起こっているのか : 変わり始めるソーシャルメディア信仰. 山本まさきほか, 九天社, 2008, p. 15-18.

(10) Wikimedia Foundation. “Wikipedia:Featured article criteria”. Wikipedia.
 http://en.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:Featured_article_criteria, (accessed 2008-10-02).

(11) Encyclopaedia Britannica. Britannica Online.
 http://www.britannica.com/, (accessed 2008-10-02).

(12) Google. Knol.
 http://knol.google.com/, (accessed 2008-10-02).

(13) Stvilia, Besiki et al. Information Quality Work Organization in Wikipedia. Journal of the American Society for Information Science & Technology. 2008, 59(6), p. 983-1001.

 

Ref:

山本まさきほか. ウィキペディアで何が起こっているのか: 変わり始めるソーシャルメディア信仰. 九天社, 2008, 219p.

 


石澤文. ウィキペディアにおける情報の質(IQ)向上の仕組み. カレントアウェアネス. 2008, (298), p.7-10.
http://current.ndl.go.jp/ca1676