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カレントアウェアネス
No.312 2012年6月20日
CA1769
近年の英国における図書館のアドヴォカシー
電子情報部電子情報サービス課:渡邉太郎(わたなべ たろう)
1. はじめに
欧米の図書館界でアドヴォカシー(advocacy)という言葉が頻繁に聞かれるようになって久しい(CA1646参照)。国際図書館連盟(International Federation of Library Associations and Institutions:IFLA)の「戦略計画2010-2015」(1)においてもその重要性が強調されており、各国の代表的な図書館団体のウェブサイトでもアドヴォカシーが主要な項目として取り上げられている(2)。本稿では、その代表的な事例として2010年度以降の英国の緊縮財政に対する図書館界の動向について、アドヴォカシーという観点からその概略を述べる。
2. アドヴォカシーとは
アドヴォカシーとは、特定の立場や主義に対する支持や擁護を意味する単語である。元来は社会的弱者の権利擁護運動の意味で使用されてきたが、図書館の世界では一般的に、図書館の果たす役割や現状について財政当局者や立法者、地域の人間に説明ないしアピールし、社会一般の認識を高めるとともに、必要な支援や支持を取り付けるために行う一連の活動を意味している。支援や支持を取り付けて最終的に何を達成するのか明確な目標を設定し、他者の行動を促すことで支援者を巻き込みながら行う点が、単なる広報活動とは異なる点である。また、いわゆるロビー活動と同じようにも聞こえるが、マッケラシャー(Sue McKerracher)氏の解説(3)によれば、ロビー活動が期限を定めた活動であるのに対し、アドヴォカシーは継続的な活動であるという点で両者は異なり、後者は前者を優位に進めるための強力な基盤を作り出すという。アドヴォカシーが議員などへの陳情活動だけでなく草の根運動をも包含するという点でも、より広範な意味を持つ概念であると言える。
3. 英国における図書館アドヴォカシー
英国では2010年5月に13年ぶりに政権が交代し、政府は財政赤字解消を目的として2011~2014年度を対象とした大規模な緊縮財政を打ち出した。地方自治体への補助金の28%削減などを含む歳出の見直しは公共図書館にも大きな影響を与え、複数の自治体で図書館が閉鎖の危機に直面している(E1139参照)。英国の図書館における代表的な専門家団体である図書館・情報専門家協会(Chartered Institute of Library and Information Professionals:CILIP)の見立てでは、(イングランドの公共図書館全体のおよそ17%にあたる(4))約600館に(5)、マクラーレン(Leah McLaren)氏によれば英国全体の18%にあたる800館に(6)、予算の全廃等による閉鎖の可能性があり、司法の場でその適法性が審査されるような事例も出てきている(E1249参照)。また、閉鎖を免れた図書館でも職員の削減や開館時間の短縮などの影響を受けており(7)、そのような大規模な困難に直面した英国の図書館界では様々なアドヴォカシーが展開されてきた。
2010年9月には図書館員の有志による“Voices for the Library”活動がスタートし、ウェブサイト上で公共図書館の価値を実感した時の体験談を共有し、多くの利用者からの声を集めてきた(8)。この活動は、TwitterやFacebookなどを通じて利用者目線で図書館への社会的関心を引き付けたとして、CILIPが公式に支持を表明している(9)。
一方でCILIP自体も精力的にアドヴォカシーを推し進めている。CILIPは、2011年2月5日を“Save Our Libraries Day”と定めて、その日に公共図書館を利用することや図書館を好きな理由をTwitterでツイートすることを広く呼び掛け、当日には国内各地で80以上のイベントが開催された(10)。同日付でCILIPは英国における公共図書館サービスの立場について声明(11)を発表し、公共図書館サービスの重要性と利用者からの図書館への支持を強調したうえで、文化・メディア・スポーツ大臣が不相応な削減を提言されている地域や「1964年公共図書館・博物館法」の規定を満たせなくなる地域への介入等を行うべきとし、CILIPが引き続き必要なアドヴォカシーに取り組んでいくことを宣言した。
2011年5月には図書館と図書館員のための全国的な祝典として作家のギボン(Alan Gibbons)氏から創設が提案されていた“National Libraries Day”が15以上の関係団体の協力によって取り決められた。2012年は2月4日がその日に定められ、当日は多くの図書館が開館時間を延ばし、人々の関心を引き付けるイベントを行って大々的なキャンペーンを展開している(12)。作家のトークイベントや、子ども向けのワークショップ、図書の販売のほか、なかにはその日に限り資料の延滞料を免除したり、その日に合わせて新しい学習センターをオープンさせたりする図書館もあるなど、200を超す多様なイベントが実施された。2012年4月現在でも、“National Libraries Day”のTwitterの公式アカウントでは1,800以上のフォロワーが存在し、Facebookの公式アカウントでは900以上の「いいね!」が付けられており、頻繁にコメントが投稿されている(13)。
このような図書館界の動きは業界の垣根を越えて波及を見せており、出版業界の専門誌でニュースサイトも提供するBooksellerは、2011年1月からFacebook上で“Fight For Libraries”というキャンペーンを展開し、個人や団体を含む1,500以上の支持を取り付けてオンラインで活発な情報・意見交換を行っている(14)。また、全国女性協会連盟(National Federation of Women’s Institutes)も2011年6月の年次総会以降“Love Your Libraries”キャンペーンを展開し、2012年3月13日のロビー活動では70,000件を超える署名を首相官邸に提出した(15)。
これら一連のアドヴォカシーの成果は確実に出てきている。2011年2月28日には文化・メディア・スポーツ大臣のベイジー(Ed Vaizey)氏が、図書館のボランティアは専門職に取って代わるものではないとコメントするとともに、「1964年公共図書館・博物館法」に明記された包括的で効率的な図書館サービスの提供義務に関する規定を廃止しないという点を明言した(16)。同年11月には、CILIPをはじめとする図書館関係者が折に触れて実施を求めてきた図書館閉鎖に関する全国的な調査が、議会下院の文化・メディア・スポーツ特別委員会で実施されることになり、包括的で効率的な図書館サービスの現代におけるあり方や、図書館閉鎖が地域社会に及ぼす影響等に関する意見募集には全国から132件の意見が提出された(E1269参照)。さらに既述の図書館閉鎖の適法性に関する司法審査の結果、サマセット(17)やグロースターシャー(18)などの自治体で図書館への予算措置が復活したり、削減計画の見直しがなされたりしている。ティーズサイドでは閉鎖の危機にあったグレートエイトン図書館を救うための増税に住民の85%以上が賛成し、新たな経営計画が策定されることになった(19)。最大の成果は、それら個別の成果を通じて人々がどれだけ図書館に関心を抱いているかということを実証して見せたという点だと言える。
4. おわりに
英国の事例では、専門家団体であるCILIPを始めとする図書館界が主体となってアドヴォカシーを推し進め、それに呼応する形で多くの支援者や関係団体が多様な活動を実施している点が印象的であった。そのようなアドヴォカシーの波及、拡大に重要な役割を果たしているのがTwitterやFacebookなどのソーシャルメディアであると言える。Facebook上での呼びかけに応じて閉鎖予定だった図書館の支援者が蔵書をすべて借り出したり(20)、一人のTwitter上のツイートが図書館支援の大きな動きになるなど(21)、アドヴォカシーを推進するうえでのツールとしての有効性は明らかである。各イベントについても特にとりまとめを行うわけではなく、ソーシャルメディアを活用して各自が自由に発信、編集できるようにすることで、参加へのハードルを下げているように見受けられた。
我が国の図書館界でもアドヴォカシーと呼べるような活動は行われてきた。4月30日は図書館記念日とされているが、これも元をたどれば1970年に図書館法廃止の可能性も含んだ社会教育法の抜本的改正の動きが見られたことから、日本図書館協会(JLA)が図書館法堅持の姿勢を示すために1971年に定めたものである(22)。最近では、2004年5月29日に、文部科学省とJLAが図書館設置自治体を増やすことを目的として、「図書館をもっと身近に暮らしの中に」をテーマに「ディスカバー図書館2004」という振興イベントを実施している(23)。俳優やアナウンサーを交えたパネルディスカッションを含む当日のプログラムには約1,000人が参加し、終了後のアンケートでは回答者の87%がこのイベントを毎年開催するべきと答えており、文部科学省では2010年にも同名のシンポジウムを開催した(24)。
「アドヴォカシー」というこの単語が広く定着しているとは言えないが、英国と同様に膨大な財政赤字を抱え、社会教育関連予算も依然として厳しい状況にある日本においてもアドヴォカシーの重要性はますます高まっており、ソーシャルメディアを利用したアドヴォカシーも今後の図書館振興の一つの鍵になっていくと言えるだろう。
(1) “IFLA Strategic Plan 2010-2015”. International Federation of Library Associations and Institutions. 2012-03-22.
http://www.ifla.org/files/hq/gb/strategic-plan/2010-2015.pdf, (accessed 2012-03-30).
(2) 例として、米国、英国、オーストラリア各国の図書館団体のウェブサイトでは以下のような専用ページが設けられている。
“Advocacy & Legislation”. American Library Association.
http://www.ala.org/advocacy/advleg, (accessed 2012-04-08).
“Advocacy”. CILIP.
http://www.cilip.org.uk/get-involved/advocacy/pages/overviewofadvocacy.aspx, (accessed 2012-04-08).
“ALIA’s advocacy home page”. Australian Library and Information Association.
http://www.alia.org.au/advocacy/, (accessed 2012-04-08).
(3) McKerracher, Sue. Your guide: ten steps to successful advocacy. In Cite. 2010, 31(11), p. 17-20.
http://archive.alia.org.au/incite/2010/v31.11.pdf, (accessed 2012-04-08).
(4) “Trends from CIPFA Public Library Statistics”. Art Council England.
http://www.artscouncil.org.uk/media/uploads/pdf/CIPFA_Press_Stats_2010-11_Actualspdf.pdf, (accessed 2012-05-16).
(5) “Public Libraries briefing”. CILIP.
http://www.cilip.org.uk/get-involved/advocacy/public-libraries/Documents/Public_libraries_briefing_CILIP_March2011.pdf, (accessed 2012-04-08).
(6) McLaren, Leah. Bye to the books. Maclean’s. 2011, 124(3), p. 35.
(7) “Changes to make savings for libraries”. Telford & Wrekin Council.
http://www.telford.gov.uk/press/article/1243/changes_to_make_savings_for_libraries, (accessed 2012-04-24).
(8) Voices for the Library.
http://www.voicesforthelibrary.org.uk/wordpress/, (accessed 2012-04-08).
(9) “Voices for the Library”. CILIP.
http://www.cilip.org.uk/get-involved/advocacy/public-libraries/Documents/CILIP%20Voices%20for%20the%20library.doc, (accessed 2012-04-08).
(10) “Hundreds of thousands join library protests”. The Bookseller.
http://www.thebookseller.com/news/hundreds-thousands-join-library-protests.html, (accessed 2012-04-24).
(11) “A CILIP Statement on the Position of the Public Library Service in England”. CILIP. 2011-02-05.
http://www.cilip.org.uk/get-involved/advocacy/public-libraries/Documents/cilip-statement-revd-0211%20_2_.pdf, (accessed 2012-04-08).
(12) National Libraries Day.
http://nationallibrariesday.org.uk/, (accessed 2012-04-08).
(13) National Libraries DayのTwitterとFacebookの公式アカウントは次の通り。
“Natinal Libraries Day (natlibrariesday)”. Twitter.
https://twitter.com/#!/natlibrariesday, (accessed 2012-05-02).
“Natinal Libraries Day”. Facebook.
http://www.facebook.com/pages/National-Libraries-Day/323090687701341, (accessed 2012-05-02).
(14) “Fight For Libraries Campaign”. Facebook.
http://www.facebook.com/pages/Fight-For-Libraries-campaign-from-The-Bookseller/134767896588119?v=app_4949752878, (accessed 2012-04-08).
(15) “Love Your Libraries”. National Federation of Women’s Institutes.
http://www.thewi.org.uk/campaigns/current-campaigns-and-initiatives/love-your-libraries, (accessed 2012-04-08).
(16) “Minister confirms vital role of professional library staff”. CILIP.
http://www.cilip.org.uk/news-media/pages/news110301.aspx, (accessed 2012-04-25).
(17) “Changes to the Library Service”. Somerset County Council.
http://www.somerset.gov.uk/irj/public/services/directory/service?rid=/guid/20ba929a-c577-2e10-8497-fb115f202d94, (accessed 2012-04-08).
(18) “New library service for Gloucestershire”. Gloucestershire County Council.
http://www.gloucestershire.gov.uk/index.cfm?articleid=107166, (accessed 2012-04-08).
(19) “Great Ayton villagers in favour of tax to save their library”. GazetteLive.co.uk. 2011-11-12.
http://www.gazettelive.co.uk/news/teesside-news/2011/11/12/great-ayton-villagers-in-favour-of-tax-to-save-their-library-84229-29761293/, (accessed 2012-04-08).
(20) “Library clears its shelves in protest at closure threat”. Guardian. 2011-01-14.
http://www.guardian.co.uk/books/2011/jan/14/stony-stratford-library-shelves-protest, (accessed 2012-04-08).
(21) “Twitter support for libraries snowballs worldwide”. Guardian. 2011-01-17.
http://www.guardian.co.uk/books/2011/jan/17/twitter-support-libraries-worldwide, (accessed 2012-04-08).
(22) 山口源治郎. “社会教育法改正問題と図書館法の擁護―七○年代の法改正論争”. 新図書館法と現代の図書館. 塩見昇ほか. 日本図書館協会, 2009, p. 352-355.
(23) 日本図書館協会編. ディスカバー図書館2004. 日本図書館協会, 2004, 128p.
(24) “「ディスカバー図書館2010」の開催について”. 文部科学省. 2010-10-13.
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/10/1298376.htm, (参照 2012-05-09).
Ref:
Dellinger, Laura K Lee. “A values-based approach to successful library advocacy”. The Library PR Handbook: High-Impact Communications. Gould, Mark R., ed. Chicago, American Library Association, 2009, p. 81-93.
大塚大輔ほか. 海外制度の動向 英国新政権の地方財政政策. 地方財政. 2011, 50(2), p. 276-287.
[受理 2012-05-16]
渡邉太郎. 近年の英国における図書館のアドヴォカシー. カレントアウェアネス. 2012, (312), CA1769, p. 4-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1769