CA1679 – 動向レビュー:「Bibliothek 2012」~ドイツの図書館振興の現在~ / 伊藤白

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カレントアウェアネス
No.298 2008年12月20日

 

CA1679

動向レビュー

 

「Bibliothek 2012」~ドイツの図書館振興の現在~

 

 2008年9月、ドイツの図書館振興のためのパンフレット『図書館が良い21の理由』(21 gute Gründe für guten Bibliotheken)が公表された(1)。これは、公益団体「ドイツの図書館と情報」(BID;Bibliothek & Information Deutschland)の主宰する図書館振興プロジェクト「Bibliothek(図書館)2012」の一環で、主に政治家および地方自治体等の図書館設置者へのメッセージとして作成されたものである

 本稿では、このパンフレットを中核とするプロジェクトの概要を紹介しつつ、ドイツにおける図書館振興活動の現状を概観する。

 

1. BIDとは~ドイツの図書館をめぐる状況

 ドイツは連邦制をとる国である。また歴史的背景から各州の独立性が高く、図書館行政を含め文化関連の政策が連邦政府ではなく各州の所掌にある。財政面での困難、資料の劣化、近年のインターネット情報化社会における存在意義の揺れ等の日本にも共通する諸問題に加え、ドイツの図書館には、統一的図書館政策を打ち出しにくい環境、そして図書館を根拠付ける法律の欠如という大きな課題がある。この状況には国家の体制が少なからず影響していると言える。

 ドイツには約8,900の図書館がある。国家レベルの主要な図書館として、ライプツィヒ、フランクフルト、ベルリンの3サイトからなるドイツ国立図書館(DNB:Deutsche Nationalbibliothek;CA1613参照)、ベルリン国立図書館(SBB:Staatsbibliothek zu Berlin)、バイエルン国立図書館(BSB:Bayerische Staatsbibliothek)の3館があり、このほかに公共図書館、学術図書館(大学図書館、地域図書館(Landesbibliothek, Regionalbibliothekと呼ばれる比較的規模の大きな学術図書館、専門図書館等)、学校図書館、私立図書館、教会図書館などがある。そのうちDNBについては、国立図書館法が整備されており、また一部の学術図書館は州の教育法の中で規定されているのに対し、一般の公共図書館に関しては日本の「図書館法」にあたる法律が存在せず、図書館業務はあくまでも「任意の業務」とされている。

 しかしこの状況の中、新しい動きも見られる。2006年の国立図書館法改正によってインターネット上の情報をも含むアーカイビングの法制化に成功したことは、大きな一歩であったと言えよう。また、ドイツ医学中央図書館やゲッティンゲン大学図書館を中心とした学術情報流通ネットワークの発展は、図書館の新しい協調体制を印象付ける(2)。さらに、本稿で紹介するBIDのプロジェクトは、各種図書館の利害を集約し、統一的に連邦政府に働きかけていこうとする点で、特色のある活動を展開している。

 BIDは、各種図書館関連団体および情報学関連団体の上部機関で、政治団体的な機能を果たしている。前身はドイツ図書館団体連合会(BDB:Bundesvereinigung Deutscher Bibliotheksverbände)で、2004年に名称を変えた。参加団体にドイツ図書館協会(DBV:Deutscher Bibliotheksverband)、ゲーテ・インスティトゥート等があり、ホームページの規約には「文化、教養、情報、知識そして研究のための欠かせざる設備として、図書館や情報サービス団体があらゆる形態の情報へのアクセスを保証する」ことを掲げている(3)

 

2. 図書館振興プロジェクト「Bibliothek 2007」

 2002年から2005年にかけて、BID(当初はBDB)はベルテルスマン財団とともに、図書館振興プロジェクト「Bibliothek 2007」を展開した。これについては既に日本語の文献があるため(4)、ここでは概略だけを述べておく。

 4年にわたる活動の中で、プロジェクトはまず2つの調査に着手した。ボンの応用社会学研究所との協働によりドイツの図書館の現状調査を、そして企業コンサルタントに依頼して他国の優良事例調査を行った。後者については100ページ近い調査結果が残っており、BIDのホームページからダウンロードすることができる(5)

 これらの調査を土台に、BIDは2004年『Bibliothek 2007 戦略コンセプト』と題する報告書をまとめた(6)。図書館のあり方についての社会的な議論を呼び起こし、図書館を教育政策に組み込むことで、基盤の強化を図る内容である。具体的には、図書館開発機構(BEA:Bibliotheksentwicklungsagentur)を設立し、これを通じてより統一的に図書館振興を行うことを提言している。その後2006年に、識者へのアンケート等による活動の評価告書(7)をまとめ、このプロジェクトは一連の活動を終了している。

 「Bibliothek 2007」にはしかしもう1点特筆すべきことがある。戦略コンセプトの完成後、連邦、州、市町村の各レベルにおいて、各種図書館は政府との協議を行った。その一環としてBIDは2005年に、連邦政府の審議会「ドイツの文化」(Kultur in Deutschland)が開催した図書館諸団体を対象とする公聴会に参加している。これを受けて公表された、審議会と同名の最終報告書『ドイツの文化』(8)は、BIDの意向を大きく取り入れた形で、図書館開発機構の設立を提言している。さらに、同報告書が「公共図書館は決して任意の事業ではなく、必要不可欠な義務的事業とならなければならない」とし、州政府に「図書館法によって公共図書館の事業と財政を規定」することを提唱したことは、BIDの活動にいっそうの弾みをつけることとなった。

 

3. 「Bibliothek 2012」

 BIDは2007年夏、「Bibliothek 2007」のコンセプトをより具体化することを目的に、新たなプロジェクト「Bibliothek 2012」を開始した(9)。ワーキンググループによる草案作成の後、2008年2月以降諸外国の専門家をも交えた討論を行った。

 まず公表されたのは、パンフレットを意図して作成された戦略ペーパー『図書館が良い21の理由』の草案(10)である。これは6月上旬マンハイムで行われた会議「図書館員の日」の議論の叩き台とされた。議論の結果を反映させたものが、冒頭で紹介した9月の稿で、今後細かい修正はあるもののほぼ完成形といってよい。なお、9月稿には、パンフレットを紹介する前文のほか、付録として「役立つ図書館のためのパフォーマンス・品質指標」、「ドイツの学術図書館のためのスタンダード」および「図書館法ひな型」(およびそのイントロダクション)が添付されている。このパンフレットは最終的に2009年1月に装丁を施した冊子体として出版される予定で、上記付録文書および新たに作成される政治家向けの概略版がこれに添えられることになっている。

 以下では、パンフレットおよび付録の「指標」「スタンダード」、そして「図書館法ひな型」の概要を紹介する。

3.1 「図書館が良い21の理由」

 「Bibliothek 2012」の中核を成すこのパンフレットは、A4で17ページ(出版される版では25ページ)ほどのボリュームである。文章作成に著名なジャーナリストを起用しており、やわらかい表現が特徴的である。

 冒頭には次のようなフレーズが置かれる。「図書館? そのとおり。こんなにたくさんの人が行くのです! でも、なぜでしょう?」。この問いかけに答える形で21の「図書館が良い理由」が挙げられ、それぞれにつき1ページを使って解説が施される。

 いくつかを紹介しておこう。第1の理由は、「なぜなら図書館は私たちをつなぐから」。図書館にはあらゆる階層の、職業も宗教も違う人々が集い、学ぶことができる、という図書館の「場」としての存在意義が確認される。第12の理由「図書館では何かが始まります」では、図書館で講演会や読み聞かせ等多くの催しものが行われていること、第17の理由「図書館には驚きがあります」では、日本の大学が作成したドイツ文学関連のデータベースを例に挙げ、図書館を介して世界をつなぐネットワークが構築されていることが紹介される。また第14の理由「www.frag-die-buecherei.de」(日本語にするとwww.toshokan.ni.kiite.jp(図書館に訊いて))では、グーグル等の検索エンジンではなく図書館でこそ調べられる問題が数多くあることが主張される。

 興味深いのは、政治家への目配りが随所に見られる点である。ドイツでは現在子どもの学力低下が大きな問題となっているが、第2の理由「すべての子供たちに本を読んでもらうために」や第5の理由「図書館は研究や学習を助けます」において、図書館が教育政策上大きな役割を果たしうることを主張している。また第4の理由「図書館には移民・移住者のための本がたくさんあります」においては、ドイツの政府の関心の強い移民問題に対する図書館の取り組みも紹介されている。

 パンフレットの終わりには、21の理由の後に、「図書館が必要とするもの」として12の項目が挙げられる。そこには、「十分な蔵書」「より長い開館時間」などと並んで、「図書館のスタンダード」および「図書館法」の必要性が謳われている。

 なお、ドイツで2009年1月に出版される予定の、デザインを施したヴァージョンのパンフレットの画像を本稿に掲載する許可をいただいた(図参照)。ポップでモダンなデザインを施すことによって、古い図書館のイメージを払拭し、新しい「社会に役立つ図書館」のイメージを定着させる狙いが読み取れるだろう。

パンフレット『図書館が良い21の理由』より表紙

パンフレット『図書館が良い21の理由』より第1の理由

パンフレット『図書館が良い21の理由』より第17の理由

図 パンフレット『図書館が良い21の理由』より表紙、第1、第17の理由(デザインはVictor Ströverによる)

3.2 「指標」および「スタンダード」

 パンフレットに添えられる3つの付録のうち2つは、図書館の標準化に関するものである。付録1「役立つ図書館のためのパフォーマンス・品質指標」は公共図書館のための、付録2の「ドイツの学術図書館のためのスタンダード」は学術図書館のための維持されるべき水準を提示している。

 前者において大きく扱われるのは、利用者の満足度である。具体的な指標として、1,000人の住民につき毎年最低でも延べ3,000人の利用を目標とすること、アンケートによって90%以上のユーザーから「満足」という回答を得ることなどが掲げられている。さらに、あらゆる形態の資料の十分な提供を行うため毎年10%の資料を刷新すること、アクセシビリティーの指標として、開館時間が地域の小売業の平均営業時間の少なくとも75%以上となること、住民の75%が2km以内に図書館を持つことなどが挙げられている。その他、図書館建築に関する指標、図書館員の質に関する指標がある。

 後者の学術図書館のためのスタンダードとしては、開館時間等の公共図書館に共通する指標のほか、学生の文献入手に対して責任を負うこと、電子出版物のために毎年予算の少なくとも2%を余分に確保すること、学生のみならず地域住民にも門戸を開くことなどが提唱されている。

3.3 「図書館法ひな型」

 図書館法の各地方自治体における制定を容易にするために用意されたのがこの図書館法のひな型である。

 前文に続き、第1条では学術図書館に、第2条では公共図書館に法的根拠を与えている。特に第2条第1項において、地方自治体による公共図書館の設置を「義務」と定めているが、ここからは図書館側の明確な主張が読み取れると言えよう。

 第3条から第5条までは、学校教育、職業教育そして生涯教育における図書館の役割が、第6条においては図書館が民主主義を支えるものであることが謳われる。第7条では、地域を越えた連携による図書館サービスが提唱されているが、特にその第2項において「有形および無形の媒体」すなわちインターネット情報をも含めた地域の資料の保存を州立図書館が担うことを定めている点は特筆しておく。

 さらに第8条では図書館設置者の資金面での責任が定められ、閲覧や貸出の無料提供の一方で、(レファレンス等)その他のサービスの有料化も可能としている。

 

4. おわりに ~ ドイツ図書館振興の今後

 「Bibliothek 2012」の活動は果たしてどれほどの成果を生むのか。この点については、決して楽観できるものではないと言わざるをえない。

 まず、図書館という存在を政府にアピールしていくことそのものの困難さがある。2008年7月チューリンゲン州でドイツ初の図書館法が制定された(11)が、これに続く自治体が現れる可能性は、今後十分にあるだろう。しかし、図書館のための予算を十分に確保し続けることができるかという点については、図書館関係者のたゆまぬ努力にかかっていると言わざるをえない。

 また、BIDの本質的な問題もある。自由を重んじる連邦国家ドイツで、統一的な行動をとり図書館の基盤を強めていこうとするBIDの活動には、批判もないわけではない。また、実態としてより大きな影響力を持つDBVやDNB(参加団体であるDBVのメンバーという位置づけになる)等といかに連携していくかという課題もある。各図書館の自主性を尊重しつつ、しかもより強力な図書館振興策を打ち出していくにはどうするべきか、BIDの手腕が問われるところであろう。

 とはいえ、抽象的なコンセプトの段階にとどまっていた「Bibliothek 2007」を、イメージ・パンフレット、図書館指標、図書館法ひな型へと発展させた「Bibliothek 2012」の活動は、その迅速性、具体性、現実性という点において、学ぶところが多いものと言えよう。2009年1月の最終版出版を待ちつつ今後を見守りたい。

 本稿の執筆にあたっては、BIDの職員であるHelmut Rosner氏、またBIDの参加団体であるゲーテ・インスティトゥートの支部東京文化ドイツセンター図書館長Christel Mahnke氏から多くの助言をいただくことができた。この場を借りてお礼を申し上げたい。

総務部人事課:伊藤 白(いとう ましろ)

 

(1) Bibliothek & Information Deutschland. “21 gute Gründe für gute Bibliotheken”.
http://www.bideutschland.de/deutsch/aktuelles/?news=27, (accessed 2008-12-01).
なおパンフレットに関しては翻訳が以下に掲載される予定である。
[京都大学大学院独文研究室]研究報告. 2008, (22). (2008年12月刊行予定).

(2) この点に関しては以下の文献に詳しい。
酒井由紀子ほか編. ドイツにおける学術情報流通: 分散とネットワーク. 日本図書館協会, 2008, 259p.

(3) Bibliothek & Information Deutschland. “Satzung”.
http://www.bideutschland.de/deutsch/organisation/, (accessed 2008-12-01).

(4) 渡邉斉志. ドイツにおける図書館振興と国立図書館. 情報の科学と技術. 2007, 57(11), p. 536-541.

(5) Bertelsmann Stiftung. Bibliothek 2007: Internationale Best-Practice-Recherche. 2004. 99p.
http://www.bideutschland.de/download/file/bibliothek_2007/best_practice_recherche.pdf, (accessed 2008-12-01).

(6) Beger, Gabriele. et al. Bibliothek 2007: Strategiekonzept. Bertelsmann Stiftung. 2004. 40p.
http://www.bideutschland.de/download/file/bibliothek_2007/strategiekonzept_langfassung.pdf, (accessed 2008-12-01).

(7) Hasiewicz, Christian. et al. Projekt „Bibliothek 2007“: Evaluationsbericht. Bertelsmann Stiftung. 2006, 14p.
http://www.bideutschland.de/download/file/bibliothek_2007/Evaluationsbericht-25-10-20062.pdf, (accessed 2008-12-01).

(8) Deutscher Bundestag. Schlussbericht: der Enquete-Kommission „Kultur in Deutschland“. 2007, 509p.
http://dip21.bundestag.de/dip21/btd/16/070/1607000.pdf, (accessed 2008-12-01).

(9) 「Bibliothek 2012」の初期の活動については BID erarbeitet Strategiepapier „Bibliotheken 2012“. Bibliotheksdienst. 2007, 41(8), p. 870.
„Bibliothek 2012“. Bibliotheksdienst. 2007, 41(11), p. 1105. を参照。

(10) 2008年11月現在アクセス不可能。この版と比較すると9月稿は、重複を避けて21の理由のうち2つがほぼ完全に書き改められているほか、表現の点で全体的な変更がある。

(11) Landesverband Thüringen im Deutschen Bibliotheksverband. “Bibliotheksgesetz in Thüringen”. Deutscher Bibliotheksverband.
http://www.bibliotheksverband.de/lv-thueringen/bibliotheksgesetz.html, (accessed 2008-12-01).

 


伊藤白. 「Bibliothek 2012」:ドイツの図書館振興の現在. カレントアウェアネス. 2008, (298), p.17-20.
http://current.ndl.go.jp/ca1679