CA1500 – 英国「国民のネットワーク」の成果と今後 / 橋詰秋子

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カレントアウェアネス
No.277 2003.09.20

 

CA1500

 

英国「国民のネットワーク」の成果と今後

 

 情報化社会における”新しい図書館”の構築を目指し,英国の公共図書館を電子化・ネットワーク化している「国民のネットワーク(People’s Network)」プロジェクト(詳細はCA1394参照)は,公共図書館の利用にどのような影響をもたらしているのだろうか。当初の計画期限であった2002年末を迎えるにあたって,プロジェクトを主導する博物館・文書館・図書館国家評議会(Council for Museums, Archives and Libraries: Resource)は2002年10月に全国の図書館行政庁を対象とした調査を行い,2003年1月にその調査報告書『国民のネットワーク:公共図書館の転換点第一次調査報告(People’s Network: A turning point for public libraries – First Findings)』(E054参照)を発表した。

 この報告書によると,「国民のネットワーク」が推進する公共図書館へのインターネット端末の設置とそれを用いたサービスは,図書館行政庁の作成する年次図書館計画に組み込まれるなど,新たな図書館サービスとして定着していた。2002年11月の時点で,18,578台のインターネット端末が公共図書館で提供され,約2,000館が2Mbps以上の,約200館が10Mbps以上のブロードバンドと接続していた。また「国民のネットワーク」を通して提供されるインターネットアクセス時間は12月までの一年間で約6,800万時間にも達すると予測されている。当初の目標(約4,000の図書館に30,000台の端末を設置)には達していないものの,同書においてResourceは,「国民のネットワーク」は英国各地で”静かな革命”を起こし,利用者に積極的かつ有益なインパクトを与えていると高く評価している。この報告書には今後の資金獲得のねらいがあるとみられるが,同プロジェクトの成果を知る上でも興味深い。以下,その概要を紹介する。

 調査の結果,「国民のネットワーク」のサービスは小学生から高齢者まで幅広く利用され,コンピュータをほとんどあるいは全く使ったことのない人々を公共図書館に引きつける要因となっていた。「国民のネットワーク」は,特に,家庭にインターネットを導入することが困難な低所得者層から歓迎されていた。報告書では,こうした広範な利用の理由の一つとして,公共図書館は一般の人にとって他の公的教育機関よりも心理的な抵抗の少ない場所であるため,公共図書館に設置されたコンピュータには挑戦しやすいことを指摘している。

 「国民のネットワーク」サービスの実施に伴って,閲覧などの伝統的な図書館利用も緩やかな増加傾向を示していた。例えば,図書館に登録していなかった「国民のネットワーク」利用者のうち40%が新たに図書館にも登録していた。

 また,「国民のネットワーク」の利用目的は次のようにカテゴライズできた。

  • (1)学習:これまでも公共図書館は学校教育等のフォーマル・エデュケーション,個人的に行うインフォーマル・エデュケーションを支援してきたが,「国民のネットワーク」は,特に,個人の技能や知識の向上を目的としたインフォーマル・エデュケーションのために多く利用されていた。UKオンラインセンター(CA1394参照)に指定されている図書館も多く,そうした図書館はUKオンラインが提供する多様な学習講座へのアクセスポイントにもなっていた。
  • (2)就職活動:コンピュータを使った履歴書の作成やインターネットによる職探しなど,公共図書館の端末を使って就職活動をする人が多く見受けられた。図書館が開催した講習会で得た資格によって仕事が見つかった人の例も報告されている。
  • (3)個人的なやりとり:電子メールで遠く離れた親戚や友人とやりとりをする利用者が非常に多く見られた。英国を訪れている観光客などの利用もあった。

 その他,(4)地域活動,(5)低所得者や障害者等の人々の社会的包摂(social inclusion)の促進,(6)レクリエーション,のための利用もなされていた。

 しかし,プロジェクト実施の礎となる資金には問題もあるようだ。同書は,「国民のネットワーク」にはこの3年間で宝くじ基金から1億2,000万ポンドが出資されたものの,より実際的な成果を得るためには更なる資金が必要であり,プロジェクトの資金調達は転換期を迎えていると述べている。実際,自治体監査委員会が昨年発表した公共図書館の現状に関するレポートでは公共図書館にあるコンピュータの古さが指摘されているが,端末のリプレースには今まで以上に資金が必要であり,そのためには新たな資金源の発掘が不可欠であるという。

 

「国民のネットワーク」の今後

 以上のような結果を踏まえ,同書では,プロジェクトの今後の課題として,質の高い多様なデジタルコンテンツの提供とそれに基づいたサービスの構築を挙げている。一方,文化・メディア・スポーツ省は,2003年2月に発表した公共図書館サービスの戦略ビジョン『将来への枠組み(Framework for the Future)』(E056参照)において,「国民のネットワーク」が国家的な情報政策の中で果たしている役割を評価し,今後の活動に関してはResourceが各地の図書館行政庁と議論を重ねていると言及している。また今後は,これまでの成果に基づいて,オンライン上にコンテンツ,学習支援サービス,コミュニティを構築するための戦略策定へ重心を移すことになるだろうとしている。

 1998年に発表されプロジェクトの礎となった報告書『新しい図書館:国民のネットワーク』(CA1181参照)では,”新しい図書館”は3つのストランド(より糸)で編まれる,つまり(1)ネットワークの構築,(2)図書館職員の情報技能研修,(3)コンテンツの開発から成るとされていた。「国民のネットワーク」のホームページによると,現在プロジェクトはその活動を第2フェーズと呼ばれる新たな段階へと移行させ,「国民のネットワーク」を図書館外の様々な場所でも利用できるサービスへ展開しようとしている。この第2フェーズは,(1)「国民のネットワーク」を国家規模のオンラインサービスとするためのプロトタイプの開発と(2)それを構成する具体的なサービスの充実という2つのストランドから成っており,後者については,既に,読書促進に焦点をあてた様々なサービスが英国読書協会などの関係諸機関と共同で行われている(CA1498参照)。

 「国民のネットワーク」はインフラ整備という初期段階を終え,サービスの定着を目指した次なるステップへ進んでいる。今後の展開にも注目していきたい。

関西館事業部図書館協力課:橋詰 秋子(はしづめあきこ)

 

Ref.

Brophy, Peter. The People’s Network: A turning point for public libraries -First Findings. resource, 2003, 21p.

DCMS. Framework for the Future : Libraries, Learning and Information in the Next Decade. DCMS, 2003, 59p.

People’s Network. (online), available from < http://www.peoplesnetwork.gov.uk/ >, (accessed 2003-05-21).

英国図書館情報委員会情報技術ワーキンググループ. 新しい図書館:市民のネットワーク.東京, 日本図書館協会, 2001, 131p.

 


橋詰秋子. 英国「国民のネットワーク」の成果と今後. カレントアウェアネス. 2003, (277), p.2-3.
http://current.ndl.go.jp/ca1500