カレントアウェアネス
No.272 2002.06.20
CA1463
EAJRS回顧と展望−今後への指標として−
日本資料専門家欧州協会(European Association of Japanese Resource Specialists: EAJRS)は,欧州域内の日本研究機関間の情報交換および日本からの情報入手促進普及の目的で1989年に創設された。毎年1回,主に9月下旬か10月初旬に開催される年次会議は昨年までで12回を数える。この他の活動としては,年2回(春・秋)のニュースレター発行があり,現在までに8号が刊行された。また,『欧州日本研究資料所蔵総合目録(仮称:未刊)』プロジェクトへの協力,文部省学術情報センターNACSIS(現NII:国立情報学研究所)との間で「英国CATプロジェクト」開始(1991年:後述),ボン大学・ドイツ日本研究所共催「欧州における琉球の文化と歴史」特別セッション(1994年次会議中),国立国会図書館・国際文化会館・国際交流基金共催による「日本研究専門司書研修」(1997-2001毎年実施)への参加およびそのフィードバック,『欧州における日本関係図書館(仮称)』刊行プロジェクト,外部関連機関との協同活動や参加機関による連絡会議発足等々,有機的広がりを持つ活動を促進している。
参加は,主として欧州内で日本研究を行っている大学等研究機関の附属図書館の司書,日本関係コレクションを擁する博物館のキュレーターもしくは研究員,日本研究資料を必要とする研究者,および日本資料・情報を発信する側にある図書館,研究所の担当者である。ただ参加資格は特に定めず,欧州域外であってもEAJRSの会議に興味を持つ者,あるいは発表することで日本研究情報提供の一つになり得ると判断された論文も基本的に受理されてきた。発表言語は日本語もしくは英語。ただしあくまでも「欧州会議」であることから,日本語での発表には英文抄録の提出が期待されている。
これまで,オックスフォード大学図書館,ケンブリッジ大学図書館,英国図書館,ハイデルベルク大学図書館,ベルリン国立図書館,パリ日本文化会館,フランス国立図書館,ストックホルム東洋図書館,サンクト・ペテルスブルク東洋研究所,北欧アジア研究所,ローマ日本文化会館等,欧州全域の多様な機関からの参加を得ている。また,米国議会図書館,カリフォルニア大学バークレー校図書館,ピッツバーグ大学図書館等,アメリカにおける日本研究の進んだ機関からの参加や,国立国会図書館を始め,外務省外交史料館,国際日本文化研究センター,国立情報学研究所,国文学研究資料館等,日本研究学術資料の欧州への流通・提供に熱心な日本の多くの機関の参加も得てきた。
EAJRSの参加リストに登録されている会員数は約250名,年次会議への出席者数は約50名前後と,学会としては小規模と呼ぶべきではあるが,参加機関が国際的かつバラエティに富んでおり,参加者の関心が「日本研究資料」に特化されているという点では,他にあまり類を見ない。
EAJRS12年の歴史は,3人の議長(任期3年)および図書館や情報を取り巻く環境の変化により,3期に分割することが可能である。
第I期は1989年から1995年。初代議長G. ダニエルズ(シェフィールド大学教授)および第2代議長M. フォラー(ライデン国立民族博物館)の第1任期に相当する。各国からの参加者がそれぞれの所蔵コレクションを披瀝し合い,特に当時は日本国外からのアクセスが極めて難しかった日本関係情報・資料にどのように渡りをつけるか,相互の現状を照らし合わせ情報を交換していた時期である。同時にこの頃は「目録・資料の電子化」黎明期でもあった。インターネットという言葉が,まだ実際の業務からは遠く,その意味で夢のようにしか思われなかった時代である。同じく当時立ち上がったばかりのNACSISとイギリスとの間で「英国CATプロジェクト」が緒に付いた(1)。日本の学術資料総合目録オンライン版NACSIS-CATに,日本語および日本関連の学術資料を所蔵するイギリスの図書館がオンラインで登録を行う。当時の日本国外のコンピュータは日本語を表示する2バイト文字を受け付けず,そのため日本語資料の管理は別途データベース化するか,カード検索のみで利用するのが通常であった。書誌情報(特に人名ヨミ,出版年)の確認作業もツール類が高価で購入できないケースが多いため(2),日本国内の図書館では想像もつかないような面倒が発生する。NACSIS-CATを導入できれば,電子化された書誌情報を容易に入手でき,これに基づいて自館の電子化が促進される。日本側からは,海外にある日本関係資料の分布状況が一覧できる。他の欧州諸国の司書も大きな期待をもってその成り行きに瞠目した。
第II期はEAJRS成長期ということができよう。2期目の議長を務めたM.フォラーの個性発露と言うべきか,EAJRSは学会というより「サロン」と呼ぶに相応しいような,現在まで続く独特の家庭的な雰囲気が醸成された。この人的ネットワークに基づき,参加者や機関の間で独自の交流が行われた例もいくつか耳にした(3)。資料の電子化,インターネット活用が本格化した頃でもあり,『雑誌記事索引』冊子体刊行中止を巡っては,1995年にEAJRSが抗議文を採択,これに対して1996年,国立国会図書館から丁寧な説明とヒアリングを受けるということもあった。先述の「英国CATプロジェクト」も,ストックホルム大学,チューリッヒ大学,ハイデルベルク大学,デューイスブルク大学,ルーバン大学等といったEAJRS参加機関の間で着実に広がりを見せた。
第III期はEAJRS東漸期とでも呼ぶべきか。前述した「サロン」的性格を残しつつ,第3代議長P. パンツァーの主導の下,1999年クラカウ(ポーランド),2000年プラハ(チェコ),2001年ブラティスラバ(スロバキア)と,すべて旧東欧諸国で会議が開催された。当該地域は日本研究については”後進”とされ,日本関係コレクションも潤沢とは言い難い状況であるものの,それゆえに未見・埋もれた資料やそれらの研究者の存在が予想されるため,今後も注目を続けるとともに当該地域からの参加も期待したい。また,パンツァー議長になってから,日本からの参加者が日本語のみで発表するケースが増加した。これも「東漸」の一つの現れと言えるかも知れないが,日本資料が主題であれ日本語が会議の支配言語になりつつあることに,非日本語話者の参加者から批判が強まっていることも確かである。
今後の展望
資料電子化技術はこの12年間で飛躍的に向上した。今後は各機関の所蔵コレクションをいかに外部から利用可能にするかが課題となる。しかしこれは各親機関の予算および運営方針に深く関係し,日本資料所蔵部門のみでは対応が困難なうえ,折からの緊縮財政もあってかこれまで目立った報告はなされていない。財政難については日本関係部門の統合整理・縮小廃止という深刻な事態も発生しており,参加機関のいくつかは残念ながら消滅してしまった。日本への関心低下は,経済状況の悪化のみならず,日本からの文化的情報発信の欠如にも起因する。海外からのアクセシビリティ向上が更に求められる。
参加機関間にセグリゲーションの兆候が見えてきたことも問題であろう。英・独という,欧州における日本研究先進地域からの参加・発表が近年漸減していることは憂慮に値する。欧州という限られた地域の,日本研究というさらに限られた域内にあってさえ,情報格差やセグリゲーションが発生してしまうのは時代の流れに逆行している。一方でEAJRS議事録はこれまでほとんど発行されておらず,発表者のモチベーション低下に責を負っていることも事実である。本年9月の会議では,滞っていたこれまでの議事録を有機的に統合して出版する計画が公表される予定であるので期待したい。
セグリゲーションについてもう1点,先述の会議言語であるが,近年特に日本からの参加者が日本語のみで発表し,レジュメもほぼ日本語というケースが増えている。厳密に言えばこれはEAJRS運営原則(4)に抵触する行為である。残念ながら日本語は,欧州での会議共通言語とするには様々な問題がある。この点につき再度明確にされる必要がある。
さらにもう1点,司書系参加者からしばしば「日本研究者はEAJRSではなくEAJS(European Association for Japanese Studies: ヨーロッパ日本研究協会)(5)などの日本研究者専門の会議で発表するべきでは」との批判が,表立ってではないが吐露される。司書向け分科会を設けてはとの提案が,既に5,6年前から数度提出されている。前議長M.フォラーはこれに対し,EAJRSの設立の趣旨(6)に反するとして一蹴,現議長もこれに同意している。小規模であるがユニークなEAJRSの”raison d’etre”として,この点は保持されるべきであると管見する。
もし日本の図書館界からEAJRSに対してご協力をお願いできるなら,例えば重複図書をご寄贈いただくというのはいかがであろうか。送料や関税など経費の問題があるが,例えば所在地の欧州(に限らなくても良いのだが,EAJRSの立場としてはやはりこちら)の姉妹都市協力プロジェクトに組み入れていただく等,何か手段はあるようにも思われる。実はこうした重複・除籍図書の欧州への寄贈,という提案も,過去のEAJRSで発表されている。EAJRSがその交流窓口となれるはず,とのご指名をいただいたものの,こちらも予算の問題があるため企画が宙に浮いている。ご意見ご提案などお寄せいただければ幸いである。
ルーバン・カトリック大学:松江 万里子(まつえまりこ)
(1)詳細は『学術情報センター紀要』第8号(1996年3月)を参照。なお,[http://www.nii.ac.jp/rd/bulletin/no8/cont-j.html](last access 2002.4.30)で要旨が閲覧できる。
(2)欧州の日本資料所蔵機関は基本的に小規模である。大学図書館や国立博物館等であっても,外国語図書は別枠の予算になるため,対象となる予算額は極めて限られ,円高や送料等の問題もあり厳しい状況を強いられる。このためツールよりも利用者向け図書購入を優先せざるを得ないのである。
(3)本文の冒頭に記した活動の他,「ドイツ語圏日本研究図書館連絡会議」の発足,サンクトペテルスブルク東洋研究所日本関係シンポジウム開催,ライデン・ルーバン日本資料補足交換,等が挙げられる。
(4)あくまでも「欧州会議」である,ということ。
[http://akira.arts.kuleuven.ac.be/EAJRS/main/back-e.html](last access 2002.4.30)を参照。
(5)EAJRSはそもそも,3年に1度開催されるEAJSの1部門が独立して毎年開催になったという経緯を持つ。英語略称が極めて似ているので混同されることも少なくない。EAJSの方は,3年に1度の開催であるということと,日本研究の全ての分野を網羅していることもあって,数百人規模の大がかりな学会であり,各部門毎の横の交流はほとんどないこと,などが違いとして挙げられる。詳しくは[http://www.eajs.org/](last access 2002.4.30)を参照。
(6)EAJRSは,日本資料に関心を持つ全ての人々に開かれた会議であるべきで,発表や情報は共有を旨とする,というもの。特に司書の関心が集まる話題を議論したい場合は,希望者がSpecial workshopを企画すればよい,とされる。
(編集注)
松江氏は,EAJRS前事務局兼ウェブ管理者。1996年から2001年までEAJRS事務局:セクレタリー及びウェブサイト(http://www.eajrs.org)のデザイン・保守業務を兼務された。2002年以降もウェブ管理者は継続中である。
松江万里子. EAJRS回顧と展望−今後への指標として−. カレントアウェアネス. 2002, (272), p.9-11.
http://current.ndl.go.jp/ca1463