CA1340 – 南アフリカ国立図書館におけるマーケティング活動の試み / 柳与志夫

カレントアウェアネス
No.252 2000.08.20


CA1340

南アフリカ国立図書館におけるマーケティング活動の試み

図書館におけるマーケティング活動は,英米を中心に1980年代初頭から始まり,早くも1988年にはユネスコが図書館マーケティングのガイドラインを出すまでになるが,他の非営利組織,例えばすでに1970年代から活発に導入されていた病院や大学に比べると,かなり遅い取組みと言えよう。その背景には,財務危機の深刻さの違いや図書館員のメンタリティなど様々な要因が挙げられようが,その後の状況の変化もあり,1990年代初頭の英国では,調査した全国の図書館行政庁(各地域で公共図書館の管理・運営を担当する地方自治体)の40%以上にマーケティングの専任担当者あるいは担当チームが置かれるまでに至っている。英国図書館文献供給センター(BLDSC)のマーケティングマネージャーが度々来日しているのは周知のことであろう。

しかし,マーケティングがこれほど図書館の現場に普及しているわりには,理論の紹介に比べて,それが実際にどのように行われているかの報告は,あまり明らかになっていない。その理由の一つとしては,図書館の予算・人員等の規模から考えて,企業が行う本格的マーケティング(マーケティング計画に基づいて多くの経営資源を投入する)ではなく,一般の図書館ではマーケティング担当者を中心とする日常的なマーケティング(的)活動がその大部分を占めることによるのではないかと推察される。その意味で,以下に紹介する南アフリカ国立図書館(プレトリア図書館)の組織の紹介を含めた実践報告は,その内容がプロモーションにほとんど限られるとはいえ,貴重なものと考えられる。

南アフリカ共和国には,歴史的経緯からプレトリア図書館とケープタウンにある南アフリカ国立図書館の二つの国立図書館があり,国立図書館法により機能を分担している。両方とも納本図書館であることに変わりはないが,ケープタウンは資料保存とそれに基づく情報サービス,プレトリアは全国的な情報資源の活用を目指した図書館ネットワークセンターとしての役割を果たしている。

プレトリア図書館の具体的機能としては,全国書誌作成と書誌コントロール,全国図書館間貸出制度の運営,蔵書に基づく情報サービス,全国的・国際的資料交換センター,専門職の訓練,全国的図書館協力の企画・調整などがあげられる。マーケティング活動はその一環として実施され,担当部門として管理部マーケティング課が設置されている。同課の任務は,他部門で行うマーケティング計画作りの支援,市場調査,ニーズに合わせた製品・サービス開発の支援及び国立図書館全体のイメージ向上である。ここでいう「製品」には,全国書誌,雑誌記事索引,全国出版社ディレクトリなど,「サービス」としては,全国図書館間貸出,外国政府刊行物提供サービス,国内資料交換センターなどが挙げられている。

マーケティングの対象は主に図書館(員)であるが,同課では対象を六つの市場セグメント(営利組織,非営利組織,中央政府,地方政府,各種図書館,個人)とさらにその下位の32のセグメントに分けて,それぞれがどのような製品・サービスの対象となっているかを分析し,その特性に応じたマーケティング活動(主にプロモーション)を行ってきた。

1997-98年になって,マーケティング課では南アフリカ図書館界の状況も考慮して,特に市立図書館に標的を絞った「ロードショー計画」(各地を巡回するマーケティング活動)をつくることになった。その対象は,国内9州のうち5州の386図書館であり,プレトリア図書館の製品・サービスへの理解と利用促進を目的としたプロモーション活動が計画の中心である。用意された予算は,4万ランド(600万円強)であった(97-98年)。

個別の図書館を回るのは不可能なので,三人一組の職員チームが,州図書館庁のアレンジした地区ごとの図書館員とのミーティングに出席し,それぞれの役割分担に応じたプレゼンテーションを行った。そこでは,ワンストップ情報ショップ(そこにアクセスしさえすれば,ほしい情報が一度ですべて得られる場所)としての国立図書館のイメージを強調し,あわせて同図書館の製品の小展示会も行った。また,パンフレット類はすぐ捨てられてしまうので,その代わりにポスターを配布することにした。

会場ですべての製品・サービスを提示するのではなく,効果を考えて外国政府刊行物サービスなど幾つかのものに絞って,スライドを使いながら45分間の説明を行った。こうしたプレゼンテーションを行うため,担当職員は10日間程度の訓練を受けている。

1997年7月から98年2月までの間に,結局15の図書館を訪問し,260人の公共図書館員の参加があった。それは公共図書館職員にとって,国立図書館職員との意見交換の場にもなったのである。その結果,当初目標としていた,国内第一の情報提供者としてのプレトリア図書館のイメージ提示に対しては,参加者の確実な反応があり,その後同図書館見学ツアーが公共図書館員によって自主的に組織されたほどであった。この活動を通じて同図書館の職員もこれまでのサービスの問題点を認識し,逆に他の図書館では不可能なサービスが提供可能であることをアピールすることもできたのである。要するに,プレトリア図書館は,公共図書館という市場セグメントに対する他の機関との差別化の糸口をつかんだと言えよう。このロードショー計画は,1998-99年度も続けられた。

以上のように,このロードショー計画自体は,マーケティングといってもほとんどプロモーションに限られたもの(製品開発や価格政策,流通戦略などを含まない)であるが,国立図書館としての組織的な取組みは,大いに他の図書館の参考になると思われる。

柳 与志夫(やなぎよしお)

Ref:Hendrikz,Francois.Marketing a national library:practical experiences from the State Library of South Africa.Alexandria 10(3) 179-190, 1998.