CA1276 – 検閲と資料選択−アメリカ・南カリフォルニアの公共図書館における実態調査− / 佐藤毅彦

カレントアウェアネス
No.241 1999.09.20


CA1276

検閲と資料選択
−アメリカ・南カリフォルニアの公共図書館における実態調査−

「検閲を是認する図書館員はいないが,検閲を行ったことのない図書館員もいない。」図書館では,様々な場面で資料選択の必要に迫られる。この選択の過程に「検閲」が入り込む可能性は,否定できない。

資料選択と検閲との違いは,「資料選択においては,資料が持つ価値,力といったものを資料全体から判断し,検閲においては,『不愉快な』引用を,些細な個所からあげつらう。資料選択では読者の読む権利を保護しようとし,検閲では,資料が読者に及ぼすと想像される影響から読者を保護しようとする」といわれる。

では図書館の現場では,資料選択が実際どのように行われているのか。1996年春に,アメリカ・南カリフォルニアにある公共図書館のうち5館を対象に行われた調査では,図書館職員への面接によって,資料選択の実際,地域社会が図書館に及ぼす影響,各図書館が定めた選書方針の実効性についての把握が試みられた。以下,主な調査結果を紹介する。

選書方針

5館のうち4館が文書化された選書方針を持っていた。いずれも,ALAの「図書館の権利宣言」や「読書の自由声明」に準拠している。しかし,実務で選書方針に言及されることは稀だった。これらの方針は包括的,観念的で,実用的ではないという理由による。

選択プロセスにおける外部情報源の利用

5館すべてが書籍販売業者であるベーカー・アンド・テイラー社(Baker & Taylor, Inc.)のサービスを利用している。このサービスは,同社の推薦図書を紹介するもので,ベストセラー出版物が通常より短時間で入手できる。

ある図書館員は,このサービスを利用すれば,購入するのが当然な資料については,購入のための手間を節約でき,その分図書館の蔵書構成,欠本補充,利用者へのサービス充実のための研究に時間を割くことができると肯定的な評価をする。しかし,外部情報源に依存する資料選択は,知的自由を保護する機関の職員としての図書館員を,その職務から排斥することになりはしないだろうか。また,書籍商は,多くの図書館や地域を営業の対象とするので,いきおい物議をかもさない資料だけを推薦リストに掲載する可能性はないだろうか。

論争的な資料

それでは,「論争的な」資料の選択はどのように行われているのか。各館が定める選書方針は,論争的な資料であっても,他の資料と同様に扱うよう強調する。しかし,実際には図書館員は,論争的な資料や論争的な問題を扱う資料については,格別の注意を払っている。

多くの選書担当者は,複数の書評を参照し,抗議がある場合には,説明に際して自らが信頼する書評を後ろ盾にする。図書館員によっては,資料が論争的で書評の評価が錯綜しているときには,購入を見送っている。

こうした対応に加えて予算的制約が購入を妨げることもある。図書館員は,広い観点から資料を収集する必要性を認識してはいるが,選択の際の優先順位を「地域」の要求に合わせる傾向がある。そうして選択された資料は,穏健な或いは保守的なものになりがちである。

利用制限

論争的な資料の利用は時に制限される。

たとえば,性行為に関する資料を,施錠されたケースに保管したり,目録に掲載しないで事務室に保管する図書館がある。

未成年者向け資料に対しては,大人向け資料以上の配慮が施される。ある図書館では,エイズ,死,同性愛,近親相姦,性教育に関する資料が,「親のための書架」に排架される。

4館が未成年者コーナーの中に「親(教師)のための書架」を設けている。この書架には通常,発音教育に関する本,子どものための文学選択に関する本,教師のための本,子どもに関する本,妊娠中の親のための本などが排架されるのだが,実は,論争的な資料のための書架をも兼ねているのである。

このような措置は,子どもの利用を制限するのに便利で,しかも利用制限の事実が目につきにくい。図書館員は,こうした措置と利用制限やラベリングとの関係を説明する義務があるはずである。

地域からの抗議と図書館員の役割

利用者からの館所蔵資料に対する抗議は,割と日常的に行われている。図書館員は知的自由の意義を説明し,多様な利用者への奉仕,多様な見解に立つ資料収集の必要性を説明する。利用者に知的自由の意義を教育することは,図書館員の重要な職務の一つである。

インタビューに応じた図書館員はすべて,利用者の抗議を非常に重要視している。利用者からの抗議は,プロとしての専門能力を向上させる格好の機会になるとして歓迎する図書館員もいる。

図書館員が知的自由の実現・確保に力を注ぎ,館の知的自由に係わる方針を適切に適用・執行し,綿密な検討を経て作成された資料選択手続きを実践することによって,知識の多様性を提供する場としての図書館を,地域が支援する状況を創り出していくのではないだろうか。

佐藤 毅彦(さとうたけひこ)

Ref: Niosi, Andrea E. An investigation of censorship and selection in Southern California public libraries: a qualitative study. Pub Libr 37 (5) 310-315, 1998
川崎良孝ほか 図書館の原則 新版:図書館における知的自由マニュアル(第5版) 日本図書館協会 1997 (図書館と自由 第15集)
齋藤憲司 マドンナSexと図書館の自由 CA881