CA1200 – ボスニア・ヘルツェゴビナ図書館復興への支援の輪 / 古賀豪

カレントアウェアネス
No.227 1998.07.20


CA1200

ボスニア・ヘルツェゴビナ図書館復興への支援の輪

最近,旧ユーゴスラビア内戦関係の映画が次々と日本でも公開され,改めてその凄惨な現実を再認識する機会が多い。内戦の担い手となった各々の民族主義過激派が,敵対する民族の血統,資産,記憶等をすべて消し去る「民族浄化」を目論んだ結果,多くの非人道的犯罪がなされたことは,我々の「記憶」に新しい。そして当然のことながら,民族の歴史文化の保存に深く関わる図書館にとって,この内戦は死活的意味を持ったのである。

サラエボにあるボスニア・ヘルツェゴビナ国立・大学図書館は,第1次世界大戦の発火点となったオーストリア皇太子暗殺事件にも登場する市のシンボルともいえる施設であるが,1992年8月にセルビア人武装勢力による攻撃を受け,4日間燃え続けた。狙撃兵の銃弾が飛びかう中での図書館員による懸命の努力にも拘わらず,15万冊の貴重書や手稿を含む蔵書約100万冊のうち消失を免れたのは1割程度に過ぎず,33,000タイトルのボスニアの定期刊行物,目録,情報システムの類もすべて消失した。

またサラエボ東洋研究所は,5,263巻にも及ぶアラビア語,ペルシア語,アルヤミアド語(aljamiado,アラビア文字で表記されたボスニア語)の手稿及び数万のオスマン帝国時代の文献を所蔵していたのだが,これらすべてを消失してしまったのである。

その他の公共図書館,大学図書館,学校図書館等も,サラエボ市立図書館が蔵書の20万冊のうち15万冊を喪失したのをはじめ,程度には差があるものの甚大な被害を受けた。またこうした蔵書以外にも,国内の資産証明書や土地登記簿をはじめとする公文書類の40%近くが消失したといわれる。

人的損害も大きい。国立・大学図書館では,戦前は100人以上いた職員が40人台になってしまったし,特に訓練を積んだ管理職や図書館学の教育者の不足が,復興への最大の障害になっている。

こうしたボスニア・ヘルツェゴビナの大惨事に対して,図書館関係者の国際的協力の下,数々の援助がなされている。財政援助としては,まずユネスコの復興計画が挙げられる。その総額50万ドルの寄附の内訳は,21万ドルのユネスコ自身の資金とフランスからの13万ドル,トルコからの10万ドル,そして民間からの6万ドルである。1993年から1996年までの間に,専門家の派遣,出版補助,医学書の購入,情報機器(11台のコンピュータ及び全国書誌のCD-ROM版とCD-ROMドライブ)の購入等に,寄附の半額が用いられた。フランスはユネスコの計画とは別に,国立・大学図書館に100万フランを寄附する約束をし,これまでにその3分の2は支払われているが,残りの約30万フランは,最近廃止されたフランス国立図書館国際貸出センター(Centre international de pret de la Bibliotheque nationale de France)の蔵書を中心,に現物供与の形で寄附されることになっている。

また国立国会図書館でも,ユネスコの要請を受けて,官庁資料のマイクロフィルム等の送付を予定している。

次に図書の寄附については,まずスロヴェニアのマリボルで,元国立・大学図書館長のピスタロ(B. Pistalo)氏が3万点近くもの寄附を集めた他,ザグレブ,リエカ,ベルリンから貴重な寄附が送付された。ウィーンのアメリカ大使館は,英語で書かれた医学書を中心に3,000点もの著作を送付した。フランスのサラエボ国立図書館復興協会(Association pour la renaissance de la Bibliotheque nationale a Sarajevo)も3,000点送付した。これらの送付の総計は8万点に及ぶと見られるが,こうしたせっかくの寄附も,破壊された建造物が修復されていないために,倉庫にしまい込まれて利用されていないのが現状である。

図書以外の現物供与では,国立ドイツ図書館から9,000メートルに及ぶ書架,サラエボ国立図書館復興協会からはコピー機,イタリアの協会からは小型トラックが提供された。

書誌作成の援助も存在する。「ボスニア書誌(Bosniaca)編纂計画」は,1995年にイエール大学,ハーバード大学,OCLCが開始したもので,3,600万件のOCLCのデータベースからボスニア・ヘルツェゴビナ関係の書誌データを拾い出し,国立・大学図書館の喪失してしまった所蔵目録に代替することを目標としている。

「ボスニア手稿収集計画(Bosnian Manuscript Ingathering Project)」は,ハーバード大学のリードルマイヤー(Andras Riedlmayer)氏を中心にアメリカとカナダの研究者が開始したもので,研究者が,東洋研究所からコピーやマイクロフィルムの形で提供を受けてきた資料の目録を作成し,最終的にはそれらを複製して現物を喪失した東洋研究所に提供する計画である。

なお,リードルマイヤー氏は内戦関係の総合的なホームページを開いて援助を呼びかけている(下記参照)。本稿で紹介できなかった援助計画も同氏のサイトに掲載されているので,興味のある方は参照されたい。

古賀 豪(こがつよし)

Ref: Gauthier, B. La bibliotheque nationale et universitaire de Sarajevo et bibliotheque bosniaques. Bull Bibl Fr 42 (6) 72-77, 1997
Libr Times Int 14(2) 17, 1997
Fighting the destruction of memory. [http://www.applicom.com/manu/ingather.htm] (last access 1998. 6. 8)