カレントアウェアネス
No.204 1996.08.20
CA1079
南アフリカに描く夢
南アフリカ共和国では,この5年間でアパルトヘイト撤廃,復興開発計画(RDP)実施,マンデラ政権成立といった歴史の大転換を乗り越え,全人種による民主社会建設という壮大なプロジェクトが試みられている。この民族融和の動きに伴い,南アの図書館サービスも新たな発展の段階を迎えている。
南アにおける図書館サービスの発展は,1928年に始まると言われる。この年,英米両国の図書館員2名がカーネギー財団によって派遣され,南アの図書館事情の調査に当たった。調査終了後には,図書館に関する全国会議が開催され,図書館サービスの展開方策に関する勧告が採択された。以来70年近くにわたり,全国的な図書館サービスの充実に向けて営々と努力が続けられてきたが,なお積み残している課題も多い。
アパルトヘイト撤廃以前の南ア図書館史は,1928〜37年,38〜61年,62年以降の3期に区切られる。
第1期には,全国的な図書館の整備・充実を目指して,図書館協会の設立,専門職教育の実施,中央政府の担当部署の創設といった制度的基盤の確立が課題とされた。
第2期になると,納本制度の確立,児童や障害者に対するサービスの充実など,個別課題が取り上げられるようになった。さらに,農村地域の図書館サービスや,大学図書館・専門図書館が急速に発展した。1960年代には,国家の教育プログラムの中での図書館の役割がクローズアップされ,1962年に開催された第2回目の全国会議では,学校を通して全ての生徒が図書館サービスを享受できるようにすること,特に非白人生徒に対するサービスを充実することを緊急の課題として勧告している。また,図書館協力のあり方が議論され,さらに,会議の勧告の実現を目的として,国家教育省の下に全国図書館諮問評議会が設立された。
今日,南ア特有の政策としては,アパルトヘイトの負の遺産を是正するために,黒人のための公共図書館が要求されている。1974年に,ヨハネスブルク公共図書館が黒人に対して門戸を開き,その後アパルトヘイトが撤廃されたとき,理論上は差別は解消したが,実際には手数料を取ることにより黒人の利用を制限していた館もあった。今後,歴史的偏見,非識字層,多文化・多言語といった障害を克服して行くことが課題とされている。
さて1994年4月に,アフリカ民族会議(ANC)はRDPを発表した。このレポートは大きな反響を呼び,当初は批判的な反応も多かったが,次第に支持を得るようになってきた。また,そのレポートに対して,政府は復興計画白書を発行した。こちらの白書の方が,政府の公式な政策となる。
RDPは経済開発を最大の課題として,黒人層の生活改善のための計画を策定しているが,南アの図書館の将来について,何か言及しているだろうか。図書館サービスは,RDPの成功にどのような寄与ができるだろうか。
「図書館」は,RDPの中で二箇所で言及されているのみである。図書館を民主化し,身近に作ってその便に供せよとなっているが,いずれも芸術文化の文脈で美術館・博物館と同列に論じられ,文化機関という認識の枠を越えられず,図書館サービスが政策優先順位のリストの下方に位置することなど,計画策定者の認識不足を明白に示している。
南北問題が一国に併存し,少なく見積もっても1700万人が最低レベルの生活水準にある以上,基本的な衣食住のニーズに目が行きがちなのもやむをえないが,図書館の社会安全及び社会福祉に対する役割も看過できないはずである。自力で自己実現を図るための情報リテラシーが強調されるならば,教育制度に奉仕する図書館は当然奨励されるべきと考えられる。また,経済の再建のために科学技術政策が必要であれば,調査機関としての図書館の存在は情報流通政策に反映されなければならないだろう。RDPでは,「情報」という単語が随所で用いられ,人種の融和と社会発展に対するその役割が強調されている。しかし情報技術に関しては,電気通信のインフラ整備に言及するのみで,ここでも具体的な情報流通体制のあり方に対する認識不足と混乱は明らかである。全人種間での活発な情報交換,流通の透明性を保障する情報政策がめざされているのであるから,出版や図書館が民主社会において市民に情報を送る責務を担うことの重要性をより深く理解されるように期待したい。また,日本の支援策がこうした点にも行き届くことが望まれる。
河合 美穂(かわいみほ)
Ref: Walker, Clare M. Dreams, policies, problems and practioners: learning to provide information for all. S Afr J Libr Inf Sci 62 (4) 117-127, 1994
Lor, P.J. RDP and LIS: an analysis of the Reconstruction and Development Programme from the perspective of library and information services. S Afr J Libr Inf Sci 62 (4) 128-135, 1994