CA1055 - 今日のゲリラは明日の政権:戦争とゲリラ文書の保存 / 小川千代子

文書館文書館といえば,文字通り文書を保存し,公開するところだ。図書館のような知名度は無いが,日本でも1987年に「公文書館法」が成立して以来,都道府県レベルの地方自治体を中心にその数は徐々に増加し,今日では31館を数えるまでになった。また,国レベルの文書館としては,国立公…

カレントアウェアネス
No.199 1996.03.20

 

CA1055

今日のゲリラは明日の政権−戦争とゲリラ文書の保存−

文書館

文書館といえば,文字通り文書を保存し,公開するところだ。図書館のような知名度は無いが,日本でも1987年に「公文書館法」が成立して以来,都道府県レベルの地方自治体を中心にその数は徐々に増加し,今日では31館を数えるまでになった。また,国レベルの文書館としては,国立公文書館(総理府),外務省外交史料館,防衛庁防衛研究所図書館などがあるし,市町村立の文書館,大学,企業など記録を保存するために資料室などの名称の下で文書館機関をおいている組織は多い。

世界の文書館の設置状況をみておこう。欧米各国には,国立はもとより日本の都道府県レベル,市町村レベルの文書館が良く整備されている。また,大学,病院,企業,宗教団体など,様々な組織の文書館が存在しており,その専門家であるアーキビストは,図書館のライブラリアンと同様,ときにはそれ以上の社会的評価を得ていることが多い。

戦争とアーカイブ−第31回ICA円卓会議−

1995年は第31回のICA円卓会議(用語解説T8参照)が,9月6日(水)から9月9日(土)までの4日間,米国ワシントンDCの国立公文書館記録管理庁新館を会場に開催された。集まったのは世界66か国およびその他ICA関係機関からの153人のアーキビストたちである。ここでは「戦争とアーカイブ」をテーマに,4回のセッションが行われた。各セッションのテーマは,第1「戦時中の記録の保護」,第2「戦後の離散記録再構築」,第3「パルチザンおよびゲリラ運動の記録化」,第4「戦後世界の国際機関とその記録の処理」といずれも第2次世界大戦後の記録保存の問題を取り上げた。

各セッションごとに設けられた質疑応答では,各国の代表から発言と意見交換が相次ぎ,世界的な関心の高さがうかがわれた。ハイライトは第3セッションで,テロリストやレジスタンス運動の記録の評価と保存への考察は,ともすれば政権担当権力者の記録保存に偏りがちであったこれまでの文書館の資料保存の在り方を見直すのに大きな刺激を与えるものであった。

今日のゲリラは明日の政権

言われてみれば当然なのだが,第3セッションで言われた「今日のゲリラは明日の政権」という言葉は,たとえば南アフリカのアフリカ民族会議(ANC)が長い苦難の道程を経て政権を獲得したことなどを象徴している。この短い言葉には,ANCをはじめ,多くの組織が非合法時代の苦難の道程を歩む中で,どれ程の記録が作成され,恐らくは密かに配布され処分されたのかということを,改めて考えさせられた。

ゲリラ記録とアーキビスト

ゲリラ運動記録を考えるには,その記録の把握と所在調査,記録保存のための,収集技術と選別基準の確立,記録の公開対象と公開時期の検討の三つの柱がある。

「アーキビストは,アーキビストとしての公的立場で,ゲリラのシンパとか支持者に対して,ゲリラ側がこれまで作成した記録を将来の参考のために保存することがいかに大切かを教育するように求めることができるし,アーキビストはゲリラのシンパに対し,秘密性の尊重を保証した上で,すべての記録は無理としても,記録の一部を寄託するよう,粘り強く交渉を重ねるべきであろう。またアーキビストは国際的な会合にも進んで出向き,自国の政府の公共記録を形成する,他国に所蔵されているゲリラ記録についても,積極的な議論を進めるべきである。」との主張があった。

ゲリラ記録のための「世界文書館」

そして,ゲリラの記録や資料のための「世界文書館」の設立の提案が行われた。アーキビストたるもの,利用者に対しては,ゲリラ側と政府側の双方について客観的な情報を提供すべきである。そのためには,証拠となる記録をきちんと選んで保存しなければならない。その様な記録保存のためには,世界文書館を設けるべきである。これは,国連の下で,何らかの国際法に則って運営する。ゲリラの記録・資料は,資料発生当局からの委託を受け,ここで保存する。そして,作成者の同意があれば,部外者が閲覧できるようにするとよい。この世界文書館は世界各地に地域支部を置き,それぞれの地域内のゲリラ記録の出所の把握と所在調査を行い,かつ記録の受入と保存を統括する責任を負うものになるのである。

むすび

日本では,現行政権の記録を公開するための情報公開法について,現在検討が進められている。旧体制の記録の保存や公開は,研究者の手により,主として研究を目的に行われている。反体制の記録は,利用どころが保存さえも,公的な機関で行えるのかどうか不明だ。その背景には,記録資料の保存・利用を担う機関である文書館とその専門家,アーキビストの社会的な認知度の低さがある。時間はかかるかもしれない。だが,あらゆる機会をとらえて,一般社会にはたらきかけ,客観的な記録の保存とその利用の確保を図るアーキビストの存在を広く,深く浸透させ,アーキビストの制度を確立する必要がある。日本の記録保存が,世界のレベルに追い付くまでには,まだ越えねばならない数多くのハードルが控えている。

国際資料研究所:小川 千代子(おがわちよこ)

Ref: Mwangi, Larry. Governments watching guerrillas - the appraisal considerations, International Conference of the Round Table on Archives, XXXI CTTRA Washington DC 6-9/09/1995; War, Archives, and the Comity of Nations; 3rd Working Session. Documenting Partisan and Guerrilla Movements.
Mwangi, Larry.小川千代子訳 政府対ゲリラ:その資料評価の考え方 藤沢市文書館紀要(19)1996.3刊行予定