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インターネットと言論の自由
1995年6月,アメリカで民主党上院議員の提出した「情報通信品位条項」(エクソン法案)が上院を通過した。これは,18才以下の子供たちでもアクセス可能なコンピュータネットワークに猥褻情報を送った者に10万ドル以下の罰金及び懲役2年以下の罰則を課すというもので,インターネット上のポルノグラフィ情報をその主な対象とするものであり,言論の自由を主張する人々との間に,大きな論争を巻き起こした。
これに先立ち,1994年アメリカのカーネギー・メロン大学でも同じような騒動が起こっている。1994年11月初め,カーネギー・メロン大学は,「猥褻な文書を提供している」として,学内にある15のインターネット上の討論グループおよび電子掲示板システム(BBS:用語解説T3参照)のグラフィックファイルへのアクセスを封鎖すると発表し,これに反対する教授や学生との間に論争が起こった。事の発端は,ポルノグラフィ研究者であるマーチン・リム(Martin Rimm)が大学のコンピュータ上に91万7千枚ものポルノ画像を蓄積し,インターネット上に公開したことで,これらの画像はリムが数えたところでは,640万回もダウンロードされていた。これらの画像の大部分は成人向けBBSから取り込んだものである。ちなみに,こうしたBBSサービスは何千もあって,大抵月額10〜30ドルの料金をとっている。
大学のとった措置について,副教務事務長スタインバーグ(Erwin Steinberg)は次のように理由を述べている。「18才以下の人間もアクセスできると知りながらこれを許せば,学校はポルノグラフィを未成年者に配ったと告発される。小学生位の子供でも大学のネットワークに接続して使うことができるのだから。」
これに対し教授会は全会一致で電子掲示板の再インストールを大学側に要求した。その一人でコンピュータ科学研究者であるトゥルツキー(David Touretzky)は「今回の出来事の影響で学問の自由を損なう危険がないか心配」と述べ,禁止対象の掲示板の大部分はそれほど害のあるものではなく,ポルノ的と決めつけるべきではないと主張した。学生側もこれに同意し,大学側は詳しい調査も行わず今回の措置をとっており,これは最悪の形の検閲であると非難し,様々な対抗措置をとった。
コンピュータ・コンサルタントのフィンケルスタイン(Seth Finkelstein)は,「これは憲法修正第1条(米議会が宗教・言論・集会・請願などの自由に干渉することを禁じた条項)の原則をコンピュータに適用するかどうかの問題で,また現在国中で論議されている問題でもある」と言う。実際,これまでにも,大学生が電子メールで大統領を脅迫して刑事罰を受けたり,女子学生がオンライン上でセクシャル・ハラスメントを受ける等インターネット上における事件が増えつつあり,ネット上の言論の自由に関する論争も,それに伴い増え続けている。このような事件の起きる背景について,Computer Ethics(2nd ed. Englewood Clifts, Prentice-Hall, 1994. 181p)の著者ジョンソン(Deborah G. Johnson)は,コンピュータ通信の“匿名性”が原因の一つであると指摘する。
このような事件の起こっている現実を直視しこれに歯止めをかけるべきであるとする立場から,グリーンズボロカレッジの科学技術倫理センター長のミラッソ(G. Tom Milazzo)は,「大学は自分達のコンピュータを通じて送信される不穏当な行為の影響についてもっと理解すべきだ。もし何らかの倫理基準がなければ混乱した無秩序状態に陥ってしまう」と警告する。
だが学生や一部の人々は,オンラインによるいやがらせ等の不穏当な行為といえども,検閲やネットワーク資源へのアクセス拒否を正当化できないと主張する。また,今のインターネットの状況ではどのような監視や検閲も,ポルノ情報を含む通信を止めさせてしまうということはできないだろうという事を多くの人が認めている。
冒頭に述べたように,インターネットと言論の自由に関する論争は今も続いている。エクソン法案に対しては,大人同士の通信まで規制の対象になりかねず,しかも子供をポルノから守る実効性に欠けた,言論の自由を侵す憲法違反の法案であるといった批判が集中した。しかしこの論争の中,ポルノ対策ソフトの開発が行われる等,一般にこの問題に対する意識が高まってきたのも確かである。
ポルノだけでなく「爆弾の作り方のすべて」といった反社会的な情報にどう対応するのか,また国境を越えてくる情報に対してどのような法規制ができるのか等,論じられなければならない問題は他にもいくつもある。近年日本にも非常な勢いでインターネットが普及しつつあり,早晩同じような問題が我が国にも起きることが予想される。アメリカの動向を今後も注視していくべきであろう。
市川 牧(いちかわまき)
Ref: Newsletter on Intellectual Freedom 44 (2) 29, 57-58, 1995
CAPE-X 1995. 10
Newsweek 1995. 7. 12ほか