1.1.2 図書館における「民営化」

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獨協大学 経済学部 井上 靖代(いのうえ やすよ)

(1) 背景

 1990年代は、アメリカで全国的に公立公共図書館の運営財源の大幅な削減がおこなわれた。これは全米の景気後退を受け、図書館運営資金、特に地域の不動産(固定資産)の税割合にもとづく図書館税収入や地域で決定する直接税としての図書館税収入の減少の影響である。図書館の設立時期が古く、図書館運営歴の長いウースター図書館(マサチューセッツ州、市の人口17万人)が、1990年に6つの地域館すべてを閉鎖して以降、全米で閉鎖される図書館が急増した。ネヴァダ州では州立図書館の資料費が1992年に15万3千ドルから1993年にはゼロとなるなど、各地で閉鎖ないしは資料費などの運営費が大幅削減を迫られた時期にあたる。

 議会図書館が印刷目録カード作成の集中作業をしているものの、90年代以前にはまだアメリカの図書館では分類目録作業は自館でおこなうのが一般的であった。特に大学図書館ではビブリオグラファーと呼ばれるそれぞれ専門分野に強い司書が資料組織化とレファレンスを受け持っていた。ところが、アメリカ社会の緊縮財政の中、こういった専門司書を雇用できない中小規模の大学図書館がOCLCの業務拡大とともに目録業務を外部委託する方向に転換していった。さらに、この図書館不況期に公立公共図書館は、地域ネットワーク内で資料組織化を共同実施し、積極的に資料の相互利用をはかろうとするアウトソーシングの方向に転換していった。

 現在ではアメリカ経済が好転し、2003年~2005年には図書館運営費が削減される図書館は減少している。

 例えば、利用対象者数が50万人以上と25万人以下の公立図書館では図書館費の減少が大きいものの、多くの図書館では運営資金が増加したと回答している(資料費;22.5%増,人件費;16.4%増,電子的アクセス;11.3%増,開館時間;5%増)。しかし、西部および中西部では財源が減少した図書館が多いとされ、地域格差の問題は依然として存在している(資料費;68.3%減,人件費;41.6%減,電子的アクセス;24.6%減,開館時間;12.6%減)(1)

 全体としては財政緊縮という面からアウトソーシングや民営化を推進するというよりも、資料のネットワーク化や専門職司書の高齢化による減少などに対応するために、一部業務委託する図書館が増加している。アメリカの図書館は民営にゆだねるのか、地域図書館ネットワークで集中作業する形にするのかの判断が迫られている。なかには、運営すべてを民営にゆだねる図書館も登場している。

(2) アメリカ図書館協会の対応

 このような動きに対して、アメリカ図書館協会(ALA)では1999年冬季会議(ALA Policy 52.7)を始めとして、2000年と2001年の年次大会においても、アウトソーシングと民営化に関する政策および決議を公表している(2)。さらに、ALAはその長期計画「LibraryAhead 2010」の中で、アウトソーシングと民営化についての行動計画をたてている(3)

 ALAはアウトソーシングや民営化に反対する立場をとり、図書館活動の使命を再確認している。理事会(Executive Board)は、どの図書館においても、何が核となる図書館サービス活動かを判断することは難しい、あるいは不可能であるが、図書館は公共善(public good)のために存在しており、公的資金で成立している図書館を民営化する政策に転換していくべきではないとしている。2001年のALAサンフランシスコ大会において、公共図書館が民間の営利団体にゆだねられることに反対することを決議している(4)

(3) 公共図書館の「民営化」

 資料の分類目録作業をアウトソーシングする図書館が増加する中で、1997年に資料選択を「民営化」したハワイ図書館システムに続いて、図書館運営すべてを「民営化」した図書館システムが出てきた。

 1997年、リバーサイド郡図書館システム(Riverside County Library System:RCLS)(カリフォルニア州)は図書館運営を民営に委ねた。従来リバーサイド市が直営で図書館運営をおこなっていたが、予算削減によって外部委託を決めたものである。ここにいたる状況はカリフォルニア州の税政策や移民流入に関わる教育政策などが背景となっている。

 まず、1978年にカリフォルニア州でProposition 13(提案13号)が住民投票で可決されたことがあげられる。 Proposition 13は固定資産などの財産税に上限を設け、州の税収を削減するもので、富裕な中流階級にとって有利な税制を定めたものである。これによって、財政が不足し、リバーサイド郡図書館は地域館の閉鎖を余儀なくされた。また、1993年に郡内にあった空軍基地が閉鎖されることになり、軍から図書館への補助金が打ち切られた。同じ年、教育増収基金(Educational Revenue Augmentation fund)が打ち切られ、郡への教育関係補助金が打ち切られた。その結果、地域館の閉鎖や中央館の開館時間の短縮、職員のレイオフ、資料費ゼロが数年続くことになった。多くの論争を経たのち、郡は図書館の外部委託を決定した。

 業務委託決定はコンペ方式であったが、リバーサイド郡教育委員会やサン・ベルナンディオ郡図書館システムをおさえ、メリーランド州に本拠地をもつLSSI(Library Systems and Services, INC. 出版社Follett社の子会社)という図書館ベンダー会社が、郡内の25の図書館運営業務を完全受託した。司書有資格者で雇用されているのはただ1名のみであり、地域館24館すべて非専門職ないしはパラ・プロフェッショナルで人件費を抑えている。すべての運営費について、LSSIは1年契約で初年度は530万ドルをリバーサイド市から受け取ることになった。

 LSSIは図書館開館時間を25%増加させ、144,000ドルから180,000ドルへと資料費を増加させ、将来的にはPC設置台数増加などをめざしている。リバーサイド郡は図書館活動の維持をめざし、館長をはじめ図書館職員をそのまま継続雇用し、LSSIとの協働をおこなわせている。同時にリバーサイド郡は各運営部門に対し運営費用からその10%を徴収しており、LSSIは契約額より少ない資金で運営することが求められている。

 リバーサイド郡図書館システムではすべての郡内の図書館がこの契約に参加したわけではなく、Moreno Valley Libraryなど2つの図書館は郡内にあるものの委託されることなく公立図書館としてとどまっている。

 ALAから委託を受け調査したテキサス女子大学のチームは、この事例について管理経営権がリバーサイド郡側にあり、完全民営化とはいえないと結論づけている。問題点はベンダーに業務委託していることよりも、カリフォルニア州の財政政策による図書館運営資金の欠乏にあると指摘している(5)

 さらに、2006年9月になって、ジャクソン-マジソン郡(テネシー州)の図書館理事会が民間に業務委託することを決めたのを受け、LSSIはその業務を受託することになったが、現場の図書館長側は反対した。その結果、図書館理事会は、運営決定権は理事会にあることを主張して、地裁に提訴した。LSSIの業務提案は図書館運営を請負うことで無線LANの設置やPCの台数を増やす、日曜日午後の開館、新鮮な資料提供維持に加え、地域館にカフェと書店を併設して運営することを内容とし、図書館員側からすると本来の図書館機能の目的や使命から離れていく危険性が大きいとみているようである。2006年現在、理事会側と図書館員側との論争は継続しており決着をみていない(6)

(4) 課題

 90年代以前には各図書館で分類目録作業を実施していたが、図書館財政の緊縮化という外的要因のみならず、アメリカ図書館界の内在的要因として議会図書館への目録情報の統一化をめざすことに加え、OCLCによる所在情報等付加情報の事業が拡大し、また地域や館種、分野ごとの図書館システムあるいはネットワーク内での共同集中処理作業へと転換していった。総合目録の作成が可能になり、ILLが進展する環境が整備されることに加え、資料組織実務担当者の雇用をおさえられるといった人件費節約をも可能としている。

 2001年にALAは反対の決議をしたものの、アウトソーシング化は拡大するばかりであり、図書館界では多様な面から危惧されている。公共図書館部会(PLA)がアウトソーシング化に関して、チェックリストを公表した(7)のに続いて、知的自由の面からも問題点が指摘されている。そこで、ALA理事会の諮問を受け、アウトソーシングや民営化に関して、ALA知的自由委員会では、以下の7点をあげて民間委託につき問題提起している(8)

1)図書館運営決定権の移行に伴う、決定権者の法的説明責任や情報公開法との関係、会議の公開、資料やサービス活動に関する地域住民へのサービス低下の可能性

2)個人情報保護への信頼性

3)地域への図書館の使命を考えた、貸出冊数などに限定しない図書館活動評価測定

4)資料構築に関する説明責任
(関係判例:Mainstream Loundoun v. Board of Trustees Loundoun County Library, 24 F. Supp. 2d 552))

5)情報へのアクセス

6)職員の知的自由の原則についての教育訓練

7)職員の知的自由に関する問題点の認識

 そのほか、個人情報保護や勤務する司書の専門性の問題など、図書館の「民営化」に関わる課題は増加しており、アメリカ図書館界は警戒を強めている。



(1) Davis, Denis M. “Funding Issues in U.S. Public Libraries, Fiscal Years 2003-2006”. American Library Association, 2006. http://www.ala.org/ala/ors/reports/FundingIssuesinUSPLs.pdf, (accessed 2007-02-25).

(2) “Background”. American Library Association, 2006. http://www.ala.org/ala/oif/iftoolkits/outsourcing/background.htm, (accessed 2007-02-25).

(3) “Outsourcing & Privatization”. American Library Association, 2006. http://www.ala.org/ala/ourassociation/governingdocs/aheadto2010/outsourcing.htm, (accessed 2007-02-25).

(4) “Recommendation on Privatization of Publicly Funded Libraries”. American Library Association. 2006. http://www.ala.org/ala/oif/iftoolkits/outsourcing/recommendation.htm, (accessed 2007-02-25).

(5) Martin, Robert S. “The Impact of Outsourcing and Privatization On Library Services and Management”. Texas Woman’s University, School of Library and Information Studies, 2000. http://www.ala.org/ala/oif/iftoolkits/toolkitrelatedlinks/outsourcing_doc.pdf, (accessed 2007-02-25).

(6) “Jackson Board Contracts with LSSI Despite Opposition”. American Library Association, 2006. http://www.ala.org/al_onlineTemplate.cfm?Section=october2006a&Template=/ContentManagement/ContentDisplay.cfm&ContentID=140281, (accessed 2007-02-25).

(7) Public Library Association. “Outsourcing: a public library checklist” American Library Association, 2000. http://www.ala.org/ala/pla/plaorg/reportstopla/outsourc.pdf, (accessed 2007-02-25).

(8) Intellectual Freedom Committee, American Library Association. “The Intellectual Freedom committee response to the resolution to the council document #24:outsourcing and privatization in American libraries”. American Library Association, 1999, http://www.ala.org/ala/oif/iftoolkits/toolkitrelatedlinks/outsourcingreport.pdf, (accessed 2007-02-25).
ALA Intellectual Freedom Committee. “Outsourcing Checklist”. American Library Association. http://www.ala.org/ala/oif/iftoolkits/outsourcing/outsourcingchecklist.htm, (accessed 2007-02-25).