カレントアウェアネス-E
No.255 2014.03.06
E1542
WIPOで,図書館等に関する著作権の権利制限が議論される
2013年12月16日から20日まで,第26回世界知的所有権機関(WIPO)著作権等常設委員会(SCCR)が開催され,放送機関の保護,教育・研究機関及び視覚障害者等(E1455参照)以外の障害者に関する著作権の権利制限のほかに,図書館及び文書館の利用を促進するための著作権の権利制限が議題とされた。このうち,図書館等に関する著作権の権利制限は2日間にわたって議論されたが,本格的に議論されたのは初めてであった。この議論の背景には,WIPO加盟国の間で著作権の権利制限など図書館等での利用を合法化するための規定が異なるために,国境を越えた図書館等による資料等の複製,交換などの利用が円滑に進まない場合があることから,図書館等に関する著作権の権利制限の国際条約の創設の必要性があった。2008年11月に開催された第17回SCCRで研究発表された,コロンビア大学著作権アドバイザリーオフィスのクルーズ(Kenneth D. Crews)ディレクターの報告によれば,条文の翻訳を入手できたWIPO加盟国149か国のうち,著作権法に図書館に関する何らかの著作権の権利制限の規定がある国は128か国だった。しかし,その権利制限の内容は,図書館による複製一般にわたるものから,研究目的の複製に限定するもの,図書館間貸出しを認めるもの,資料保存目的の複製を認めるものなど,国ごとに様々であった。
この2日間では,予め示されていた11の論点(資料保存,資料複写・バックアップ等の複製による利用,法定納本制度の促進,電子書籍を含む資料の貸出しや図書館間貸出(ILL)などの図書館等が行う貸出しの促進,並行輸入,国内法で合法的に利用可能な著作物の国外での利用,孤児著作物(CA1771参照)・著作権放棄された著作物・非商用著作物の利用,図書館等の著作権責任の制限,技術的保護手段の回避による利用,著作権の権利制限規定で可能になる利用を制約する著作権契約の無効化,翻訳による利用)のうち,資料保存については,増大する知識及び国家遺産のデジタル形式を含む保存に関して,図書館及び文書館が公共サービスとして実施するには,保存及びメディア変換による利用を可能にする複製物の作成に関する著作権の権利制限が必要であるなどとして,米国等から提案がされた。複製による利用については,研究を含む特定目的のための複製を可能にすることは,図書館等に関する著作権の権利制限の中で重要な役割を担うことがSCCRで認識され,また複製物の提供及び流通などについて議論された。法定納本制度の促進については,著作権の権利制限の枠組みで取り上げる必要がある論点であるのかについて疑問視する意見があった。図書館等が行う貸出しの促進については,利用提供に当たって,著作権の権利制限のみならず,書籍・雑誌やCD, DVD等のパッケージ資料が一旦適法に販売されれば著作権が消滅すること(権利消尽の原則),著作権許諾の枠組みなど,他に選択できる様々な対策について,様々な国から提案があった。
各加盟国間では,アフリカ諸国,南米諸国,インドなどからは各論点について著作権の権利制限を拡大する提案がされたのに対して,米国,EUなどからは,論点によっては著作権制限の拡大に反対する主張が見られた。また,日本からは自国の著作権法について,公立図書館等での複写等の利用,国立国会図書館による利用(インターネット資料の保存,所蔵資料のデジタル保存等)に関する権利制限の規定や,著作権者等不明の場合における著作物の利用に関する文化庁長官の裁定制度といった,図書館での利用を円滑にする制度の紹介などがされた。
SCCRにオブザーバー参加している非政府機関(NGO)のうち,国際図書館連盟(IFLA)はデジタル時代を迎えて情報が国境を越えることが急増し,各国の著作権法ごとに図書館等に関する著作権制限規定が異なり,重大な不均衡が生じていることなどから,マラケシュ条約と同様に著作権国際条約で利用者の権利を強化すべきである等とする声明を出した。また,IFLAは国際公文書館会議(ICA),図書館電子情報財団(EIFL)などとともに,図書館及び文書館に関する著作権の権利制限の条約案を提案した。このほか,利用者団体であるナレッジ・エコロジー・インターナショナル(KEI)は,図書館,文書館,その他多くの公益目的のNGOが,図書館等の著作権の権利制限に関する条約規定を確実にするために,WIPOの会議で声明を出すべきときであると主張した。一方で,世界の複製権団体で組織される団体である国際複製権機構連合(IFRRO)及び世界の出版関係団体から組織される国際出版連合(IPA)は権利者の立場から,多くの国に既に図書館に関する著作権の権利制限の規定があり,また既存の著作権国際条約の規定を柔軟に解釈すれば足りるとし,さらにIFRRO等の複製権管理団体が図書館等の著作権処理に関する交渉について経験があることなどから,図書館等の著作権の権利制限に関する新たな条約規定は不要であるとの声明を出した。
2014年中は,第27回SCCRで図書館及び文書館に関する著作権の権利制限について2日間議論し,第28回SCCRまでにWIPO加盟国総会に対する勧告をまとめる予定である。図書館及び文書館の利用に関する著作権条約が将来採択される可能性もあることから,我が国においてもその動向を注視する必要があるだろう。
調査及び立法考査局行政法務課・鳥澤孝之
Ref:
http://www.wipo.int/meetings/en/details.jsp?meeting_id=29944
http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/kokusai/h25_02/pdf/siryou1_1.pdf
http://www.wipo.int/about-wipo/en/
http://www.cric.or.jp/db/treaty/index.html
http://www.bunka.go.jp/publish/bunkachou_geppou/2013_09/series_08/series_08.html
http://www.wipo.int/meetings/en/doc_details.jsp?doc_id=109192
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/copyright/en/sccr_26/sccr_26_conclusions.pdf
http://www.ifla.org/node/8268
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/copyright/en/sccr_26/sccr_26_3.pdf
http://www.wipo.int/members/en/organizations.jsp?type=NGO_INT
http://www.ifla.org/node/8248
http://www.ifla.org/copyright-tlib
http://www.ifla.org/files/assets/hq/topics/exceptions-limitations/tlib_v4_4.pdf
http://keionline.org/node/1863
http://www.ica.org/download.php?id=3151?
http://www.eifl.net/eifl-statement-sccr26
http://www.ifrro.org/sites/default/files/ifrro_statment_sccr26_december2013.pdf
http://www.internationalpublishers.org/images/stories/news/WIPOtext171213.pdf
http://www.wipo.int/edocs/mdocs/govbody/en/wo_ga_43/wo_ga_43_13.pdf
CA1771
E1455