カレントアウェアネス-E
No.250 2013.12.12
E1513
OAが人文系学術書に与える影響 オランダからの報告
オープンアクセス(OA)は人文系の学術書にどのような影響を与えるのか。この問いは,人文学にとってのOAの是非をめぐる議論の中心に位置するものである(CA1801参照)。2013年10月23日,オランダのOAPEN-NLが,この問題に答える調査レポート“A project exploring Open Access monograph publishing in the Netherlands: Final Report”を刊行した。OAPEN-NLは,人文・社会科学系の学術書のOAを推進する欧州のコンソーシアムOAPENの,オランダにおける共同研究プロジェクトである。レポートによると,人文系の学術書をOAにすると,オンラインでの利用は増える一方で学術書の売上に与える影響は認められないということであった。
OAPEN-NLの調査は,OAPENでの調査手法を踏襲し,次のような方法で行なわれた。調査対象には,2011年6月から2012年11月までに9つの出版社からOAで出版された様々な分野の学術書50タイトルが選ばれた。その全タイトルについて出版社は,電子媒体と併せて紙媒体でも刊行した。そこから「利用状況」,「売上高」そして「コスト」という3つのデータが集められ分析された。なお,OA版作成時にかかるコストは,紙媒体の初版印刷に係るコストとして計上され,印刷版の売上を通じて回収されるものとされた。また,調査対象の質保証のためにOAPEN-NLは,ピアレビューの報告書の確認と出版社に対してピアレビューのプロセスが分かる資料の提出も求めた。
調査結果は,「ユーザや著者,出版社のOAに対する考え」,「学術書刊行に係るコスト」,「OAが売上や研究活動に与える影響」という3項目にまとめられている。だがやはり重要なのは最後の「影響」であろう。そこでは,OA版も刊行した印刷版の学術書の売上が,これまでの印刷版のみの場合の売上と変わらないものであり,OAが売上に悪影響を与えているというエビデンスは発見できなかったとある。また,OAが研究での引用にプラスの影響を与える証拠もないとされた。ただしこの点については,調査が短期間のものであったからという可能性も指摘されている。一方で,OAが明らかに影響を与えたことが確認されたのが,オンラインでの利用である。Google Booksを活用したOA版と印刷版を比較すると,OA版への訪問件数は142%多く,ページビューに基づくオンライン利用は209%多いという結果が認められた。OAはオンラインでの発見や利用に明らかにプラスの影響を与えるものであることが示された。
調査結果に続いて報告書では,助成団体や出版社,著者等に対する提言を示している。本稿では特に図書館に対する提言を抜き出した。
- OA版刊行助成プログラムを検討する手段のある図書館はその検討をすべきである
- 既にOA出版助成プログラムを用意している図書館は,OAの学術書にまでプログラムの範囲の拡大について検討すべきである
- 助成プログラムの有無に関わらず全ての図書館は,OA出版およびOAサービスのためのインフラ整備にかかる予算を確保するよう検討すべきである
- 図書館はOA出版の支援モデルに基づいたコンソーシアム(例えばKnowledge UnlatchedやOpenEditions,OLH等(E1395,E1469参照))への加盟を検討すべきである
- 大学出版を支援している図書館は,OA出版を推進するとともに,学術書の場合は適切なエンバーゴ期間を認めつつもOA化のルール作りを検討すべきである
この調査では,オランダではという限定がつくものの,人文系学術書のOA化は印刷版の学術書の売上には影響を与えないということが示された。もちろんだからといって,人文系学術書にとってのOAの是非を巡る問題は,全てOA版も刊行することで解決だということにはならない。OAPENプロジェクトを進める他の欧州各国の調査結果が待たれる一方,今後は日本でも同様の調査研究が必要であろう。
関西館文献提供課・菊池信彦
Ref:
http://www.surf.nl/en/publicaties/Pages/ReportAprojectexploringOpenAccessmonographpublishingintheNetherlands.aspx
http://project.oapen.org/index.php/news/59-publishing-in-open-access-increases-usage-and-has-no-effect-on-book-sales
CA1801
E1395
E1469