CA1655 – 小特集 北欧のコミュニティと公共図書館:デンマーク / 吉田右子

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カレントアウェアネス
No.295 2008年3月20日

 

CA1655

小特集 北欧のコミュニティと公共図書館

 

デンマーク

 

はじめに

 デンマークの公共図書館の最大の特徴は、生涯学習を公共図書館の理念として掲げ、コミュニティ住民の情報への公平なアクセスを確保するための活動を、一貫して行ってきたことである。その結果デンマークでは図書館間のネットワークが整備され、居住区がどこであっても平等な図書館サービスを受けることができる。2点目の特徴は、公共図書館が公的サービスとして確固たる位置づけを持ち、図書館サービスの公的財源と専門職制を揺ぎないものにしていること、さらに市民がそのことを支持している点である。3点目にデンマークの図書館法は1920年に制定されて以来、定期的に改正され、同法に厳密に沿って実際の活動が展開されている点である(1)。上記の特長によりデンマークは北欧諸国のなかで最も成熟した図書館制度を持つ国と言われている。

 しかしながらインターネットの普及により、公共図書館に対する情報要求は相対的に減少している。公共図書館の新たな活動領域の開拓が重要な課題となる中で、デンマークでは図書館の生涯学習センターとしての機能に再び着目し、学習機能を強化することで図書館の新しい役割を模索し、新たな利用者の獲得を目指している(2)。以下、いくつかの公共図書館の実践例を紹介しながら、デンマークの公共図書館の現状について報告したい。

 

オーフス公共図書館/ゲレロプ分館(Århus Kommunes Biblioteker / Gellerup Bibliotek)

 オーフス中央図書館は2004年に、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の「学習へのアクセス賞」(Bill & Melinda Gates Foundation Access to Learning Award 2004;E245参照)を受賞したことで一躍有名になった、デンマーク第2の都市オーフスにある大規模図書館である。中央館は、デジタル資料の提供やマルチメディアを駆使した情報サービスなど、先進的なサービスを積極的に導入している図書館として知られる(3)

 オーフス公共図書館のサービスのなかでもとりわけユニークな活動は、ゲレロプ分館における移民の雇用促進のための活動である(4)。そもそもオーフス図書館では1990年代半ばから、市民の情報技術利用にかかわる援助を行ってきた。周辺に移民が多く住むゲレロプ分館では、移民への情報技術のスキルアップのための支援活動に加えて、「職業コーナー」を設け、雇用促進のための積極的なサポートを行ってきた(5)

 さらに同分館では公共サービスの向上と住民の社会参加を目標とするプロジェクトCCG(Community Center Gellerup)を展開している。このプロジェクトは、デンマークではあまり見られない図書館員とボランティアと市民の協働を強調している点でユニークな活動といえる。プロジェクトでは地域の社会活動とのネットワークの構築を目指すとともに、図書館がボランティアセンターなどと連携して、学習支援や情報技術の取得におけるインフォーマルな学習の場を提供している。また住民の生活支援活動として保健管理士、歯科衛生士、助産師を分館に常駐させて無料の健康相談を行っている(6)

 ゲレロプ分館に限らず、デンマークの都市部の分館は住民構成に合わせた独自のサービスを行っている点に特徴がある。デンマークでは1983年および1990年の図書館法改正以後、図書館政策における自治体の裁量が増えている。この文化政策の変化により、図書館はコミュニティの他の文化施設と競合的な立場におかれるようになった(7)。こうした動向を図書館と他機関との連携の機会としてとらえ、新たなサービスを開拓する図書館も増えている。ここで紹介したゲレロプ図書館はその一例である。

 

リュンビュ公共図書館 (Lyngby Kommunes Biblioteker)(8)

 次にコペンハーゲン近郊にある中規模図書館リュンビュ公共図書館を例にとって、デンマークの典型的な公共図書館の現状をみていきたい。

 図書館は中央図書館と3つの分館から構成されている。開館時間は10時から19時まで、土曜日は10時から17時まで、日曜日は休館である。視聴覚資料や特別な資料を除けば貸出冊数に制限はない。図書館ネットワークが発達しているデンマークでは館種を超えたILLが可能であり、移民のための多言語資料は「多言語資料貸借および支援に関する統合図書館センター」(BiblioteksCenter for Integration)から大部分を取り寄せている。

 利用者がIDとパスワードを取得してインターネット経由で図書館の予約、延長等を行うのは日本と同様である。貸出期間は1ヶ月で、延滞には延滞料が課せられる。延滞料は成人と子供では異なり、成人は1週間で20デンマーク・クローネ(約430円)、子供は5デンマーク・クローネ(約100円)で、1か月延滞すると成人は125デンマーク・クローネ(約2,700円)、子供は35デンマーク・クローネ(約750円)となる。

 デンマークでは人々は図書館から本を借りるだけでなく待ち合わせや憩いの場として図書館を気軽に利用しているが、リュンビュ図書館もそうした目的に適した空間として、図書館のゲートを入る前に、ブラウジングルームとカフェが配置されている。市の知的障害者センターによって運営されているカフェには、コミュニティのさまざまな情報に関するパンフレットが壁一面に展示されるとともに各国語の新聞も置かれ、市民のためのよきコミュニケーションの場となっている。

 リュンビュ公共図書館ではこれまで作家による講演会や展覧会を中心に、多様な催し物を開催してきた。読書会や図書館員を講師としたコンピュータ講座なども開かれている。いずれも企画・実施段階で司書が積極的にかかわり、図書館が主催する催し物として質の確保に配慮したものである(9)

 インターネットの発達で図書館利用が相対的に減少するなかで、リュンビュ図書館では利用者獲得に向けた図書館側からの働きかけに力をいれ、ウェブサイトを利用したサービスの可能性を探っている。図書館の課題としては、図書館の多様な機能をもっと積極的に活用してもらうための利用者へのPRと、来館しない利用者に対するウェブサイト経由のサービス提供が挙げられていた(10)

 

考察

 すでに紹介したオーフス公共図書館は「オーフス公共図書館の図書館政策2006-2009」を2005年に発表し、そこには10項目の目標が掲げられている。その項目とは(1)メディアを通じた知識と経験の提供、(2)生涯学習支援、(3)情報への平等かつ無料アクセスの確保、(4)デンマーク語も含めた文化遺産の保存と伝承、(5)マジョリティとマイノリティの統合、(6)児童の成長の支援、(7)コミュニティの他機関との連携、(8)最新の情報技術に基づく図書館サービスの進展、(9)図書館サービスの質・時事性・多様性の確保、(10)図書館サービスの継続性、公開性、アクセシビリティの10点である。これらの項目は、デンマークのすべての公共図書館が今後目指す目標といってもよいであろう(11)。これらの中からいくつかの重要課題について考察してみたい。

 まずデンマークでは多様な文化背景を持つ利用者が増加し、そうした利用者を考慮したサービスは、これからも重要な図書館の活動目標となることが予想される(12)。さらにマイノリティ住民の図書館利用の増加による利用者層の変化を、デンマークの図書館は自国の政治的課題である「マイノリティの統合」に結びつけてとらえている。つまり公共図書館を文化的背景が異なるあらゆる人々に平等にサービスを行うことで、民族的マイノリティの社会参加を後押しし、マイノリティ住民とマジョリティ住民の交流を促す重要な機関として位置づけている。

 もう一つの課題は、情報技術にかかわる公共図書館の活動である。北欧の図書館では図書館サービスの自動化があらゆる面で進み、資料の貸借・返却は原則として機械を使ったセルフサービスで行われるようになった。また図書の予約やレファレンス、さらに延滞料の支払いまでもコンピュータ上で行うことが可能である。こうしたサービスはおおむね好評であるものの、こうしたシステムに不慣れな住民が一定数いることもまた事実である。つまり図書館はサービスの自動化を推進し、新たな情報技術を積極的に導入することが求められていると同時に、利用者が新しい技術を使うためのスキルを習得するためのサポートを行う場としても期待されている(13)

 デンマークでは、すべての図書館サービスは住民の「情報への平等なアクセス」という理念に基づいている。この理念を実現するために、情報のアクセスに相対的に不利益を被っている社会的・文化的・民族的マイノリティに配慮したサービスを常に実施し、マジョリティ中心になりがちなサービスのバランスを保ち、情報アクセスの平等性を確保しようと努めているのである。

筑波大学:吉田右子(よしだ ゆうこ)

 

 

(1) 最近の改正は2000年である。2000年図書館法では特定サービスへの課金が明記されているほか、館長の司書資格が必須条件ではなくなった。

(2) 北欧の公共図書館における新たなサービスの展開については、以下の先行研究を参照のこと。
Johannsen, Carl Gustav & Kajberg, Leif eds. New Frontiers in Public Library Research. Lanham, Malyland, Scarecrow Press, 2005, 366p.

(3) オーフス公共図書館のサービスの詳細については以下の文献を参照のこと。
Annual Report 2004. Århs Kommunes Biblioteker, 2005, 19p, http://www.aakb.dk/graphics/portal/bibliotekerne/Beretning2004.pdf, (accessed 2008-01-10).
Jackson, Jack. Århus Public Libraries:Embracing Diversity, Empowering Citizens in Denmark. 2005, 25p, http://www.clir.org/pubs/reports/pub131/pub131.pdf,(accessed 2008-01-10).
Kultureformiding I bevaegelse (Cultur & Mediation in Motion). Århs Kommunes Biblioteker, 19p, http://www.aakb.dk/graphics/om/Publikationer/Kulturformidling/Kulturformidlingibevaegelse.pdf, (accessed 2008-01-10).

(4) 堤恵. 北欧の移民・難民への図書館サービス:スウェーデンとデンマークの事例から. カレントアウェアネス. 2006, (287), p.8-9. http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1017, (参照 2008-01-10).
A°rhus Kommunes Biblioteker. Community Center Gellerup. http://www.aakb.dk/sw75471.asp, (accessed 2008-01-10).

(5) Jackson, Jack. Århus Public Libraries : Embracing Diversity, Empowering Citizens in Denmark. 2005, p.4-5. http://www.clir.org/pubs/reports/pub131/pub131.pdf, (accessed 2008-01-10).

(6) Jackson, Jack. Århus Public Libraries:Embracing Diversity, Empowering Citizens in Denmark. 2005, p.6-7. http://www.clir.org/pubs/reports/pub131/pub131.pdf ,(accessed 2008-01-10).

(7) Rasmussen, Casper Hvenegaard and Jochumsen, Henrik. Problems and Possibilities: The Public Library in the Borderline between Modernity and Late Modernity. Library Quarterly. 2007, 77(1), p. 57 .

(8) Lyngby-Taarbaek Bibliotek. Forside : Lyngby-Taarbaek Bibliotek, https://www.lyngbybib.dk/forside, (accessed 2008-01-10).

(9) Lyngby-Taarbaek Bibliotek. Kulturelt Regnskab: Virksomhedsberetning for Biblioteks- og Kulturomådet 2005: Lyngby-Taarbaek Kommune 2006, 33p.

(10) Lynby図書館館長Birgit Sørensen氏および副館長Susanne Rømeling氏へのインタビューより(2006年8月26日)。
 公共図書館サービスが急速に変化しているにもかかわらず、利用者のイメージが変わらないことは、北欧の図書館界全体の課題でもある。
Thorhauge, Jens. Branding the new library. Scandinavian Public Quarterly. 2007, 40(4), p.3. http://splq.info/issues/vol40_4/SPLQ4_2007.pdf, (accessed 2008-01-10).

(11) Bibliotekspolitik for A°rhus Kommune 2006-2009. Aahus Kommune Bibliokeker, 2005, p.6-15. http://www.aakb.dk/graphics/portal/bibliotekerne/Bibliotekspolitik_2006-2009.pdf, (accessed 2008-01-10).

(12) 吉田右子. 北欧におけるマイノリティ住民への図書館サービス:デンマークとスウェーデンを中心に. 図書館界. 59(3), 2007, p.174-187.

(13) Bibliotekspolitid for Aahus Kommune 2006-2009. Åhus Kommune Bibliokeker, 2005, p.13, http://www.aakb.dk/graphics/portal/bibliotekerne/Bibliotekspolitik_2006-2009.pdf, (accessed 2008-01-10).

Ref:Lauridsen, Jens. “Updated Content in a Relevant Social Context”. Nordic Public Libraries in the Knowledge Society. Larsen, Jonna Holmgaard ed., Copenhagen, The Danish National Library Authority, 2006, p.55-58. http://www.bs.dk/publikationer/english/nnpl/pdf/nnpl.pdf, (accessed 2008-01-10).

Poulsen, Ann. “Libraries as Gateways to Danish Society”. Nordic Public Libraries in the Knowledge Society. Larsen, Jonna Holmgaard ed. Copenhagen, The Danish National Library Authority, 2006, p.76-77. http://www.bs.dk/publikationer/english/nnpl/pdf/nnpl.pdf, (accessed 2008-01-10).

Stoltenberg, Charlotte.“The Library’s Role as Learning Centre for Information Literacy and the Librarian as Teacher/Lifelong Learning” Nordic Public Libraries in the Knowledge Society. Larsen, Jonna Holmgaard ed., Copenhagen, The Danish National Library Authority, 2006, p.81-82. http://www.bs.dk/publikationer/english/nnpl/pdf/nnpl.pdf, (accessed 2008-01-10).

Jochumsen, Henrik; Rasmussen, Casper Hvenegaard. “Does the Library Make a Difference?”. Scandinavian Public Library Quarterly, 2000, 33(4), p.19-22.

 


吉田右子. 小特集, 北欧のコミュニティと公共図書館:デンマーク. カレントアウェアネス. (295), 2008, p.16-18.
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